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ジア戦記  作者: トウリン
第二部 大いなる冬の訪れ
31/71

凶手、再び

「こんなところで何してるのっていうか、こんなところにいていいの? ミミル宰相、怒るよ?」


 間者の疑いは晴れたとはいえ、ロキスは仮にも敵対国の元兵士だ。易々と旅行などに出られるわけがない。

 ついに脱走でもしてきたのかとフリージアは眉をひそめたが、そんな彼女にロキスは肩を竦めて返す。


「その爺さんに言われたんだよ、ここに行けってな」

「宰相が……?」

 繰り返しながらオルディンに目を向けると、彼は頷いた。

「護衛代わりらしいぜ。ほら、手紙」

「だったら、他の人を送ってくるんじゃないの? 普通に、紅竜軍の誰かとか」


 オルディンがヒョイと手渡してきた紙を受け取り目を通すと、確かにミミルの文字で「護衛の為に赴かせた」と書かれている。


「まあ、あの爺さんにも思うところがあるんだろう。陸路を行くと聞かされて、不安になったんじゃないのか?」

「大丈夫なのに……」


 オルディンの台詞に、フリージアは唇を尖らせた。と、話題の渦中の人であるロキスがフリージアの背後に目を留める。


「で、何かちっちぇえのが余分みてぇだけど、それは何だ?」

 振り返らずとも、彼が指しているものが何なのかは考えるまでもなくすぐに思い浮かんだ。


「ああ、エルフィアのソルだよ。この子を連れてくんで、帰りは馬になったんだ。」

「エルフィア? そっちの混ざりもんじゃなくて?」

 眉を上げたロキスに、フリージアはカチンとくる。


『混ざりもの』の意味が解からなかった時も何だか気分が悪くなる呼称だったが、意味が解かってしまった今では非常に不快極まりない。


「その言い方、止めてくれる?」

「あ?」

「その、混ざりものって呼び方。エイルとかラタとか、ちゃんと名前で呼んでよ」


 膨れっ面のフリージアに言われ、ロキスは「ああ」という顔になる。彼も、特に何か考えて口にしている言葉ではなかったようだ。多分、そう呼んでしまうのは、長年の習性のようなものなのだろう。


「すまねぇな。エイル、エイルな。で、そのちんまいのは本物のエルフィア?」

 まじまじと見つめるロキスに、今度はソルが鼻の頭にしわを寄せる。


「ロキスって言ったかしら? そんなふうに不躾に見ないでもらえる?」

「なんだよ、ガキがいっちょ前の口きくなぁ」

 怒ったわけではなく、むしろ面白そうにロキスが言うと、ソルの頬は益々膨らんだ。


「ちょっと、ロキス――あたしも人のことは言えないんだけど、ソルは五十歳なんだよ?」

「は? そんなババァなのか?」

 思わず、といったようにロキスがそう口走った直後、彼の目の前でパチンと火花が散る。

「うわっ!?」

 とっさに飛びのいたロキスだったが、火花は一瞬にして消え失せていた。


「なんだ、今の?」

「ソルは火を使えるんだよ」

 キョロキョロと周囲を見回すロキスに、フリージアは笑いながら答えてやる。

「火か……エルフィアってのは、色んな力を持ってんだな……」


 十六年前にニダベリル国内の殆どのエルフィアはグランゲルドへ亡命してしまったから、ロキスは純粋なエルフィアを見たことがないか――見たことがあったとしてもその数はごくわずかな筈だ。恐らく彼の言う『エルフィア』は『エルヴン』のことなのだろう。エルヴンの持つ力はエルフィアのものと少し違うが、いずれにしても特異な力であることには違いがない。

 説明するのも面倒で、フリージアは敢えて何も言わずにおいた。呆気に取られている彼をニヤニヤしながら眺めていた彼女に、オルディンが呆れたような声をかけてくる。


「おい、そろそろ行くぞ。日が暮れる」

「あ、うん。行こう、エイル、ソル」

 右手でエイル、左手でソルと手をつなぎ、フリージアはロキスの横を通り抜けた。


   *


 オルディンが今夜の寝床として見つけてきたのは、いつものように、村長が管理している村の納屋だった。村の外れにポツンと佇むその納屋は村の行事に用いる道具の数々を仕舞ってあるらしい。使い道の判らない物もちらほら見える。

