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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
讃岐の激闘、恐怖の天狗王
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天狗襲来、讃岐のバトル

 幻怪一行が訪れた讃岐の国にはすでに闇の魔の手が伸びていた。日照りと生贄の謎を探ろうとする彼らに襲いかかった黒い影。


 「天狗…か」


 一刀彫の雅が自慢の崇虎刀すうとらとうに付着したどす黒い血を振り払った次の刹那、頭上からバサバサっという羽音が重なって聞こえてきた。

 「多いな…」

 木々の上から現れたのは無数の天狗たち。自在に宙を舞い、手にした直刀をふりかざし襲ってくる。

 「ふんっ」

 反射的に飛び上がったのは悦花。ふわりと広がった振り袖が朝日に光る。

 「雑魚め」


 挿絵(By みてみん)


 天狗たちが振る刀身の軌跡を縫うように宙を泳ぎながら、幻鋼げんのはがねで出来た特製の煙管が唸りを上げる。一撃、また一撃。閃光とともに脳天を破壊された天狗たちの無残な亡骸が地に堕ちてゆく。

 「クウッ」

 互いに目配せをした十匹ほどの天狗の群れが一斉に飛び上がった。悦花の周りを取り囲むように天狗の羽ばたきが空気の渦を作る。

 「数で勝負ってわけかい」

 悦花の頭上で羽音が止む。一瞬のなぎのあと、天狗たちはきびすを返し猛然と悦花めがけて急降下。今度は「ブウン」という空気を切る低い音が悦花の八方から迫る。悦花はたっぷりと空気を吸い込み、その柔和な顔を鋭い形相に変えながら腹の底から一喝。

 「はああっ」

 細かい稲妻をともなって悦花の身体は薄く光を帯び、その丹田たんでんから頭上の天狗たちに向かって光の波の輪が広がった。歪む空気、耳に残ったのは「キーン」という高周波音。

 「ほら、何匹集まっても雑魚は雑魚」

 呟いた悦花が軽く溜息をつく頃には、頭上の天狗たちは羽毛を粉々に散らして吹き飛び仄明るい光に包まれながら崩壊していった。


 「こらっ、ちょっと。待てっ。待てえっ」

 片翼を切り落とされた一匹の天狗が走って逃げてゆく。追うは蝦夷守えぞのかみ。右手に掲げるは愛刀・龍鬼丸りゅうきまる。漆黒の刀身にサディスティックな笑みが映り込む。

 「この天狗野郎っ」

 天狗を追いかけて山間の斜面を軽やかに駆け上がり颯爽と高台の上に。上段に構えキリとポーズを決めてみせた。

 「さあっ、正々堂々と…」

 カッと目を見開き高らかに決め台詞を…しかし。

 「あ、やばい」

 崖上にはズラリと並んだ天狗の群れ。一斉に刀を抜く音が響く。

 「あら、お邪魔しちゃったようで」

 ニッコリ笑顔、くるりと廻れ右、の蝦夷守。

 「訊いてねえよ」

 攻守逆転。

 「クエエエッ」

 刀を振りあげた天狗たちが大挙して襲いかかってくる。

 「こら、ちょっと」

 今来た崖の斜面を大慌てで駆け下りる蝦夷守。

 「待って、待ってえ」

 一転して追われる身。飛び上がる天狗たちが陽光を遮る。折り重なる天狗の羽根の影。

 「クアッ」

 だが次々に天狗は羽毛を散らして力なく墜落していった。ボタリ、ボタリと地に叩きつけられ黒い煙を上げながら融解してゆく。

 「ん?」

 振り返った蝦夷守。すっかり敵の消えた景色の向こう、切り立った岩場の上には大きな弓を構えるからくりのひろの姿。

 「サンキュ」

 蝦夷守のニヤリとしながらの敬礼に、裕も親指を立てて応えた。同時に複数の矢を、それぞれ狙いを定めて放つのが裕の得意技。幻鋼で出来た弓と矢の威力は相当な距離を隔てても衰えを知らない。


