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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
熱き旅路に敵また敵~雨乞山激戦編
102/122

覚醒せよ

  雨中の激戦。

奇しくも「雨乞山」が見下ろす山道、伝説の妖獣・八岐大蛇やまたのおろち)が襲来した。

 波動値三千を誇る巨蛇を前に手こずる中、幻怪衆が勢ぞろい。連携戦術を駆使し次々に蛇頭を切り落とし、最後の一頭を残すのみとなった。

 「悦花、今助けてやるっ」

 青鬼が放った毒ガスに倒れ、八岐大蛇の目の前で意識朦朧のままの悦花を救出しようと音次郎が飛び出した。


 「お前を助けるのは俺なんだっ」


 左手に抱えた金属製の義手に装備された発射装置に毒手裏剣が設置された。

 「毒蛇には毒を・・・」

 しかし八岐大蛇はただの巨蛇では無かった。

 

 「お、おい…」

 幻怪衆は全員、目を丸くさせた。

 「なんだ、なんだあれはっ…」

 幻怪衆が切り落とした七つの首、その切り口からにわかに黒煙、いや真っ黒いオーラが濛々と噴き出した。

 「ま、まさか…」

 切断面のその奥から真新しい首、真新しい頭部が、どす黒い粘液に包まれたままにゅるにゅると各切断面から二本ずつ生えてきた。

 「そんな…増えてるじゃねえか…」

 全ての切断首から出揃った新しい頭は、ブルブルっと身震いするように羊水の如き黒い粘液を振り払うと、大きな口を開けて誇示するように牙を剥いてみせた。

 十五個の頭がシュルシュルと鳥肌の立つような不気味な鱗の擦れ音の合奏を聴かせながら不規則にうねって噛み付く隙をうかがっている。


 「秘幽弩羅・・・あれはまさしく秘幽弩羅ひゆどらだっ」

 相場銅の画面を検索する河童のすす。その指が震えている。

 「な、なんだそのけったいな言葉は」

 蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうきの問いに、煤が引きつった声で答えた。

 「怪物、西洋に伝わる伝説級の大蛇ですよ」

 「なに言ってんだ、あれは八岐大蛇、お前がそう言ったんじゃないか」

 眉を吊り上げる一刀彫のまさ。煤が首を横に振る。

 「切られたところから首が二本ずつまた生えてくる、なんてのは・・・間違いない、西洋に伝わる妖獣、神すら恐れた秘幽弩羅だっ」

 「どうなってやがる…」

 鎌首を十五個、じっともたげる怪物を睨みつけながら、からくりのひろが呟いた。

 

