旅を始めたばかりの頃
子どもというものは、足手まといだ。
うっとうしくて厄介なことこの上ない。
――『標的』であった子どもを連れて放浪するようになって、わずか三日。
その三日のうちに、オルディンはもう心底から嫌気が差していた。
まず、足が遅い。
オルディンの一歩に追いつくのに十歩はかかっているのではなかろうか。
それに、すぐウロチョロする。
彼がほんの数呼吸ほどの間目を離した隙に、もう姿を消している。
足が遅いくせにオルディンが気付かないほど一瞬でどこかに行ってしまうなど、有り得ない。
有り得ないが――今、彼はその状況に陥っていた。
「ジア!」
さほど大きくない村の往来の真ん中で、オルディンは声を張り上げる。
通行人や露天商の視線が、一瞬にして彼に集中した。
「おや、お兄ちゃん、迷子か何かかい?」
「一緒に探してやろうか? どんな子だ?」
村の人々が、こぞって気遣わし気にぞろぞろと声をかけてくる。
常に人目に付かぬように動いてきた自分がこんなことをする羽目になるなど、命を下された七日前には夢にも思っていなかった。
「あ、いや……大丈夫だ――です」
見る見る増えてくる人々に口ごもりながらそう答え、オルディンは来た道を戻る。
「ジア!」
ちょうど一区画分ほど後戻りしてもう一度呼ばわった、その時。
「オル!」
耳に届いた甘い声。
彼はハッと路上を見渡した。が、いない。
オルディンの膝ほどの背丈の、赤毛の子どもは、見当たらない。
「ジア!?」
もう一度、呼ぶ。
と。
「こっち、ここ、ここだよ」
声は明らかに彼の頭の上から聴こえてくる。
顔を上げて見渡すと――いた。
枝を張った樹の上に、満面の笑みを浮かべて。
「おま、何でそんなところに!?」
オルディンがかなり首を反らして見上げるほどだ。
相当、高い。
三歳児が、何故、そんなところにいるのか――三歳児が、そんなところに登れるものなのか。
「お前、何やってんだよ!?」
本気でその質問に答えが欲しかったわけではない。だが、他に言葉がない。
そんなオルディンのセリフに、子どもは枝に掴まっていた手を片方伸ばして、枝の先を指差した。思わず彼は、子どもに向けて手を差し伸べてしまう。
だが、子どもはそんなオルディンに全く構わず、にっこりと笑って言った。
「あれ」
「あれ?」
釣られて小さな指の差す先に目をやっても、彼には何も見えない。
「何なんだよ?」
眉をひそめた彼に、子どもは得意げな顔で続ける。
「とりのあかちゃんがおっこちてた」
その言葉にさらに目を凝らすと――確かに、あった。枝の先、かなり細くなったところに、鳥の巣が。
ちょっと待て。
あそこまで行ったのか? 枝が折れていたらどうするつもりだったんだ?
いや、そもそも、雛が落ちていたってことは、それをあんな所にある巣まで持って行ったということか?
片手であそこまで行ったのか?
落ちるだろう。
普通、落ちるだろう。
そんな考えが混乱したオルディンの頭の中をぐるぐると周り、次いで、地面に叩き付けられピクリとも動かない赤毛の子どもの姿が浮かび上がってくる。
途端に、心臓がバクバクと激しく打ち始めた。
なんだ、これは?
どんなに難しい任務でも、どんな窮地に陥っても、こんなふうに嫌な感じで掌がじめついたことはない。
「オル! いくよ!」
無意識のうちに額の汗を拭うオルディンに、投げられた、軽やかな声。
反射的にそちらを見上げた彼の目に飛び込んできたのは、ひょいと身を乗り出してきた子どもの姿だった。
「ちょ、お前!」
とっさに手を伸ばして落ちてきたものを受け止める。
彼の腕の中にすっぽりと納まったそれは、軽く、柔らかく、そして温かかった。
子どもは、細い腕と小さい手で、オルディンの首にしがみつく。そうして、何がそんなに楽しいのか、ケラケラと笑い出す。
彼の耳に、その声は、不思議なほど心地良く響いた。腕の中の温もりに、みぞおちのあたりが奇妙な痛みを訴える。
――ああ、くそ。
胸の中で呻いて、オルディンは奥歯を噛み締める。
あと一年。
あと一年経てば、こいつと離れられるのだ。
あと一年、経てば――
まだくすくすと笑いのおさまらない小さな身体に回した彼の腕には、いつの間にか力がこもっていた。
忘れたころに、SS。
きっと、こんなこと何度もあったんでしょうねぇ。
子どもの相手は大変です。