 「懲りぬ奴らめ」

 次々に沸いてくる天狗の刺客たちを斬っては捨て、斬っては捨て。一刀彫のまさの愛刀の切っ先は止まることなく美しい円を描き続ける。その後に薄汚い血飛沫模様を付け加えながら。

 「うっ」

 しかし一瞬、切っ先の光が翳った。一匹の天狗が放った煙幕弾が辺りを黒く塗りつぶす。

 「小賢しい」

 目深にかぶっていた浪人笠をひらりと脱ぎ、団扇の舞よろしく澱んだ空気を一掃する。再び浪人笠が雅の頭上に納まった時、晴れた煙幕の向こうに無数の天狗たちが剣の間合いで取り囲んでいた。

 「クアアッ」

 堰を切ったように襲いかかってくる天狗の集団。その剣先が頭上に集まった時、雅はぐいと身体を沈みこませた。空を切る天狗の剣たち。

 「たあっ」

 足を踏ん張ってかがみ込んだ雅の周囲を、崇虎刀の鈍い光が瞬きも許さぬスピードで一回転。

 「ブウァッ」

 取り囲んでいた天狗たちの身体は真っ二つに裂けて転がり落ちる。一斉に立ち上る噴水の如き血飛沫の中央で雅は再び身を起こした。

 「まだ、か」

 なおも襲いかかる天狗の群れ。頭上から迫る天狗に刀を合わせる。「カキーン」という鋭い音。しかし背後からも天狗、その気配が間近に迫った時。今度はやや鈍い音が「カーン」と雅の背中で響いた。

 「なに、お前。手こずってるわけ?」

 助っ人に駆けつけた蝦夷守が微笑みながら囁いた。眉間にしわを寄せながら微笑み返す雅。

 「手こずってなんかないし、助けを呼んだ覚えもないぜ」

 目を合わせてニヤリとした両者。互いの背を合わせ、襲い来る天狗たちとの戦闘再開。

 「さて、ちっとは本気出そうかいな」

 二人の長い刀、崇虎と龍鬼丸が時に離れ、時に同期しながらジグザグを、楕円を描く。もうずいぶん高くなった日の光をそれぞれの刀身が反射したくさんのフラッシュが焚かれているかのよう。

 「しかしこいつら、一体何匹いるってんだ」

 続々湧いては寄ってくる天狗たち。眼前の敵三匹を相手にする蝦夷守の背後がふと空いた。

 「クウッ」

 その背後に迫る巨体の天狗、気付かれぬよう大きな刀を真横に振る。その先が蝦夷守の首筋を捉える。研ぎ澄まされた剣先が蝦夷守の後ろ髪に触れた。やや茶色帯びた縮れ毛が幾本かフワッと散った。

 「え」

 その剣が蝦夷守の首をえぐるのを一瞬早く食い止めたのは駆け寄った雅の崇虎刀。右側中段から振り上げた刀身が天狗の剣の動きをピタリと止めた。交差した僅かな隙間に稲妻が走る。

 「うっ」

 まるでストップモーション。思わぬ横やりに右を振り向いた天狗、その胴体をもう一本の刀が貫いていた。雅が左手で突き出したもう一本の崇虎刀である。二つの長太刀の二刀流こそ、雅の剣術の真髄。天狗は眼球を裏返しながら崩壊した。

 「蝦夷、なにボヤっとしてんだ。危なかったぞ」

 「いや…天狗の鼻があんまりデカいもんで見とれてたんだ」

 弾かれたように再びバトルが始まる。

 「うあっ」

 雅めがけて崖の上から巨大な岩石が飛んできた。南東の方角、見上げる眩しい太陽を瞬時に遮る岩の陰。暗順応が間に合わない。

 「えいっ」

 二本の崇虎を直交させ、飛来した岩に合わせ開く。ゴゴッという音と共に岩は十字に砕け飛んだ。この程度で切れ味が落ちる幻鋼ではない。だが敵の狙いはその次の刹那にあった。

