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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
終わりの、始まり
103/122

時は満ちた

 やや忙しそうに鳥が鳴く。

 東から白む空は、昨日の雨が嘘だったかのように澄み、ほうきで砂を掃いたような巻雲が描かれている。

 キリッとした冷たい風が頬を刺す。


 「山の水は冷たいな」

 朝の表情は普段と変わりない。

 いつもそうだ。何かが起こる、その兆しは誰にも知られないように、そっと、ごく僅かにしか提示されない。


 「ああ、あの万年雪から流れてくるからな。見えるか、あの富士の頂からだぞ」

 夜明けとともに目覚めた慧牡けいおすの民の戦士たちが湧き水で顔を洗っている。


 幻怪衆は激戦をかいくぐりながら霊峰富士を目指し、五合目あたりの山間の草むらに一夜を過ごした。

 閻魔卿率いる暗黒帝国が現世崩壊を目的に超破壊兵器「暗黒の怨球」を富士の火口に投じ炸裂させようとしている。

 河童のすすが地磁気や地殻の動きを探索した結果、その決行日がまさに今日。


 「いよいよ、か」

 「いよいよ、だ」


 ちょっとした洞穴に敷いた藁の布団から、柔らかな日差しに目を覚ました悦花えっかが這い出した。

 「早起きね」

 「ん、ああ」

 黙々と剣を振る一刀彫のまさは振り返ることなく頷いた。


 「さあ、起きろ起きろ。とっくに夜は明けたぞ。ほらお前も」

 均蔵きんぞうが配下・那喝衆なかつしゅうを起こして回る。娘の由梨ゆりも欠伸をしながら目を覚ます。


 「北北東…か」

 金色の髪が冷たい風にたなびく。慧牡の民の首領・ひびきの宮が人差し指を掲げながら空を見上げた。

 「ああ、だが上空はまた流れが違うかもな」

 鉢巻をぐっと締めながら嵯雪さゆきも空を見やった。


 「いやいや、その戦法は危険だな。むしろ待つべきだ。援軍を待つ方がいい」

 一本一本、矢を手入れしながら、からくりのひろは、煤と戦術論議に花を咲かせている。

 「でも裕さん、ここなら地の利がある。待ったところで…」

 「だが今回はやり直しのきかない戦い、確実さを優先した方がいいだろう」

 「なるほど。ええと、待つ場合の作戦成功率は、と…」

 煤が手元の相場銅あいばどうの画面を指でさすりながら試算を試みる。

 

 「ん、確率なんてあてになるかっての」

 寝ぼけ眼をこすりながら蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうきも現れた。


 「さあ、準備はいいかい。そろそろ出かけようじゃないの」

 悦花の張りのある声が響いた。


挿絵(By みてみん)


 

 秋風が「幻」の文字の幟を心地よくはためかせる。富士の頂へ向けて、幻怪衆が進軍する。

 「方角はこれで間違いなし、と」

 南方ルートからやや東寄り、右手に浅黄塚あさぎづかと名づけられた丘陵地を見ながら北進する。

 「相場銅がありゃ迷子なんてあり得ねえっての」

 煤が嘯く。

 「あらかじめ入力してある地勢図に地磁気と波動の変動を計算して表示すれば、ほら」

 地図上を進む自分たちの位置がリアルタイムに表示される。

 「自分の波動特性を記憶させてるから、ちゃんと名前も表示して追尾、目的地まで詳しく迎えてくれるっていう代物だ。名づけて名尾迎詳なびげいしょう

 「たいした発明品だな」

 「ええ、昨日徹夜でこの辺りの地形図を詳細に書き込みましたから、万全ですよ」

 辺りは鬱蒼と生い茂る木々。鮮やかな青空も無数の枝に遮られる樹海。

 「お天道様はここじゃあてになりませんからね、名尾迎詳が頼りってわけです」

 「しかし、秋だってのに妙に暑苦しいな」

 均蔵の言葉に頷きながら、裕も汗を拭う。

 「ええ、確かに。標高が上がるにつれて熱気が増す、なんて普通じゃない…」

 

