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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
終わりの、始まり
105/122

最強の妖怪

 遂に、暗黒帝国と幻怪衆の決戦が始まった。霊峰富士の裾野を埋め尽くすオニや鴉天狗、妖怪たちを幻怪衆が東西から挟み撃ち、手薄になった中央を悦花えっから幻怪戦士たちが駆け抜け、閻魔卿のいる頂をひたすら目指す。


 七合目に差し掛かった彼らに薄気味悪い笑い声が聞こえてきた。 

 「ふふふ。よく来たな、お前ら」


 足を止めた幻怪戦士たち。

 「この声…」

 続いて、キーンと耳が割れそうな不快な音。見上げると視界が、いや空間がぐにゃりと歪んでいる。

 「逃げろっ」

 からくりの裕が叫ぶと同時に強烈な衝撃波が襲ってきた。激しい爆発が、周辺の木々を一瞬でなぎ倒し炎で包んだ。

 「これは…暗黒波動…だ」

 「ふふ、ふふ」

 すんでのところで強烈な爆発から逃れた幻怪戦士たち。倒れ込んだ彼らの前に黒いマントをまとった男のシルエットが煙の中に浮かび上がった。

 「俺だ」

 片膝をついてうつむいていたその男がゆっくりと立ち上がる。禿げ上がった頭を二、三度撫で上げながら。


 「ヌラリヒョンだ」

 閻魔卿配下、最強の妖怪。


挿絵(By みてみん)


 「さあ」

 どこまでも冷たい目が笑う。

 「寝ている場合じゃないぞ」

 かざした両の掌から、唸りを上げて暗黒波動が撃ち出される。硬質な火山岩でさえ一瞬で蒸発してしまう程のエネルギー。

 「うあっ」

 逃げる、必死で逃げる。

 次々に繰り出される波動弾の嵐に幻怪戦士はひたすら走り回って身体をくねらせながら逃げるのに精いっぱい。頬をかすめたかと思えば、次の瞬間にはもう足元の岩がえぐり取られている。

 冷やかに笑うヌラリヒョン。

 「ははは、踊れ踊れっ」

 

 「ちっ、このままでは…」

 一刀彫のまさと、からくりのひろが顔を見合わせて目配せした。

 「たあっ」

 暗黒波動をかわしながら一気に木の高枝に駆け上がったのは雅。足を止めずに双手に携えた剣を振り上げてヌラリヒョンに斬りかかる。

 「はあっ」

 同時に光を帯びた幻ノ矢が放たれた。裕の遠隔操作で十本の矢がジグザグの軌道でヌラリヒョンに襲い掛かる。

 「ふうっ」

 ため息をつきながら、ヌラリヒョンが黒マントを翻すと十本の矢は力なく地に落ちた。マントから滲み出す暗黒のオーラが空間を歪め、矢の推進力を奪う。

 おもちゃのように転がる矢を踏みつぶしたヌラリヒョンは、鞭を取り出し上空に放った。

 「ガキのチャンバラもそこまでだ」

 鞭の先が雅の崇虎刀に絡みついた。

 「ちっ」

 すかさず雅はもう一方の刀・紊帝の剣に波動を込め、激しい稲妻を発した。眩い光とバリバリと地を揺るがす音を伴って電撃がヌラリヒョンに突き進む。

 「だから」

 ヌラリヒョンぐっとその身に力を込めると、彼の周りの空間が歪む。光でさえそこでは軌道を変えざるを得ない。

 「子供だましだって言ってるんだ」

 雅が紊帝の剣から放った稲妻はヌラリヒョンが歪めた空間の中に吸い込まれるようにして音も光も消え去った。飲み込まれた、という表現がふさわしいか。

 「お遊びは終わりにしようか」

 鞭を伝って暗黒波動が雅の身体に流れ込む。

 「ぐうあああっ」

 黒い反吐を吐きあげながら雅が地に落ち、のたうち回る。とどめを刺そうと雅の顔面にむけたヌラリヒョンの掌。そこへむかって蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうきのリボルバーから銃弾が撃ち込まれる。