 「ああっ」

 砕けた岩の間から強烈な日光が雅の目を直撃、暗順応したばかりの瞳は思わず瞼を下ろす。死角。

 「クアアッ」

 岩の後ろに隠れていた天狗が真っ直ぐに伸ばした腕、握る剣の先端が雅の眉間に迫る。雅の目がやっと開いて危機的状況を映し出す。

 「うぐっ」

 息を呑んだその時、「パアン」と甲高い破裂音が周囲の山にこだました。

 「なにボヤっとしてんだよ一刀彫。危なかったじゃないの」

 五間ほど離れた位置から愛用のフリント銃で天狗の脳天を砕き飛ばしたのは蝦夷守。銃口から出る硝煙をフッと吹き上げつつゆっくりと雅に近づく。

 「いや…明るいのはあんまり好きじゃなくってね」

 答える雅と蝦夷守、パチンと一度、肩の高さで互いの手を合わせニヤリと笑みを漏らした。


 「ほう、やるじゃん」

 向こうでは裕が得意の幻之矢複数撃ちが面白いように決まり、戦況が攻勢に転じてきているのがよく見える。

 「おっ」

 そして、天狗の残党たちを前にした悦花、その頭部に巻いた極彩色の布をはらりと脱ぎ捨てた。ズシンと衝撃が周囲に走る。大きく息を吸い込む悦花。まるで陽炎のようにシルエットが揺らめいて見える。

 「はああああっ」

 全身を光らせて野一喝。まるで讃岐平野全体が揺さぶられたかのような激しい衝撃波が走った。うっすらと光を帯びたその波動は、天狗たちが持つ闇の波動と干渉して生命力を奪う。敵の群れは、虚しく舞う羽毛とたなびく黒煙を残して一気に融解し消え失せた。

 「久しぶりに見たな」

 弓を収めながら戻ってきた裕、一面の大地から立ち上る土煙を手で払いながら言った。

 「ん、しかしこの技って、自分もダメージ大きいんじゃなかったっけ?」

 蝦夷守が案ずるように、波動とは生命エネルギーそのもの。多大な波動の放出は自らの命を縮める行為。悦花が普段頭に巻いている布は、むしろその強大過ぎる波動を抑制するための「封じ布」なのである。

 「ああ」

 肩で息する悦花。雅が問う。

 「さすがの波動力だ。しかし、いくら数が多いとはいえ天狗ごとき雑魚相手にお前さん、自分の命を縮めちゃったりしていいのかい?」

 汗を拭きながら再び布を頭に巻きつけながら悦花が答えた。

 「時間が無いんだよ」

 「ん、どういうことだ」

 悦花は遠く西の空、小さくなってゆく影を指差した。

 「すすが、さらわれた」

 ひときわ大きな天狗が飛んでゆく。脚の爪で男を文字通り鷲掴みにして。

 「あ、あれは…」

 陽の光に時々照らされて浅葱あさぎ色に反射する、それはまさに煤のすげ笠。犠牲者は煤だけではないようだ。巨大な網のなかに放り込まれた人間たちが、他の小天狗たちに吊るされたまま同じ方向に運ばれてゆく。

 

 「どうなってる?」

 見上げる蝦夷守、裕が答えた。

 「例の『いけにえ』達に間違いない。この飯野山に集められた後、ああやってどこかに運ばれるんだろ」

 裕は今までの記録を書き記した帳面を振り返る。覗き込む蝦夷守。

 「町で訊いた雨乞いの儀式って言ってたやつか」

 「ああ、しかし雨乞いなんてのは真っ赤なウソだな。こりゃ天狗による大規模な人さらいだ。目的は判らんが…」


 とにかくこのままにはしておけない。

 かすかな波動の名残を頼りに捜索を開始、雅が足元に落ちている尻子玉に気付いた。

 「煤のだろ、これ。河童しかいないからな、こんなの持ってるのは」

 確かに、煤はいつも集めた尻子玉を腰元の麻袋に持ち歩いていた。

 「さらわれていく時に落としちまったんだな」

 拾いあげた裕は、ゆっくりと首を横に振りながら言った。

 「いや、違う」

 遮光眼鏡の下、その鋭い目を確信に満ちた光に輝かせながら。

 「あいつは、行き先を教えてくれているんだ」


つづく


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