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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
熱き旅路に敵また敵~雨乞山激戦編
101/122

揃い踏み幻怪衆、難敵に挑む

 霊峰富士を目指す幻怪戦士たちに次々と襲いかかる闇の帝国の刺客たち。

 火を吹く赤鬼、毒ガスを撒き散らす青鬼、最強獄卒の牛頭ごず馬頭めず。傷を負いながらも打倒に成功したが、毒ガス攻撃を受けた花魁戦士・悦花えっかは麻痺したまま。

 そこへ現れた巨大な蛇は、八本の首と八本の尾をくねらせながら圧倒的な勢いで襲ってきた。


 「そ、そいつは伝説級、いや伝説そのもの。八岐大蛇やまたのおろちですっ」

 戦線を離れた河童のすす相場銅あいばどうの画面で検索しながら叫んだ。

 「は、波動値…三千っ」


 毒牙を剥いて噛みついてくる複数の頭にリボルバーを向けながら煤を横目に蝦夷守龍鬼が尋ねた。

 「ん、波動値てのはつまり、あれか。あれだな。個々の生体が潜在的に持っている波動、この力が最も大きくなると推定される状態を割り出して、つまりは、最大波動能力を数値化して…」

 「ええ、そうです…。しかし、なんだか無理やり難しい言い方してるな、蝦夷さん」

 右手に崇虎刀すうとらとう、左手に紊帝びんていの剣。二本の妖刀で大蛇のうねり狂う首元を斬り込もうと構える一刀彫のまさが叫んだ。

 「波動値三千、ってのは、とにかく強えってことなんだな」

 「間違いない」

 うなずく煤。からくりのひろは幻ノ矢を次々につがえては撃ち、つがえては撃ち。

 「なあ煤。ちなみに俺たちは波動値でいうとどれくらいなんだ?」

 「ええと…裕さん、幻怪さんだと、だいたい二百から三百ってとこです…」


 蝦夷守、雅、裕は顔を見合わせた。

 「おいおい、三人合わせても八岐大蛇の三分の一にも満たないじゃねえかっ」

 「はい…」

 「あいつはまだ毒にやられてぼーっとしてやがるし」

 おぼつかない足元で何とか立ち上がろうとよろめく花魁の悦花えっかは八岐大蛇の懐で未だ青息吐息。いつ大蛇の毒牙に飲み込まれても不思議ではない。

 救出を試みる幻怪三戦士が必死に攻撃を続けるが、伝説の大蛇に有効打を与えるのは至難の業。

 「でかいくせにやたら素早いじゃねえか」

 「当たっても効かねえぞ、あの鱗は鎧かっての」

 「まだ七つも首は残ってやがる。数でも不利だこりゃ」

 三人がかりでダメージを与えた一つの首を、他の首が寄ってたかって食いちぎってしまうという、野生本能に溢れた冷酷さも、伝説の名に恥じぬ戦慄の所業。


 赤鬼青鬼、そして牛頭馬頭との戦いから続くダメージの蓄積も手伝って、かなり息が上がってきた。

 ジリジリと後ずさりを余儀なくされる幻怪戦士たちに、右から、左から、さらに怒号が聞こえてきた。

 「また何か来るっ」

 降り続く雨をかき分けて、激しく泥水を跳ね上げる音が近づく。

 「こりゃやばい、マジでやばいかも…」


 雨だれとも冷や汗ともつかない滴の一筋を顔面に引きながら立ち上がった煤の目の前を左から、鋭い鎖鎌の刃がかすめて飛んでいった。

 「んっ…山賊?」

 そして右から飛ぶの斧。

 「フランキスカの斧…海賊?」

 左からの大きな声が響いた。

 「数では不利、なんてこたあ無えぞっ。同志」

 「あ、あああっ」

 煤が思わず手を振り上げた。

 「ただいま参上っ」

 八岐大蛇に向かって駆けてゆくのは那喝均蔵なかつきんぞう。娘の由梨、そして配下の山賊たちが続く。

 「天狗だの蜘蛛だの般若だのと遊んでてちと遅れたがな。幻怪衆やっと合流だ」

 

