一話 夢へともう一度
苦しい、ここまで相手の攻撃は足元に集中し、血がタラタラと出て止まらなく、一歩踏み出すだけでも苦痛でしかなかった。
体力ゲージ《HP》は半分を切り、ピンチを示す黄色いゲージに変色していた。
スキルはHPのせいで制限がかかり、大技などもう使えない。
「ああぁぁああ!!」
「つっ!?」
相手の叫びに驚き怯える。 気づいたときにはもう遅く、状態異常には死亡猶予六十秒にプラスし、拘束となってしまった。 アイテムポーチを探るが回復アイテムは一つもない。
相手――ラストボスの長身の女性、affectionate venus|《慈しみの女神》が十メートル先から一気に距離を縮めてくる。 ボスフロアの灰色の空間が、女神に呼応するように振動。 それと同時に女神の手には白銀に輝く細剣が。
「武器変換……!弓矢」
心の中で女神がわたしの元まで来る時間を計る。
八、七、六、五――まだいける、そう考えギリギリまで弦を引く。
「付与しなさい……風と水の祈りを」
スキルはバインドされてしまえば一つも使えない。 バインドの効果時間は女神が残り十センチになるまでとけない。
ならばとスキルを無理やり弓に付けて放つ。 風で軌道調整、水を矢に高速で纏わせる。
「放つ……!」
パンッと音を出しながら放たれた矢は女神の左肩に中りえぐれる。
それと同時に女神は叫び声を上げながら転がる。
「残り……三十!」
自分の右上に表示された、生き残れる時間が無常にもピッと機会音を出しながら減っていく。
装備は最強じゃない、レベルはカンストなんてしていない、スキルだってまともに使えない、途中のMOB《雑魚敵》に全て回復アイテムを使い切ってしまった。状況的に見て諦めるのが普通のはずだ。
でも私は諦めない、諦めたら、大切な仲間で私の最も守らなければならなかった人たちに、殴られてしまうから。
首につけたネックレス、その先には婚約指輪。握り締めてから女神が居る方向へと進む。
「残り二十五」
弓から剣へと装備を代える。それと同時に走る。
「はあああああぁぁぁぁああああ!!」
女神は右利き、HPは中間地点を切っている。これを意味することは――強化
女神がいた所から一瞬で消え私の剣が空振りをする。
それを見逃す敵ではない、腿に激痛。急いで振り向き女神に一撃を喰らわせる。
ラストボス、女神は防御力が一切無い。だがそれを補うだけの敏捷、攻撃力がある。それに加え装備しているのが全てこのゲームの最上級の装備。
「残り十五!」
とやかく言ってはいられないので、MPを全て使い、女神に向かい数多の鋭い氷の刃を出現させる。
放ったと同時に上から押し付けられる感覚。女神が重力操作でも行ったのだろう、それでも重くなった足取りでも一歩一歩着実に歩く。
魔法を放った事で辺りに砂煙が舞う。ピッピッと無常な音がまだ響く。
「これで――最期」
ここまでかかった時間は六時間。女神の残りHPは一。私に残された時間は一で止まる。
「意外と、楽しかったよ。なんてね」
ザクリと音を立て剣が女神の腹部に刺さる。
ビーー!とサイレンのような音がけたたましく鳴り響く。 デスゲーム終了の合図。
「ああ、まだやることが、あるから、いかなきゃな」
閉じ込められたプレイヤーはざっと五万は超えていた。たった一人で全員を助けるという偉業、それが今終わったが、自分には まだやるべき事がある。
急いで白い空間から抜け出し、来る途中に再出現しないように倒しつくした魔物の死体を蹴り飛ばしながらも、一点を目指して進み続ける。
◆
目的の場所へ着いたと同時に、目の前が歪む。
「ごめんね、スイ」
彼女……NPCの悲しみに満ちた声を聞きながら、私は扉を開けた玄関で膝から崩れ落ちる。
「これだけは憶えておいて、私は貴方を愛しています」
まどろみの中左手の薬指に冷たい感触。必死に顔を上げてみると、それは銀色の輪をしたものだった。
そして私は堕ちた。