 「そうか…間違いない」

 煤が手をポンと叩いた。

 「合成獣だ。かつて古代の勇者が倒したという八岐大蛇、その残った身体の一部から再生した怪物に、秘幽弩羅の血を混ぜ生み出された合成妖獣に違いない」

 「そ、そんなことが出来るのか。暗黒帝国の連中は」

 「ああ、恐ろしくキレる頭脳を持った黒河童一族が冥界の一員になったからな。戦争が河童族を引き裂きさえしなければ、今頃彼らはもっとマシな仕事をしていただろうに…」

 そうしている間にも、増殖した大蛇の頭は鱗を逆立て、威嚇の音を大きく轟かせていた。


 「く、くるぞっ」

 十五頭が一斉にその冷酷な目を光らせた。蛇に睨まれた蛙とはこのことか。

 「ひいいっ」

 再生八岐大蛇が一気に暴れだした。十五本の首を渦巻きのようにくねらせ牙を突き出す。

 「ひとまず、ひとまず逃げろっ」

 算を乱して逃げまどう。逃げ遅れた者から、次々に喰われてゆく。

 「こいつは厄介だ…」


 「あっ」

 その時、一同の顔が青ざめた。

 「え、悦花」

 十五本の鎌首がもたげられた、その目の前に一人、悦花がいた。

 「逃げろっ、逃げろ。悦花あっ」

 幻怪衆の悲痛な叫びがこだまする。悦花はゆらりと立ち上がり大蛇と向き合った。

 「早く逃げろってんだ悦花…マズい、とり囲まれやがった」

 シュルシュルと鱗が擦れ合う音を幾重にも響かせつつ地を這うように、うねりながら蛇首たちが悦花を取り囲んだ。

 「う、ううっ」

 悦花は放心状態のようにも見える。両腕はダラリと下げたまま。白く伸びた両脚にも、力を込めて踏ん張る素振りは見て取れない。


 いてもたってもいられない音次郎が飛び出した。

 「逃げろ、逃げるんだ悦花っ」

 ゆっくりと振り返った悦花の全身がうっすらと光った。

 振り向いて一言。

 「来るな」

 真っ白く光る目。薄笑いを浮かべながら、しかしその目はどこか冷たい。

 「来るんじゃねえよ」

 小さな声、だが周囲の喧騒を貫き通すように音次郎にはくっきりと聞こえてきた。まるで喉元を掴まれたような感覚。

 何か得体の知れない、背筋がゾクゾクするような空気を感じた音次郎は立ち止まった。

 悦花は、ゆっくりと一匹一匹、自らを取り囲む蛇頭を見回した。

 「ふふふ」

 少しずつ、悦花の全身に帯びる光が増したように思える。呼応するように大蛇はますます鱗を逆立てて威嚇する。


 「あっ…」

 一瞬。まさに一瞬。

 悦花の正面で鎌首をもたげていた一際大きな蛇頭が、大口を開けて真上から、悦花に覆いかぶさった。

 「ふっ」

 冷たく光る目はそのままだった。

 一切抵抗する素振りもないまま、悦花の身体はまるごと巨蛇の毒々しい口の中に吸い込まれていった。


 「お、おい…え、悦花…悦花ああっ」

 間近に見てしまった音次郎が膝から崩れ落ちた。

 「悦花っ」


 続いて、水を打ったような静寂。

 その刹那は、まるで永遠に続くかのように長くく感じられた。


 「まさか、まさか…」

 うろたえる幻怪衆。

 悦花を呑み込み、十五本の首を高らかに突き上げ、まるで狂喜の舞踊の如く不規則に宙にくねらせる八岐大蛇。

 「あの野郎っ」

 雅が、裕が、蝦夷守が。煤も嵯雪も、均蔵も由梨も、響も。もちろん音次郎も。八岐大蛇めがけて一気に飛び掛った。

 ますます荒れ狂う大蛇が反撃する。十五の首と八つの尾が畳み掛けるように幻怪衆に襲いかかりなぎ倒してゆく。

 「つ、強すぎる」

 倒れこんだ幻怪衆を前に、八岐大蛇の首たちが一斉に首を突き出し、口を大きく開いて迫ってきた。

 「来る、来るっ」


 「ん?」

 突然、八岐大蛇の動きが止まった。

 「な、なんだあっ」

 十五本の首が一斉にガクガクと震えはじめた。わなわなと逆立った鱗を小刻みに振動させながら首と首を捻じ曲げて絡みつかせて痙攣している。

 にわかに、八岐大蛇の全身が光りはじめた。

 「み、見ろっ」

 首の分かれ目がゴツゴツといびつに盛り上がってきている。十五本の首が狂ったように暴れ始めた。緑色の反吐を噴き出して悶えているように見える。

 ジタバタと動き地面を叩くように乱れ動く八本の尾の先端まで光が達した。


 「あ、熱いっ」

 光と共に。量。

 八岐大蛇の周辺の空気が揺らめいき、鱗の一枚一枚から水蒸気が白煙となって立ち上る。

 「一体何が起こっているんだっ」

 次の瞬間、光と熱は急激に冷めた。

 「な、なんだっ」

 八岐大蛇の身体の中心に、光と熱は収束した。

 「うあっ」

 バリバリという音が地鳴りのように空気を切り裂き、続いて耳を突き刺すような高周波。

 大蛇の首の付け根には、スウッと鋭く細い裂け目。そこからやがて一筋の光が漏れ出す。

 どんどん光は強くなる。


 「お、おい…あれは…」

 まるで稲妻が空に広がるように、八岐大蛇の全身を光が貫きズタズタに裂いてゆく。

 その中央には、天を仰ぎ両手を広げて高々と突き上げた悦花。

 「はあああっ」

 思わず目を背けるほどの強烈な光が、周囲を真っ白に変えた。身体中を鈍器で殴られたような強い衝撃が突き抜ける。


挿絵(By みてみん)


