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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
終わりの、始まり
104/122

富士山麓を血に染めて

 遂に決戦の時。霊峰富士六合目で暗黒帝国の妖怪軍団の大群を目撃した幻怪衆は策を講じ三方に分かれた。

 西に那喝なかつ衆、東に慧牡けいおすの民。中央南側の斜面には幻怪戦士たち。


 大鏡を使った光通信で準備完了の連絡を受けた悦花えっかが旗を振った。いよいよ戦闘開始。


 西の高台では那喝衆が鴉天狗の集団と先頭を繰り広げている。


挿絵(By みてみん)

 

 「来いっ」

 宙を舞う鴉天狗たちを、射程距離の長い均蔵きんぞうの鎖鎌がとらえてゆく。真っ黒な羽毛が飛び散る。

 「死に損ないめっ」

 由梨ゆりが放った手裏剣が次々に屍鬼の脳天を砕いてゆく。真っ黒な体液が飛び散る。

 「撃てっ」

 那喝衆鉄砲隊が一斉射撃、群がるオニの胸板に大きな穴を開けてゆく。真っ黒な硝煙が噴き上がる。

 「なんだ、手応えねえな。ん、んん・・・うああっ」

 急に盛り上がった地面を突き破って、巨大なガマが出現した。黒緑色の粘液を全身にまとい、口から毒の霧を吐く。

 「轢きつぶしてしまえっ」

 その背に乗るのは帝国のオニたち。はみから伸びる手綱をしっかりと握り自在に大ガマを操る。

 「ぐああっ」

 戦車よろしく次々に那喝衆の戦闘員たちを踏み潰す。吐き散らす毒に触れればたちまち皮膚は焼けただれ、吸い込もうものなら呼吸困難に陥る。


挿絵(By みてみん)


 「野郎っ」

 均蔵の合図で飛び出したのは手筒花火部隊。

 「明和年間から続く岐阜・手力の秘技を喰らえっ」

 肩に担がれた巨大な手筒から超高温の火が噴き出した。すさまじい火焔放射が、搭乗するオニごと大ガマを焼き尽くす。

 「ほら。カエルは乾燥が苦手、だろ」

 「と、父さんっ」

 由梨が叫んだ。指差す先には大挙して押し寄せるオニの群れ。金属の鎧に身を包んだ重装突撃兵だ。

 「ほう」

 均蔵が睨む。

 「火焔放射だけじゃねえぞ、手筒花火は」

 均蔵の合図で整列した手筒花火隊が狙いを定めて一斉に点火すると、握りこぶしほどの大きな榴弾砲が勢いよく飛び出した。

 「見てろオニども」

 オニの突撃兵たちの軍列に飛んだ榴弾砲が炸裂した。激しい爆発に、さしもの金属の鎧も粉々に吹き飛ぶ。

 「岐阜の花火をナメちゃいけねえぞ」


 東の山林でも激しい戦いが繰り広げられていた。力自慢のオニ部隊に対峙するのは、こちらも力自慢の慧牡の民。

 「人間を甘く見るなよっ」

 鍛え抜かれた肉体はオニに真っ向勝負を挑んでもひけをとらない。

 「ほうらっ」

 オニの金棒を力でねじ伏せ、その首を刈る。

 「うがあっ」

 だが数が違う。一対一ではいい勝負でも、次々沸いてくるように襲い来るオニの群れに戦線はじわじわ後退する。

 「だからさあ、力に頼るからいけねえんだってのっ」

 飛び上がったのは嵯雪さゆき。白く輝く剣を片手にサッとオニの肩口に飛び乗る。

 「う、うう?」

 驚きに一瞬動きのとまったオニの首と、嵯雪の剣の軌道が交錯する。

 「うげっ」

 転げ落ちるオニの首。

 「牛若丸の弁慶退治みたいだろ、ああ俺はオニなんか弟子にゃしねえがな」

 しかし次のオニが嵯雪に襲い掛かる。

 「はいはい、さあ、さあ。ほらほらっ」

 オニの背中から肩、肩から背中、次々と飛び乗っては斬り、飛び乗っては斬り。

 「今度は八艘飛び、だな」


 得意げに見栄を切る嵯雪だったが、急に足を掬われた。

 「な、なんだっ」

 嵯雪を転ばせたのは、地中から飛び出した棘だらけの足。赤黒い鎧のように固く、先端は湾曲し尖っている。

 「で、でかい…」

 土をまき散らしながら、巨大な甲殻類が這い出てきた。蟹坊主、あるいは化け蟹とも呼ばれる妖獣で、体幹部は二間四方にもなる。大きなハサミをかざして威嚇しながら近づいてきた。


挿絵(By みてみん)


 「これに挟まれたら大木でもチョン切れちまう」

 背に乗るオニが意のままに巨大蟹を操る。こちらもまるで戦車。長い脚は段差も坂もものともせず、前にかざした特大のハサミが慧牡の民の戦士たちを切り刻む。

 「ちくしょうっ」

 嵯雪が飛び込み、不規則に動くハサミの間を縫って斬りかかった。狙いに狂いはない。

 「なにいっ」

 だが蟹の甲羅は嵯雪の白剣をも跳ね返す。

 「これじゃいつか刃こぼれしちまうっての」

 みるみるうちに囲まれた。

 「ま、マズい…」

 冷や汗が垂れ落ちる。四方から嵯雪に向けられた鋭いハサミの先がじわじわと迫ってくる。

 「嵯雪どのっ」

 突き刺さるような声。続いて山林の中を風のように通り過ぎる一つの影。

 「ひ、響っ」

 響きの宮が金色に輝く洋剣を掲げながら、巨大蟹の間をジグザグに縫うように駆け抜けると、甲羅をぱっくりと二つに割って蟹の妖獣は息絶えた。

 「ふっ、蟹め。口から泡吹きやがって」

 「た、大した剣じゃねえか。あの固い甲羅を真っ二つ、なんて…」

 「一族に伝わる秘剣・乱断星らんだんせい虎牙とらきばの祖父、晃高こうこうの宮が作らせたという一品だ。限りなく純幻鋼に近い素材で出来ているという」

 「そりゃこの世に斬れないものは無いほどに固いってわけだ」


 東で、西で、戦火が上がる。怒号が、雄叫びが、悲鳴が轟きわたる。うごめき、はためき、倒れる両軍の旗たち。

 中央が空いた。

 

