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泡沫のフォス  作者: アリスノア
ヘルレニック王国編
9/12

008:6年ぶり

 ミノトア国立学園。

 ヘルレニック王国最大の教育機関であり、貴族、要職の子息令嬢も通う貴族学校でもある。

 小中高大一貫のエスカレーター式で編入生はかなり少ない。


 特徴的なのはその学科の数である。

 普通科、情報技術科、魔道具科、電動機械科、商業科、武術科etc.

 各科に専門講師が存在し、どの科に於いても国内最高の授業を受けることができる。


 武術科には選択授業があり、騎士学と冒険学で別れるようになっている。

 人気なのは騎士学である。

 選択がある高等部ともなると現実を見るようになり、不安定な冒険者より安定した給与が見込める騎士の方が就職希望者が多くなる。中には冒険学を選択した者を夢見がちな馬鹿と見下すものまでいるくらいだ。


 魔王の脅威に曝されたのはもう500年以上昔の話。

 魔物も弱くなり、冒険譚に描かれるような強敵など数十年に一度現れるかどうか。

 

 今も点在する迷宮には強大な魔物が出現するが、もう100年単位で攻略が進んでいない状況が続いており、世界的に諦めの色が強くなっている。

 故に、冒険者を目指す奴は馬鹿だ。


 事実として、商人の護衛や町の近くに出現した魔物の討伐などで冒険者もくいっぱぐれるということはあまりない。ただ、その給与は王都勤めの騎士などとは比べるべくもなく薄給だ。

 その現実に辟易し冒険者を引退する者、犯罪に手を染める者も少なくはない。


 ただ、そんな現実の中でも冒険者を志す者がいなくなることはない。

 理由は様々。


「ふぁ…」


 早朝。学生寮で目を覚ましたこの青年もその一人である。

 青年は伸びをすると、黒いルームウェアから運動用のジャージへと着替える。

 睡眠が充分じゃないのか、目付きは鋭く、蒼白の肌に薄く隈があるのが分かる。


 軽くパンと牛乳をつまむと、まだ日の出直後の薄暗い中で青年は日課のトレーニングへと繰り出した。

 広大な学内をぐるりと一周し、人目に付きにくい建物裏のスペースで筋トレ。その後素振りの為に敢えて鈍重に造られた剣で型を確認する。


 一時間程の素振りを終え、青年は瞑想を始めた。

 正確に動く自分の肉体をイメージし、脳内で剣を振る。

 絶え間なく襲い来る攻撃を避け、弾き、受け流し、敵へ接近する。

 そのまま剣を振り抜き、首を斬り落とす。


 一通りイメージトレーニングを終えると、青年は魔導箱から漆黒の箱とシンプルな片手剣を取り出した。

 そのまま剣で箱を斬り裂く。


 しかし、斬ったはずの箱は何もなかったかのように地面に落ちている。

 そして、青年はただでさえ蒼い顔を更に蒼くし、汗をダラダラと垂らして尋常ではない様子だ。


 青年は再び瞑想を始めた。

 今度はイメージトレーニングというより、心を落ち着けてリセットをする為に。


 その後5回箱を斬り、その朝のトレーニングは終了した。

 高等部1年生の彼は一度自室でシャワーを浴び、教室へと向かうのであった。




+-------------------+




「おいクソロボット」


 ホームルームを行う教室の前。

 金髪に碧眼。気性は荒らそうだが整った顔の美丈夫の青年の後ろには、黒髪に眼鏡でかっちりと制服を着た男と、水色の髪を前下がりショートに切り揃え制服を着崩した女が付いてきている。


「相も変わらず辛気臭ぇ顔しやがって。

 テメェ、今日の武術の授業でボロ雑巾にしてやるから俺と組めや」


「ネレウス、毎回そう言って絡んでかれこれ15戦15敗じゃないか」


「うるせぇわモブ顔!

 今日は勝つんだよ!」


 黒い髪の真面目そうな青年が横から戦績を言うと、ネレウスが暴言をぶつける。


「いいよ」


 白い髪に青白い肌の幽鬼のような青年は一言そう返すと、教室へと入っていった。


「…チッ。張り合い無ェ」


「勝ててないのに?」


「うるせぇって!!クソ、魔術込みならまだ分かんねぇのによ!!」


 水色髪の女がからかうと、ネレウスが頭を掻いた。


「勝てるとは言わないんだ」


「…今のアイツの実力が分からねぇ」


「決闘でも申し込めば?」


「やだよ」


 そう言うと、ネレウスは武術科の教室へと向かう。

 その背中に黒髪の男が問う。


「どうしてだ?」


「言い訳できなくなっちまうだろ」


「あっはっはっは!!!みみっちぃー!!!!」


 水色髪の女がやかましく騒ぎ、黒髪の男が馬鹿真面目に返し、金髪の男が鬱陶しそうに先頭を歩く。

 この1ヵ月で見慣れた光景だった。




+-------------------+



「今日の授業は模擬戦だ」


「ぶふぉっ」


 武術学科専用の教練場。

 生徒の集団のどこかで金髪の男子がビクリとし、女子生徒が吹き出した。


 話しているのは武術学科A組担任のプラトン・パーパスだ。

 193cmの高身長に鍛え抜かれた肉体。目元に古傷があり、かなり威圧感のある風貌をしている。

 元金級冒険者であり、現在は騎士爵を得ている列記とした貴族である。


「はいそこ静かに。

 高等部になって1ヵ月は剣、槍、拳、槌、魔術と得意なものを見せてもらった。

 今日からは使える技能を全て使った戦闘の訓練を行う。

 