 「気に食わねえんだよ、ハゲ」

 発射音の残響が途切れることなく次々と撃ち出される大口径の銃弾は、しかし一つとして逃すことなく、いとも簡単にヌラリヒョンの手に握られてしまった。

 「ハゲが気に食わないのか、それとも俺そのものが気に食わないのか?」

 その掌をパッと広げると、まるで時間を逆戻ししたように強烈な勢いで銃弾計十五発は蝦夷守に向かって撃ち返された。

 「ひいっ」

 頭を抱えてうずくまる蝦夷守の頭上を弾がかすめ飛んだ。

 「う…」

 顔を上げた蝦夷守の眼前に、ヌラリヒョンが立っていた。

 「がっ」

 同時に腹の中身を全部えぐり出されるような苦痛が突き刺さった。ヌラリヒョンの鋭い蹴りが蝦夷守の腹に食い込み、くの時に曲がった蝦夷守の身体は大きく吹き飛ばされた。

 「ぐ、ぐうう」


 悦花が飛び込んだ。地面スレスレに、前傾姿勢。

 「たっ」

 掌を前にかざす。飛び出した光の波動弾がヌラリヒョンに向かって真っ直ぐ進む。

 「ちっ」

 逃げることさえ億劫そうに舌打ちしたヌラリヒョンの胸元に、光の弾が見事に命中した。

 「ぬるい、ぬるいわ」

 ヌラリヒョンの暗黒のオーラの前に、悦花の波動弾は消え去った。まるで何事も無かったかのように。

 「それじゃあ」

 一層大きな波動弾。光と熱がつくる陽炎を伴って唸りを上げながら飛ぶ。

 「ふんっ」

 ヌラリヒョンが掌を広げ、光の弾を受け止めた。滲み出す黒いオーラが飲み込むように光を侵食し、ついには消し去ってしまった。

 「まだまだ」

 「ええ、まだまだ」

 波動弾の後を追うようにピッタリ後につけて悦花がヌラリヒョンの懐にもぐりこんでいた。

 「それっ」

 地面を舐めるように足元から振り上げる大煙管、これに対しヌラリヒョンはわずかに驚いた素振りを見せながらも、薄ら笑いを浮かべながら尖ったつま先の洋靴でこれを一蹴。

 「驚くに値せぬ」

 悦花は胸元を強く蹴り上げられ、身を反らして宙に浮いた。

 だがその目はしっかり生きている。

 「じゃあ、これならどう?」

 もう一度、大煙管を強く振ると、光を帯びたその先端はぐっと伸び、ヌラリヒョンの喉元に迫る。

 「ガキの遊びだ」

 瞬きさえしないヌラリヒョンが、迫る大煙管の先端を手で掴みぐいと引っ張る。ガクンという衝撃と共に悦花が態勢を崩した。

 「あっ、ああっ」

 「つまらん。弱すぎる」

 間をおかず、放った鞭の先が撓って飛び、悦花の身体に巻きついた。

 「ぐっ」

 解こうとしても解けない。ヌラリヒョンが鞭を持つ手に力を込めると、鞭は小刻みに振動して全体から黒煙を噴き出した。鞭伝いに暗黒の波動が悦花の身体に流入する。

 「ぎゃあっ」

 身体が溶けるかと思うような痛みが貫く。続けてヌラリヒョンは鞭を思いっきり引っ張り上げたのちに振り下ろし、縛り上げた悦花を地面にしこたま叩きつけた。

 「嬢ちゃん、もうちょっと出来ると思ったがな」

 再び持ち上げ、また叩きつける。何度も、何度も。抵抗できない悦花は次第にその目から生気を失いつつある。

 「むっ?」

 ヌラリヒョンが首をかしげた。

 その視線の先には、ゆっくりと、まるで空中を漂うようにどこからともなくフワフワ近づいてきた緑色の菅笠。

 「なんだ、ありゃ」

 いきなり菅笠は周囲に鋭利な刃を飛び出させ、目で追いきれないほどの高速回転を始めた。不思議そうに眺めるヌラリヒョンの隙をついて菅笠から飛び出した刃は、悦花を呪縛する鞭を断ち切った。