 当然のことながら、暖を取る為に火などを焚くわけにはいかない。ぜいぜい、灯かりにしている燭台程度だ。秋の夜長は深々と冷え込むが、床には厚く藁が敷き詰められ、毛布も十分すぎるほど用意してくれていた。


「何だよ、雑魚寝かよ」


 納屋に入るなり舌打ち混じりでそう言ったのは、軍隊上がりで質素な生活に慣れている筈のロキスだ。

 フリージアがエイルとソルの為に寝床を整えてやりながら言う。


「オルディンと二人で旅してた時は、たいていこんな感じか野宿だったよ」

「二人で旅してた時? 一国の将軍様が旅暮らし?」

「まあ、色々あったの。ほら、エイル、ソル、準備できたよ」

 ロキスの台詞をサラリと流したフリージアが子ども二人を手招きした。

「ほら、寝て寝て。明日は早いよ」

 と、まるで母親のような口調だが、実は三人の中では断トツで年若なのだ。


 片手でつまみ上げられるほどに小さかった少女が甲斐甲斐しく子どもの世話を焼いている姿を見ると、オルディンは妙な感慨を覚える。


 ――もしかして、これが娘の成長を見る父親の心境というものなのだろうか。


 そんなふうに思いつつ壁に寄りかかって三人を眺めていたオルディンに、ロキスが声をかけてきた。


「なあ? おたくと将軍って、どんな関係な訳?」

「あ?」

「おたくは兵隊ってわけじゃないんだろ? グランゲルド軍の訓練を見たけど、剣捌きとか、なんか違うよな」

「……」

「将軍への態度も、上官と兵士には見えねぇしな」


 短い付き合いだというのに、意外に良く見ている。

 オルディンは『ただの血気盛んな命知らずのバカ』というロキスに対する認識を、少々変えた。


「まあ、家族みたいなもんだよ」

「家族ぅ?」

「ああ。お前もさっさと寝ろよ」


 ロキスに細かいことを説明する義理はない。オルディンはそう言いおいて、自分の寝床へと向かった。


 彼は、フリージアたち三人よりも入口側に横になる。その位置であれば、侵入者があった時に真っ先に対峙できるからだ。

 だが、いざ横になっても、オルディンにはなかなか眠気が訪れてくれなかった。


 理由は判っている。

 気にかかっているのはロキスのことだ――いや、彼自身がというわけではない。心に引っかかっているのは、彼がここに送り込まれたということだった。


 無断で帰城を遅らせるわけにはいかなかったから、ラタを伝令に出したことは間違いではない。だが、それによりフリージアの居場所を知らしめてしまったことは、気に入らなかった。