 各々事前にスキルや技能情報を提出しただろ?」


 入学式の際にアンケート用紙が配られており、生徒は全員自身のスキルと使用魔術の情報を提出済みである。


「お前らが持っているスキルをどう扱うかを見たい。

 今日は養護教諭のクロエ先生に控えてもらってるから、死なない程度に全力で戦え!ハッハッハ!」


 プラトンのあまりに豪快な言葉に、生徒側からはうわぁ…だとかあれが…教師…?ここは…軍の教練場…?という呟きが聞こえてくる。

 少し後ろでは薄緑のウェーブがかった長髪をポニーテールにした美人な養護教諭、クロエ・ラプティスがにこやかに手を振っている。


 騎士や冒険者になる以上、痛みにはある程度慣れなければならない。

 怪我を恐れて中途半端な動きをすれば却って危険にさらされることもあるし、高等部3年間での成長率もガタ落ちする。

 これはそのための訓練でもあるのだ。


「今回はできるだけ実戦に近い条件で戦闘を行ってもらう。

 対戦相手は俺が事前に決めてきた。

 実戦で相手の情報を最初から知ってることなんて無いからな。」


 ネレウス、後ろ手にガッツポーズ。


「では、対戦相手を発表する」


 そう言うと、プラトンは校庭に据えられた魔導黒板に対戦表を表示していく。


 生徒たちは対戦表を確認すると、すぐに戦闘がある者は準備を開始し、しばらく時間がある者は遠巻きに対戦を観戦するために円形にならんでくつろぎ始めた。

 その中には白髪の青年や水色髪の女子生徒がいる。


 最初の試合はネレウス対茶髪のパッとしない男子生徒だ。

 見た目はパッとしないが、中等部剣術の最終成績はネレウスに次いで2位だった男である。


「今日こそ勝たせてもらう」


「…?誰だお前」


「記憶にない!?そんなぁ…アーテルだよ…」


「互いに礼!」


 プラトンが審判を務める。

 アーテルは非常にがっくりとした様子、ネレウスは不遜な態度で互いに木剣を腰に佩き礼をする。ネレウスは長めの木剣を1本、アーテルは短い木剣を2本だ。


「始めッ!」


「【翼援】【夜の暗ぐぉ!?」


 アーテルが合図と同時に簡易詠唱で魔術を使用し始めたのに対し、ネレウスは最速で詰め寄り剣を振り下ろした。

 決して目を離していた訳ではないが、『全部あり』であれば魔術で下準備をしてから斬り合いになると踏んでいたアーテルは咄嗟に双剣でガードしたものの、上体は仰け反りバランスを崩してしまう。


「【招来・ポリュドラ】」


 ネレウスの呼び掛けに応じ、精霊が顕現する。

 現れしは水の蝶が3匹。


「なんでも使っていいってだけで、全部使わなきゃいけないわけじゃねぇだろ」


 体勢を崩したアーテルに、剣と魔法が殺到する。

 ネレウスは振り下ろした剣を切り替えしそのまま下段から斬り上げ、背後からポリュドラが水の魔法を放つ。


 下段の剣を弾こうと双剣で受けるも腰の入った斬撃に剣を跳ね上げられ、無防備になったアーテルは精霊の魔法をもろに喰らって気絶した。


「そこまで!勝者ネレウス!」


「担架持ってきて~」


 養護教諭のクロエが手伝いの生徒に指示を出し、教練場の隅に用意された治療スペースへと誘導する。


「【回光】」


 クロエがアーテルに手をかざしそう唱えると、緑色の魔力が傷付いた身体に浸透する。

 苦悶の表情が和らぎ、目を覚ます。


「あっ!?あぁ…また負けたのか…ぐっ…」


「もうしばらく寝てていいわよ。

 回復痛が和らいだら戻りなさい」


「ありがとうございます。

 あの、鎮痛魔術とかって…」


「甘えないの。慣れなさい?」


「はい…」


「指摘は後だ!次!」


 アーテルの容態を確認し、プラトンが授業を進める。

 その後も模擬戦は続き、黒板に張られた対戦表の最後。


「うちの相手、君かぁ。

 やだなぁ!」


「…」


 相対するは水色髪の女子生徒と白髪の男子生徒。


「なんだかんだ話すの初めてだよね?