 「なにっ」

 ヌラリヒョンが睨みつけたのは、こっそり木陰で菅笠の動櫓運どうろうんを操作していた河童のすす

 「ほう、こりゃまた面白いオモチャじゃねえの」

 微笑みながら、しかし冷酷な目に殺意が浮かび上がっている。ゆっくり煤に歩み寄るヌラリヒョンが腰元にぶら下げられた金色の大きな鎌に手を掛けた。

 「隠れてないで出ておいでよ。その首はねてやるから」

 「あ、あわわ…」

 顔を引きつらせる煤の前をサッ、と素早く駆け抜けた一つの影。

 「ふんっ」

 光る刃が二本、ジグザグに交錯しながらヌラリヒョンに迫る。同時に上空から、左右から、不規則な軌道を描く矢の群れ。

 雅が、裕が、襲い掛かった。

 ヌラリヒョンがぐっと腰を下ろした。

 「お前らごとき」

 残像すら見えない。

 雅の剣を蹴り飛ばし、次々飛来する幻ノ矢をいとも簡単に手でつかんではへし折る。

 「何回挑んでこようが」

 気付けば目の前に。ニヤニヤした笑みを崩さぬまま、瞬時に何発もの蹴りが、当て身が飛んでくる。ふきとんだ雅と裕が二人がかりで攻め込む。

 「何人挑んでこようが」

 サッと翻した黒マントの風圧だけで、二人は宙を舞い木の葉のように力なく落ちる。

 立ち尽くすヌラリヒョンが軽く襟元を正した。

 「ザコだ」


 「そうでもないぜ」

 気付くと、ヌラリヒョンの真後ろにぴったりつけて蝦夷守がリボルバーを抜いていた。

 「うっ」

 ヌラリヒョンが眼光鋭く、ゆっくりと振り返る。

 「ほう」

 体中に落ち葉や木の枝をくくりつけてカムフラージュしてこっそりと近づいていた蝦夷守。土まみれの顔で笑った。

 「こういうのは得意なんだ」

 「セコい真似しやがって」

 「セコくて何が悪い、ハゲ」

 「ハゲは余計だ」

 「だが事実だ」

 蝦夷守はヌラリヒョンの顔面に押し当てたリボルバーの引き金を引いた。

 一瞬早く、ヌラリヒョンがぐっと息を吸い込んで全身の筋肉に力を込めた。

 「えっ」

 口をポカンと開いた蝦夷守の目の前で、ヌラリヒョンの身体から滲み出た黒い波動のオーラが、激しく射出されたリボルバーの弾丸を跡形も無く消し去った。

 「力が無いから、こんなちゃちな道具に頼るんだ」

 オーラに圧倒されて座り込んだ蝦夷守を、ヌラリヒョンが蹴り上げた。

 「情けねえ奴らだ」

 ボロ雑巾のように飛ばされた蝦夷守は、同じくぐったり倒れた雅、裕、そして悦花のもとに転がっていった。

 相場銅の画面の上で動く煤の手が震える。

 「つ、強すぎる…これが波動値二千の強さか」

 「ん、河童か。下等動物め…人間よりはまだマシだが、な」

 ヌラリヒョンは煤に向かってサッと鞭を投げた。

 「ひいっ」

 あっというまにぐるぐる巻きに縛り上げられた煤は、そのまま大木の幹に括り付けられてしまった。

 「ち、ちくしょう…」

 「オモチャなぞ弄ってるヒマがあったら、よくその目に焼き付けておけ。これが暗黒の力だ」


つづく

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