貴方を思う夜
エリザベス・メアリー・ヴァルトシュバイクは貴族とは名ばかりの貧乏伯爵家の一人娘。そんな彼女には想い人がいる。
王国騎士団二番隊隊長でありトリニアス侯爵家時期当主レイヴン・トリニアス。
容姿端麗だが硬派で浮わついた噂ひとつない仕事一筋の男だ。
エリザベスはレイヴンとは幼なじみのような関係だが最近はレイヴンが仕事ばかりしているために月に二度あるお城の舞踏会でちらりと警備しているのを見るだけだ。
次の舞踏会まではあと10日ほどある。
お城の敷地内にある王都図書館に行くついでに会えれば…と期待して行っても会えたことなど一度もない。
「レイヴンに逢いたい…」
溜め息と共に出た想いも夜風に掻き消されなんとも儚い。
「リザ、夜風は身体に毒ですわ。それにもう遅い時間です。そろそろお休みになられては?」
静かに現れた女にしては長身の女性はエリザベスの侍女アイレン。優秀な侍女であり彼女の親友でもある。ゆえに二人きりのときは口調も形式的なものではなくなる。ちなみにリザとはエリザベスの愛称だ。
「アイレン、明日お城の庭園に行かない?きっとアイリスの花が見頃よ」
「リザ…アイリスはまだまだ先の季節よ。レイヴン様だったら庭園にいるくらいなら鍛練なさっていると思うわ」
アイレンの言葉を聞くとエリザベスはあからさまに大きな溜め息を吐くと再び夜空を眺めた。
わかっていても少しの可能性に賭けてみたくなるのが恋する乙女なのだろうか。
エリザベスよりも年上だが恋をしたことのないアイレンは首を傾げながら部屋を後にした。