 「さあ、わたしたちの出番だよ」

 悦花が駆け出した。その目が敵の本陣を見据える。

 「真っ直ぐ、この道を。中央突破だ」

 林の中、木漏れ日を浴びながら。立ちはだかるオニの群れを蹴散らして。

 「さあさあ」

 荒ぶるオニが殺到する。

 「おいで」

 笑みもそのままに敵の懐へ。悦花の大煙管が金棒を叩き折る。狼狽する刹那も与えられぬまま、オニたちは倒されてゆく。


 「のろまな奴らめ」

 一刀彫の雅の剣は疾風。崇虎の切っ先の光を目にした時にはすでにオニの腕は把持した金棒ごと切り落とされている。

 「ふんっ」

 手に持った笠で、どす黒く噴き上がる返り血を避け、また次のオニを斬る。

 「おまえの汚れた血で俺を汚すな」

 剣の速さ、鋭さゆえ、身体を真っ二つにされたオニの腰から下は林の中に立ち尽くしたまま。


 見上げる空からは鴉天狗の群れ。

 「左っ。左十時から一匹っ」

 煤が叫ぶ。

 「あいよっ」

 蝦夷守が構えたリボルバーが火を噴く。墜落する鴉天狗の生臭さは硝煙のにおいにかき消される。

 「右三時っ、次は左九時っ」

 銃弾と空気の摩擦が作る放射状の白煙は木漏れ日に照らされ美しい幾何学模様を描き出す。

 「正面っ」

 「あいよっ…えっ」

 蝦夷守が放った弾は、目の前で飛び上がったオニの股の間をすり抜けてしまった。向かいの木の幹に当たった銃弾がカーンと甲高い音を林に響かせた。

 「おいっ煤っ。上じゃねえか上っ」

 慌てる蝦夷守の目の前に恐ろしい牙を剥きだしのオニ。

 「やばいっ…ん?」

 さらに上から覆いかぶさってくる影に気付いた蝦夷守が見上げる。

 「ん?」

 オニも見上げた。

 「うぎゃう」

 外した銃弾がぶち抜いた大木が倒れてきてオニの身体をぺしゃんこに潰し、難を逃れた。

 「あのなあ、煤」

 顔をしかめた蝦夷守が煤を睨む。

 「ちゃんと方向教えてくれねえきゃダメじゃないの。な、たまたま今回は俺がこうなると予想して向こうの木を…」

 「はいはい」

 「わざと、な。相手を油断させようとわざと外して向こうの木に…」

 「はいはい」

 「これが俺さまじゃなかったらこう素早く対処できないわけで…」

 「はいはい」

 「とにかく、お前さんに言いたいのは。正確に、敵の方角と数を速やかに…」

 「はいはい、じゃあ言いますがね」

 「なんだ、言ってみなさい」

 「ええ、ええと。右も左も後ろも前もあっちもこっちも。めちゃくちゃたくさんの敵っ。今すぐですっ」

 「何いっ」

 気付くと蝦夷守と煤に向かって隙間なくオニが襲い掛かっていた。

 「じゃあ、やるか」

 けたたましい発射音が次々に林を駆け巡る。寸分違わずオニの眉間大きな穴が開いてゆく。

 「しかし…」

 上空からも鴉天狗の群れが急降下してきた。

 

 「蝦夷っ、油断禁物だっての」

 うっすら光に包まれた矢が次々に飛んできて一匹また一匹と鴉天狗を撃ち落とす。自在に矢を操るのは、からくりの裕。

 「危なっかしくて見てられねえ」

 口を尖らせ蝦夷守がぼやく。

 「ちっ、お前さんに助けてもらわなくったってこれくらい…」

 裕がため息をつく。

 「だから油断するな、っての」

 蝦夷守の背後で「ぎゃあ」という悲鳴。振り返ると、脳髄を幻ノ矢に突き刺されてヒクヒク痙攣しながら倒れる鴉天狗。

 「あら…」

 背後に敵が忍び寄っていたとは気付かなかった蝦夷守。裕の顔を見ながらにっこり笑った。

 「では、お返しに」

 裕にリボルバーの銃口を向ける。

 「な、何するっ」

 軽く首を横に振った蝦夷守が引き金を引いた。螺旋状に回転しながらブレずに直進した銃弾は、裕の左の頬の二寸外側を通り抜けた。

 「ぎゃあうっ」

 裕の背後に忍び寄っていたオニの頭部が見事に吹き飛んだ。

 「からくりの、お前さんも油断禁物ってこった」

 互いに顔を見合わせてニヤリ。


 「待ってろよ…閻魔卿」

 悦花が呟いた。

 景色はどんどん流れてゆく。斬って倒し、また斬って倒し、足を早めれば早めるほど鼓動が高鳴る。

 中央突破し霊峰富士の七合目に差し掛かった幻怪戦士たちは、低くしゃがれた声に足を止めた。


 「ふふふ、よく来たな。お前たち」


つづく

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