 八岐大蛇は、完全に崩壊した。焦げ臭い匂いと、キラキラと塵のような空気中を漂う粒子が残された。


 「え、悦花…」

 幻怪衆が見守る中、ゆっくりと、しかし確実な足取りで歩いてくる悦花の身体は光の薄い膜に包まれていた。

 「そ、その顔は…」

 悦花の右頬にある生まれついてのあざ。右眼から垂れ落ちる黒い涙のような痣は、いつもに増してくっきりと目立つようになっている。

 右側だけではない。反対側にも対称に同様の痣、そして腕や脚にも、稲妻にも似た文様が浮かび上がっていた。

 「ふふふ」

 目は光で真っ白に塗りつぶされたよう。身体中から湧き出るオーラに周囲が歪んで見える。

 煤が、手元の相場銅の画面をちらっと見て目を丸くした。

 「は、波動値…五千っ?」

 悦花は幻怪衆一同をその光る眼で見回したのちに突然ブルブルっと痙攣、再び四肢の力が抜けたようにスーッと横たわり、眠るように眼を閉じた。


 「悦花っ、どうしたんだ。悦花っ」

 駆け寄った音次郎が悦花を抱きかかえる。

 「目を、目を覚ませっ」

 二、三度揺さぶると、ゆっくりと目を開いた悦花の顔や腕、脚から痣は消えていた。

 「わ、わたし…」

 「どうした、何があったんだ」

 「わたしは一体…」

 「悦花、お前は大蛇に飲み込まれて光の…」

 「ええ、知っている。まるで夢を見ていたみたいに。毒霧で意識を失いそうになったとき、急にドクンと心臓が動いた気がして…」

 正気を取り戻した悦花が語った。

 「それからの私は、私じゃないみたい。勝手に手が、脚が動いて…背中が熱かった。そして霞む光の中で、私は全身の力を放出した…」

 顔を見合わせて首をひねる一同。

 思い出したように悦花が付け加えた。

 「そう、誰かが私に話しかけてきた。よく見ろ、と。本当のお前はここにいる、と…はじめて聞いた声だったけれど、なぜか懐かしい気がした」

 「もしかしたら」

 裕が雅、蝦夷守と顔を見合わせて呟いた。

 「真の覚醒、なのか…?」


 ともかく最強レベルの難敵、八岐大蛇は消滅した。

 いつしか雨は止み、夕焼けが照らす茜雲が空を覆いつくす。東の空にはうっすらと淡い月が碧い闇を引き連れて顔を出している。

 「さあ、霊峰富士までもうすぐだよ」

 歩み始める幻怪衆。

 「明日の巳の刻、あたり。だな…」

 相場銅で情報収集する煤の指先が画面をせわしなく動いている。

 「月の斥力、地殻棚の歪みの高まり、地磁気の変動が一致して動き出している。太陽風の動きも合わせると…ああ、明日巳の刻に次元間の素粒子の乱れが最高に達する」

 「…なんだか難しい事を言っている。と、いう事は理解した。で、なんなんだ、煤」

 「もう、面倒くさがらないで下さいよ蝦夷さん。つまり、明日の巳の刻に、おそらく閻魔卿は暗黒怨球を富士の火口に投下させるだろう、ってことです」

 「明日…巳の刻…」

 うわ言のように蝦夷守。

 唾を飛ばして語り続ける煤。

 「ええ、その時刻に暗黒波動が次元孔のある富士の地下で炸裂すれば、暗黒物質の大量流入にともなう大規模な素粒子の自己崩壊が加速度的に…」

 「はいはいはいはい…で、なんなんだ、煤」

 話を遮って蝦夷守。

 呆れ顔、煤。

 「…現世が崩壊、滅亡します」

 「そりゃいかん」

 「でしょ」

 「ああ」

 地図を広げた裕が割り込んだ。

 「とにかく、もう富士は目の前だ。今夜はこの先にある洞穴で休もう。みな戦いの連続で疲労も高まっているだろう」

 「ああ、明日が決戦の日になる」

 「おお、ならば英気を養わねば」

 慧牡けいおすの民が持ってきた大八車の物資の中にある洋酒の樽を目ざとく見つけた蝦夷守、雅、嵯雪、そして煤。

 「下手すりゃ最後の酒盛りになる、しっかり呑んでおかねえと…」

 「ふっ」

 横目で見ながら悦花がにっこりと笑った。

 「ああ、悪くないね。いよいよ明日。明日だ…」

 もう薄紫から藍へ、帳を下ろした澄んだ空を足早に駆け下りた一筋の流れ星に、それぞれは何を願ったのだろうか。


つづく

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