 挿絵(By みてみん)


 右からも雄叫びに交じって澄んだ声が通ってきた。

 「海の怪物の次は山の怪物退治だな」

  遠州灘から田子の浦に上陸した慧牡けいおすの民を引き連れて、ひびきの宮が長い裾を風にたなびかせて駆ける。

 「ああ、武者震いが止まらねえっ」

 純白の剣を抜きざまに嵯雪さゆきが飛びかかる。


 「やっとお出ましだな、はぐれ剣士」

 雨粒を白剣で弾き飛ばしながら大蛇の正面から斬りかかる嵯雪を見上げながら、その下から大蛇の喉元に潜り込む雅。

 「ああ、だが俺はもうはぐれてなんかいやしない。仲間がいる、幻怪衆っていう。だろ?」

 「ふっ、背中がむず痒くなるじゃねえか」

 飛び上がった嵯雪めがけて牙から毒液を噴出させようとする大蛇、その真下から雅が二本の刀を真っ直ぐ突き上げた。下顎から上顎まで突き抜ける刀身が大蛇の大口が開くのを阻止する。

 「ほうら、大人しくしてな」

 目配せした嵯雪、飛び込みながら動きを止めた大蛇を正面から真っ二つに切り裂いた。

 「せっかくの白い着物が汚れちまうぜ」

 雨に交じって降り注ぐ大蛇のどす黒い血飛沫を避けるように肩をすくめて見せる嵯雪。

 「おいおい油断するなよ、これまでの敵とはケタが違うぜ」

 一匹、いや一首倒して一息つく嵯雪の背後から別の首が噛みつこうと迫る。雅が駆け寄るが大蛇の動きは速い。

 「うっ」

 大きな鼻先で当て身を食らって吹っ飛んだ雅に、鋭い牙が覆いかぶさる。

 シュッとうなりを上げて飛んできた鎖分銅二つ、大蛇の左右の牙に絡みついた。そのままぐいと引っ張る一方は均蔵、一方は由梨。

 「正面に回ると毒が飛んでくるぞ、後ろ斜めからだ」

 叫ぶ均蔵、答える由梨。

 「わかってるってば父さん。何度も同じこと言わないの」

 鎖を掴んで左右から飛び上がった二人は大蛇の頭の後方で交差して着地。

 「それっ」

 「はいっ」

 鎖の先の鎌を投げて交換し、そのまま大蛇の首をぐるぐる巻きに締め上げた。

 「ようし」

 動きを封じた二人は大蛇の頭頂部に乗り鋭い鎌の刃で、大きく硬い鱗を切り取って剥がした。


 「さあ、出番だ」

 義手を左脇に抱え込み、音次郎が走る。

 「お、お前さん…どうしたんだい右腕の義手、千切れて取れちまってるじゃねえか」

 驚く雅の目の前を、脇目もふれずに音次郎が駆け抜けた。

 「説明は後、今はこいつを倒さなきゃ」


 蛇頭の脳天めがけて、音次郎の義手から手裏剣が飛び出す。表面のヌルヌルとした光沢はたっぷり塗られた毒によるもの。

 「猛毒。南国の蛙から抽出した強烈なヤツだ」

 鱗を外され剥き出しの頭から毒を注入された蛇頭はみるみる紫色に変色し、痙攣しながら泡を吹きはじめた。

 「あ、危ないっ」

 また別の蛇頭が迫る。思わず首をすくめた均蔵親娘。しかしその大きく開いた口から突き出た牙は、毒に苦しむ蛇頭の根元に喰らいつき、遂には噛み千切って切り離した。

 「胴体を共有しているわけだし、毒が全身に回らぬよう、ってことか・・・」

 「ああ、足手まといは切り捨てられる。まるでどこかの忍の組織の掟みたいだ・・・」

 音次郎がゴクリと唾を呑み込んで言った。

 「ともあれ、残りの頭はあと五つ、か」