 この事を伝えられたのは、城の中でもごく一部の者だけだろう。皆、信頼に足る人物ばかりの筈で、危険はない。


 ――その筈なのに、オルディンの胸は騒ぐ。


 何故、ミミルはロキスを選んだのだろう。


 フリージアが指摘した通り、正規の護衛として送り込むのならば紅竜軍の誰かで良かった筈だ。あの宰相がロキスを選んだということは、何を意味しているのか。

 ゲルダの死が彼の良く知る毒によるものだと聞かされた時から、オルディンには不安が付きまとっていた。どうしても、嫌な予感が拭い去れないのだ。


 オルディンがまんじりともせずいるうちに、夜は更けていく。納屋の中の空気を乱すのは、各々が立てる寝息だけ。

 少しでも頭と身体を休めようと、オルディンは目を閉じる。だが気は休まらず、意識は研ぎ澄まされるばかりだった。


 皆の寝息だけが微かに空気を揺らす中で、時間は、ゆっくりと流れていく。


 それが起きたのは、夜明けまであともう少し、一番闇が深くなる頃だった。


 オルディンはチクリと肌を刺すような何かを感じて目を開ける。


 ――来た。


 寝ている間に急襲するのは、確かに基本的かつ有効な手段だ。だが、目新しい手法ではない。


「ジア、ロキス」


 オルディンは二人に低い声をかけながら起き上がる。どちらも反応は素早く、闇の中で身体を起こす気配が伝わってきた。


「お客さんだ。俺とロキスでおもてなしするぞ。ジアはここで二人を護ってろ」


 ここは言葉の使い様で、中で隠れていろと言えば絶対に従わないだろうが、子ども二人を護れと言えば否とは返すまい。

 案の定、フリージアはすぐに頷いた。


「わかった。二人とも、あっちの隅に行こう」


 フリージアは言いながら、未だ寝ぼけ眼の子どもたちを納屋の奥へと急き立てる。それを横目で見送って、オルディンはロキスへと声をかけた。


「行くぞ」


 幸いにして納屋の出入り口は一つだけで、そこさえ護れば賊をフリージアに近付けずに済む。それも見越してこの納屋を借りたのだが、正解だった。


 ロキスに目配せをして、納屋の扉を開ける。


 攻撃は、なかった。


 先にオルディン、続いてロキスが外に出る。


 納屋の前には四人の男達がいた。以前と同じ黒衣に身を包んでいるが、頭数はその時よりも少ない。だが、足さばき、重心の掛け方、そして彼らの放つ気から、腕前は段違いであることが容易に察せられた。


「こりゃ、楽しそうだな」


 オルディンの隣で、強がりではなく本心から愉しそうに、ロキスがそう呟く。この男がニダベリル軍を出奔した理由が理由だから至極もっともな反応ではあるが、その緊迫感の無さに彼はこっそりとため息をついた。

 恐らく敵は二対二に分かれてくるだろう。思考過程に少々難があってもロキスの腕は確かだ。オルディンの腕には及ばないまでも、充分に背中を預けられる。


「このまま帰ってもらうわけには、いかないよな?」


 冗談めかしてオルディンが放った言葉と共に、四人の男が剣を抜く。殺気はない。本当に殺す気がないわけではなく、それを気取らせないほどの腕前なのだと判断するのが妥当なところに違いない。


「納屋の中に入れるなよ?」

「判ってるって」


 オルディンの念押しにロキスは頷き、剣を抜き放った。月光に白刃が煌めく。

 互いの剣が邪魔にならないように、互いに数歩横に動いた。その間も、四人の刺客に目を据えたまま。


 先に一歩を踏み出したのはオルディンたちの方だった。


 目配せ一つすることなく、ロキスとほぼ同時に地面を蹴る。

 オルディンが左端の男目がけて振り下ろした刃は後ろに跳んでかわされる。すかさず距離を詰めた彼に、横からもう一人の男が切りつけてきた。翻した大剣でそれを受け止め男の腹を蹴りつける。


 が、手ごたえが弱い。

 オルディンの脚が触れるか否かというところで横に跳ばれたのだ。即座に足を戻して次の攻撃に備えた彼に、第二刃が襲い掛かった。


 闇に響き渡る鋼と鋼のぶつかり合う音。

 左右から絶え間なく繰り出される切っ先を剣で受け、身体を逸らしてかわすオルディンだったが、ふと、眉をひそめた。


 彼らの剣捌きは鋭い。鋭いが――おかしい。

 間断なく攻撃を仕掛けてくるくせに、決定打が来ない。オルディンが知る限りでは、彼らは自分の身の安全よりも任務遂行を重要視する。少なくとも、彼がいた頃のあの組織はそうだった。


 自らの肉を切らせて相手の命を奪う。

 それが定石の筈なのに、今一つ踏み込んでこようとしない。まるで、己の身が傷付くことを恐れているかのように。


 ――時間稼ぎ。


 その言葉が脳裏をよぎった瞬間、オルディンは渾身の力で男二人を薙ぎ倒していた。

 彼が納屋の方を振り返るのと同時に響く、ヒュイッと短い口笛の音。


 オルディンの胸中は嫌な予感で埋め尽くされる。

 対峙していた男たちの動きを確認することなく、身を翻して納屋へと走り出していた。


「ジア!」

 音を立てて扉を開け放ち、その中へと飛び込む。忙しなく中を見回し、求める姿を探す。

「オル?」

 耳慣れた声。


 ――無事だ。


 思わず、安堵の息がオルディンの口から漏れる。強張った身体から力を抜いて、声がした方へと首を巡らせる。

 そこでオルディンが目にしたのは、隅にしゃがみこんでいるエイルとソル――そして二人の前に立ち、目を丸くして彼に振り返ったフリージアだった。


 オルディンはそちらに歩み寄りかけ、見えてきたものに数歩で足が止まった。彼の全身から、一気に血の気が引く。


「ジア……その腕は……」


 フリージアを凝視し、彼は立ち尽くす。彼女の左腕――服が裂け、微かに血がにじんだその腕を、オルディンは信じがたい思いで見つめていた。


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