 「あ、あれ、あれれ」

 煤が慌てだした。

 「変だ、変だよ」

 相場銅の名尾迎詳が機能しない。自分の位置を見失っているようだ。

 「ううむ」

 裕がゴーグル越しに辺りを見回して唸った。

 「地磁気の乱れが著しくなっている。富士周辺はおそらく次元孔に近いため時空が歪んでいるに違いない」

 ゴーグルは照準器以外にも、磁気や重力、空間密度を感知し表示する機能が加えられている。

 「かなり波動が乱れてる。この地下深くで大きな力が渦巻いてることが、この異常な熱気の原因に違いない」


 「ともかく」

 悦花は手書きの地図を取り出して、自分たちの位置を確認した。

 「このままじゃ迷っちまう、あの岩場に立てば辺りが見渡せそうだ」

 六合目辺り、立ち並ぶ木々が作るアーケードの切れ目に、まるで舞台のような岩場。すうっと涼しい風が舞い込んでくる。

 「ああ、行ってみよう」

 富士の南東から北まで、雄大に広がる裾野。

 色づく葉がつくる平野部からの穏やかなグラデーションが、藍色の高い空との、うっとりするようなコントラストを描き出していた。

 「す、すげえ。すげえぞ…」

 颯爽と岩場に駆け寄って見下ろした嵯雪が思わず声を上げた。だがその驚きの声は、美しい景色に対するものではなかった。


 「敵・・・敵だらけだ…」

 富士の裾野を埋め尽くすように帝国旗が、まるで威嚇するかのように激しくはためきながら山の頂を目指している。

 「と、とんでもねえ数じゃねえか…」

 一同はしばし言葉を失いかけた。

 「だが」

 「ああ」

 「やらなきゃいけねえ」

 「そうさ。あいつら全員倒しゃいい、ってことだ」

 ニヤッと笑って顔を見合わせた幻怪衆。


 「さあ、斬って斬って、また斬って斬って、斬りまくるぞ」

 雅がその身をブルっと武者震いさせた。

 その袖を掴んだのは煤。

 「いやちょいと待って下さいな。せっかくです、効率よくいきましょう」

 手元の相場銅に数値を入力する。ざっと見積もって、の敵の戦力。そしてサッと取り出した大きな双眼鏡。

 「波動検知装置つきです。ああ、あああれだ。あれが本陣だなおそらく」

 双眼鏡に見える景色に重なるようにいくつもの黒い波動の点。とりわけ巨大な波動の渦が、暗黒の怨球を携える閻魔卿に違いない。

 「んでもって我らの戦力…天候は晴れ、気温と湿度は…と」

 次々に数値を入力し相場銅の地図上で自動計算が繰り返される。

 「はい、こんな感じでいかがでしょう」

 相場銅の電脳装置が弾き出した勝利への方程式。

 「悪くない、それで決まりだ」


 山道を三方に分かれて進む幻怪衆。背の高い草に身を隠しながら足早に頂を目指す。

 「それにしても、いい空だ」

 見上げれば、雲ひとつ無い秋晴れ。地上の戦乱の兆しなど見えないかのように、ただうららかな空気を湛えたまま。

 「この美しい空、守らなきゃいけねえな」

 彼らが揺らした木の葉から滴り落ちる昨日の雨は、これから訪れる災禍を知ってか知らずか、身を隠すように土に染み入ってゆく。


 「ずいぶん日も高くなったな」

 岩場のポイントから西進したのは均蔵と由梨が率いる那喝衆。音次郎が感心しながらため息をついた。

 「それにしてもこれだけの武装、よく集めたもんだ…」

 「ははは、我ら那喝衆は山賊だからな、お宝はたんまりある。今回全部売っ払ってこの戦いに備えたのさ。響に頼んで船に積み込んで運んでもらったのさ」

 銃器一式、迫撃砲、鎧から刀剣に至るまでズラリと最新式が取り揃えられている。

 「これだけの装備なら倒幕も可能なくらいじゃないか」

 「バカいうな、この大事に比べりゃ、人間同士の争いなんざちっぽけ過ぎて笑い話にもなりゃしねえっての」


 装備の充実という点では、東進する響の宮たちも負けていない。

 「さあ、モタモタするなよ。水軍出身だからといって遅れをとっては我らが一族の恥」

 「しかし大した体力だなお前さんたちは」

 水筒の水で喉を潤す嵯雪の前を、足を止めずに進む慧牡の民。重い甲冑に身を包み、大きな武器弾薬を運搬しながら。

 「この大砲ぶっぱなしてやらにゃあな。海入道相手に弾薬使い果たしちまった俺たちに快く力を貸してくれた親分衆に申し訳が立たねえってもんだ」

 彼らは田子の浦に上陸する前に、清水の港に立ち寄って急遽、物資補給を行っていた。

 「ああ、そうとも」

 高鳴る鼓動、押し寄せる高揚感。


 「そろそろ…かな」

 霊峰富士、南側の斜面の木陰では煤が相場銅の画面に見入っていた。

 「西…良し。東…良し」

 画面中央に所狭しと立ち並ぶ黒い点は暗黒波動。それを左右から囲むように点在する青い光は幻怪衆。勢力分布図がリアルタイムに映し出される。

 「それにしても敵は一万を超える大軍、我らは百に満たない、か…」

 同じく画面を覗き込む裕が呟いた。

 「一の谷の戦い、七十騎対数万。厳島の合戦、四千対二万。桶狭間、二千対三万」

 「ん?」

 「古くは昆陽の戦い、一万対四十万。西洋の王が四万で三十万の軍勢を打ち破った例もある」

 「数じゃない、と…」

 「いかにも」

 東の丘から断続的に光が点滅するのが見えた。大鏡を使った合図。慧牡の民は臨戦態勢準備完了。

 「西も、準備万端のようだ」

 那喝衆からも合図。煤が双眼鏡で確認し悦花に伝えた。

 「さあ、始めようか」

 南斜面に設置した発射台に括りつけられた花火が点火された。シュルシュルと青い空に白い軌跡を残し、開戦の狼煙が上げられた。

 「頼むよ、みんな」

 幻の文字が輝く旗が振られた。東と西から火を吹く大砲が、暗黒帝国の妖怪部隊を挟み撃ちに。淡い煙の尾を引きながら放物線を描いた砲弾は着弾ともに妖怪たちを粉々に粉砕する。

 「血が騒ぐっ」

 けたたましい法螺貝の音をバックに鉄砲隊、長槍部隊。歩兵部隊があとに続く。敵味方、双方の軍旗が大きく揺れ、富士の裾野を波打たせる。


つづく

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