 「いや、あと四つだ」

 左右の刀にべっとりついた黒紫色の血糊を払いながら雅が呟いた。その背後で根元から鋭利に切り裂かれた蛇頭が、目の輝きを失い地に伏していた。

 「さすが」

 「感心してる暇は無いぞ、悦花が食われちまう」

 ゆらりと立ちあがった悦花に迫る二つの蛇頭。左右上方から剥き出しの牙が迫る。悦花は反撃できるほどに回復してはいないようだ。


 「さあ、出番だ」

 蛇頭に照準を合わせる二つの銃口が同時に火を噴き、心地よいハーモニーを奏でる。

 一つは金属的な残響が長く尾を引く甲高い発射音。蝦夷守のリボルバーだ。

 「ああ、出番だな」

 もう一つは、短い破裂音が腹に響く低音。響の宮のライフル銃。

 それぞれ、大蛇の眼球を撃ち抜いた。硬い鱗に覆いつくされた皮膚は銃弾さえ跳ね返すが、粘膜が露出する部分になら銃撃が功を奏す。

 「さすがに威力があるな、でっかい銃ってのは。だがこんな芸当は出来ねえだろ」

 指をパチンと鳴らしながら響の宮に目配せをした蝦夷守は、蛇頭に向けたリボルバーの銃口から次々に硝煙を上げさせた。

 「最大、十五連発。改良型、最強回転倉式短銃だ。三十八口径」

 次々に放たれた銃弾は蛇頭の頭頂部、その鱗の隙間をえぐるように着弾し、終いには鱗を局所的に削ぎ落とした。

 「勘定もピッタリだ。これで十五発目」

 連射の焦げ臭い匂いを残しつつ、銃弾は鱗の剥げた頭部に吸い込まれていった。鈍い音を響かせて、蛇頭は頭蓋骨ごと粉々に。

 見ていた響の宮は「ほう」と感心して頷きながら、自らのライフル銃を構えた。

 「確かにお見事。だが俺は三発あれば十分。最新式英国産スプリングフィールド銃・改」

 ドスンと腹に響く発射音。片目を吹き飛ばされた大蛇が狂ったように暴れる隙に次の弾を込める。

 「四十四口径だ」

 二発目、針の穴を通すような正確さでもう一度、眼窩に打ち込まれた銃弾が大蛇の頭部に大きな穴を穿った。

 「これで三発目」

 湿気を含んだ空気を、銃摩擦で瞬時に蒸発させる真っ直ぐな白い軌跡を残して銃弾は、大蛇の頭部を粉々に砕き飛ばした。

 「やるなあ」

 手を額にかざしてその様子を見ては感心する蝦夷守。

 「これで残った大蛇の頭は二つ、だな」


 「者ども、行けっ。行けい」

 均蔵が、響の宮が大きく手を掲げて叫んだ。それぞれ配下のつわものたちが大蛇に殺到する。

 確かに大蛇は巨大で、かつ素早い。鱗は岩のように硬く、牙は研ぎ澄まされた日本刀のよう。吐き散らす猛毒によって近づくことさえ難しい。

 「しかしな、勝負ってのは気持ちの強さで決まるもんさ」

 一人、また一人とやられても臆することなく立ち向かっていく幻怪衆。アリが巨象を倒すように、遂にまた蛇頭が一つ切り落とされた。

 「ようし、残った頭はあと一つ」

 「今のうちに悦花を救出しろ」

 「悦花どの、今行く。今行くぞ悦花っ」

 音次郎が飛び出した。猛り狂う蛇頭の真下でゆらりと立つ悦花に向かって、真っ直ぐに。

 「お前は、俺が助けるっ」


 しかし、幻怪衆はふたたび戦慄し絶望に閉ざされることとなる。


 つづく

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