顔という免罪符
コンビニの袋がカサカサと鳴る音は、テレビのニュースよりも騒がしかった。今、画面に映っているのは瀬戸だ。
俺の中学の同級生。
アイツは昔から、光を全部飲み込んでやる!みたいな顔をしてた。ブラックホール的な?
アイツが人を殺した理由? 知るかよ。
「加害者にも人権を」とかボードを持ったババアが映った後、瀬戸の顔がアップになる。 ネットでは「イケメンすぎる殺人鬼」とか呼ばれて、変なファンサイトまであるらしい。 俺は食べかけの肉まんの、少し冷めて固くなった皮の感触を舌で転がした。 この肉まんについている底の紙が剥がれにくい。
ただそれだけのことが、今の俺の全てだった。
法廷に満ちる沈黙は、深く、冷たい深海の泥のようだ。 瀬戸が瞬きをするたびに、その長い睫毛が繊細な羽虫の羽ばたきとなって、澱んだ空気を微かに震わせる。 彼の存在そのものが、一つの完成された詩であり、同時に血塗られた散文でもある。 白磁のような肌をなぞる光の粒子は、彼が犯した罪さえも銀色のヴェールで包み隠そうとする。 人権という名の救済。 それは、凍てついた夜に差し出される一枚の薄い絹布。 温めるにはあまりに頼りなく、拒むにはあまりに美しい、透明な呪縛。 彼はただそこに座っているだけで、世界という混沌のキャンバスに、全てを染め上げる一滴の純粋な闇を落とした。
現行の刑事訴訟法によれば、被告人の防御権は憲法34条および37条によって厳格に保障されており、これには公判廷における黙秘権の行使も含まれる。今回、検察側が提出した証拠物件14号、すなわち凶器となったナイフの指紋検出結果については、鑑定人の資質を含めた信憑性が争点となった。なお、瀬戸は公判中、自身の右側の靴下にだけある事を施していた。それは、常に親指の付け根あたりに小さな穴をあけるという事だ。
更生施設内の規律には抵触しないが、生理的には極めて異様な習慣で、彼は維持し続けていた。
俺が、あの時なぜ傍聴席から立ち上がりそうになったのか、今でも全く説明がつかない。 瀬戸が証言台で、自分の右手の爪を左手で隠すようにして、 「……あ、今日の湿度、凄いな。足が痒いや。」 と、脈絡もなく呟いたからかもしれない。 その声が、昔死んだじいさんの喉鳴りに似ていたからかもしれない。
不快だった。 でも、その不快さの正体が「怒り」なのか「羨望」なのか、それすら俺には判別できない。
結局、アイツの顔は最後まで綺麗だった。 それだけで十分だろ、もう。
はい〜、市橋達也ラブを皮肉った小説です。




