彼の焦りと彼女の危機1
その日珍しく上司の執務室に呼ばれた。
その部屋に呼び出される時は大抵軍の中での機密事項のための会議がある時や何か問題を起こした時だけだ。
だが最近は国内も平和で大きな事は起こっていないし、自分はもちろん所属する隊でも何か問題を起こしたということはない。
一体何事だろうかと、些か緊張気味にドアをノックし許可を得て部屋に入ると、予想外の人物と目が合った。
「ロドリー隊長、どういうことです?何故父が此処に?」
咄嗟に出た声は自分でも少し低音だったと思う。
「可愛い息子に会いに来てはいけないのか?相変わらずつれない奴だ」
「親父…気持ち悪いからやめてくれ。それより何の用だ」
いい歳した息子に可愛いはないだろう、と思わず悪態をついて再度問う。
「レイヴン、お父上はお前に舞踏会に出てほしいそうだ。仕事のことならその日は休暇にしておいた。久々だろうから楽しんでこい」「隊長!?俺はまだ行くとは言ってないのですが…」
「お前のお父上は俺の昔の上司で侯爵様だ。断れるわけがないだろう」
まさかの決定事項に親父を睨み付けると暢気に鼻歌なんぞ歌ってやがった。
そんなわけで今回の舞踏会に参加したわけだが、わざと娘同伴の貴族にばかりやたらと話し掛ける親父を見ると、どうやら早々に婚約者を選べという魂胆が丸分かりでうんざりする。
一通り挨拶回りが終わった所で人気の少ないバルコニーへ避難した。
久しぶりに仕事で警備をするのではなく侯爵家の跡取りとして参加した舞踏会は予想していた通りあまり楽しいものではなかった
父の付き添いで貴族達に挨拶回りをすれば年頃の娘のいる貴族はここぞとばかりに縁談の話を持ち掛ける。
もちろんエリザベス以外の女など興味の欠片もないので今のところサラリと交わしてはいるが。
そんなことよりエリザベスだ。
俺は父に言われたためでもあるが彼女に会うために此処に来たのだ。
いつもならすぐに見つけられる金茶色の髪の幼馴染みは今日に限ってなかなか見つからない。
まさか今日は来ていないのか?
それは困る。仕事まで休んで来たというのに。警備をしている同僚と目が合うと何となく苦笑いしてしまう。
この日のために父がいつの間にか用意していた無駄に質の良すぎる濃紺の衣装。
いつもの黒の隊服が恋しい。
バルコニーで夜風に吹かれながらグラスを傾けていると後ろから聞き慣れた低い声が自分の名を呼んだ。
振り返ると幼い頃からの親友が琥珀色の液体の入ったグラス片手にやって来ていた。
「久しぶり…でもないな。お前が隊服じゃないってことは参加してんのか。珍しい」
「親父から言われて来てるだけだ。自分から参加しようなんておもわない」
そう言うとアルフレドは苦笑して頷いた。
「だろうな。ところで今日はエリザベス嬢と一緒じゃないのか?」
「探してたけどいないんだ。今日あいつを見たか?」
俺の問いにアルフレドはニヤリと笑って挑発するように言った。
「エリザベス嬢ならさっき着いた途端にモリス伯爵家のやつに捕まってたから助けてやったけど?
お前が本気出さないならいい加減俺が奪うぞ」
一瞬青ざめたのが自分でもわかった。
コイツならやりかねない。
涼しい顔をして気に入ったものがあれば貪欲に求める男であることは俺が一番知っているからだ。
忘れていたがエリザベスは何気にコイツのタイプだ。しかし俺の気持ちを知っていて本気で彼女に手を出すような奴ではない、と信じたい。
とにかくまた変な男に捕まらない内に彼女を見つけなければ。
焦る気持ちを抑え、談笑する人々の脇をすり抜けながら彼女を探しに歩を進めた。