 うちエイレーネ!フォシエルくんだよね!

 いっつもネスに絡まれて大変だね~!

 幼馴染なんだっけ?昔からあんなに口悪かったの?

 てか何回か剣術の試合見たけどめっちゃ強くない!?

 何でもありでも勝てる気しないんだけど!」


「うるせぇぞエイレーネ!

 喋り過ぎだ!とっとと構えろ!」


「えぇ~プラセンきびし~」


 白髪、もといフォシエルは思った。

 ――コイツめっちゃ喋るなぁ、と。


「互いに礼!」


 フォシエルとエイレーネが礼をし、木製の武器を構える。

 フォシエルは片手剣、エイレーネは槍だ。


「てかフォシエルくんって長くない?

 あだ名付けようよ、例えばさ、


 フォスとか」


 それは単純に、ネレウスをネスと呼ぶ彼女が気まぐれに2人をセットで呼ぶために思いついただけのあだ名だった。


 エイレーネは後悔した。

 解ってしまったのだ。

 自分が地雷を踏んだことに。


「始め!」


 開始の合図と共にエイレーネに向けられたのは、まるでそれ自体に質量があるかのような鈍重で濃密な殺意。


「【氷のっごふッ!?」


 詠唱が止まる。喉を潰されたからだ。

 エイレーネは全く反応こそできなかったものの、見えていた。


 フォシエルの左手の指輪が瞬き程の速さで拳銃へ変化し、腕を振り上げる動作のまま弾丸が放たれた。

 その所作はあまりに自然且つ滑らかであり、ともすれば腕を振っただけにすら見える。

 何をされたか理解できただけエイレーネは優秀である。


 なんせ発砲音も無く、発射された弾丸は水魔術で造られている為半透明。

 事前に非殺傷の威力に調整されているが、速度は銃弾そのもの。


 手元をきちんと見ていなければ何も解らない、初見殺しも甚だしい攻撃である。


「けほッ…ぅ…」


 魔術の発動に、詠唱は必須ではない。

 魔力の流れや術式がきっちりとイメージできれば発動はできる。


 しかし、うら若き15才のエイレーネにはまだそんな芸当はできなかった。

 それでも、待ったが掛からない限りは戦わなければならない。


 エイレーネは覚悟を決め、槍を構えようとした。


「うっ!?」


 ()()を撃ち抜かれ、槍を取り落としてしまった。


 続いて両肩、鳩尾を撃たれエイレーネは吐いた。


 フォシエルは射撃と共に距離を詰め、うずくまろうとするエイレーネの額を銃のグリップでかち上げ天を向かせる。

 そのまま後ろに倒れるエイレーネの腹を木剣で殴り背中を地面に叩き付け、腹を足で踏み銃口を突き付ける。


 背中と後頭部を強打したエイレーネは既に気絶している。

 かひゅ、かひゅと呼吸をしながら非常に苦しそうだ。


 フォシエルはほの暗い影の落ちた瞳で、ゆっくりと脳天目掛けて引き金を引く指に力を籠める。


「迷うならやめろや似合わねぇ」


 声と共にフォシエルに長剣が迫る。

 咄嗟に木剣で受けるも、振るわれたのは鉄の剣。

 木剣の半ばまで食い込み、受けられないと判断したフォシエルは木剣を捨てて後退する。


「担架っ!」


 クロエが怒鳴り、エイレーネを運ばせる。


「槍を落とした時点で勝負はついてた。

 なんでやめなかった?」


 木剣を斬り捨てたネレウスが問う。


「素手でも殴りかかってくるかもしれない」


「フォスって呼ばれてイラついたんだろ?なぁ?」


 プラトンは大剣を片手に様子を見ている。

 フォシエルがエイレーネを踏み付けた時点で止めに入る構えをしたのだが、ネレウスがいち早く動き出したのを見て様子見に切り替えたのだ。

 二人の関係性を見るために。


「センセェ、授業時間まだあるよな?

 もう一戦やらせてくれや」


「真剣でやるつもりか?」


「死ななきゃいいんだろ?優秀な養護教諭もいるしなァ」


「はぁ…こっちの判断で止めるからな。

 お前らの間で何があるのか知らんが、程々にしろよ」


「理解のあるセンセェが担任で嬉しいっすわ」


「やかましいわ」


 真剣での模擬戦の許可を取り、ネレウスはフォシエルに向き合う。

 フォシエルは魔導箱からシンプルな片手剣を取り出している。


「じゃ、初勝利貰うわ」


「君が僕に勝てるわけないだろ。

 戦績覚えてる?」


「6年ぶりだからなァ。

 具体的な数字なんて忘れたわ」


「僕も、僕の全勝ってことしか覚えてないや。

 でもここで君の負けが1増えるよ」


「テメェ…」


 ネレウスがフォシエルに切先を据える。


「死なない程度に殺してやるよ」

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