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泡沫のフォス  作者: アリスノア
0章:少年期
8/12

007:約束

 エリオプロス家の3人を見送った後、各々就寝の準備に入る。

 そして全員が寝静まったであろう深夜1時。フォシエルは部屋で魔導箱を触っていた。


「さてと…」


 魔導箱から漆黒の箱とガラス細工の宝剣を取り出す。

 改めて見ても箱は不気味だし、宝剣アシェルは美しい。

 箱に関しては謎の邪悪なオーラが漏れ出している。


「一応、勇者から貰ったものだし安全…なのかな…?」


 試しに箱の上面を指で突っついてみる。特に何も反応がない。

 ハイネが言っていたように剣で斬らないと起動しないのだろう。


「うわぁ…本当に綺麗だ」


 宝剣アシェルを手に取る。

 冒険譚によると、この剣は灰かぶりの龍(アシェンプテル)の脊椎から造られたらしい。

 魔鉄も最高ランクのものを使い、北方にある妖精の国で世界樹の枝を核に打たれた。

 柄が透明なガラス、これも脊椎の一部だろう。それを巻くようにガラスで茨の意匠が施されている。握ると手を守るようになる形だ。


 フォシエルは一つ深呼吸し、柄を握り力を籠める。すると、剣全体から灰色の魔力が立ち昇る。

 その魔力は龍のようにとぐろを巻き、剣を握る腕に喰らい付く。咬まれた場所がガラスに変質し、広がっていく。

 それに対抗するように全力で魔力を流すと白い光が灰色を押し込み、変質した腕も戻っていく。

 鞘の中まで押し返したが、未だ強い抵抗を感じる。


 これは調伏の儀だ。


 この描写は冒険譚にもあった。

 特殊な素材を用いて造られたこの宝剣アシェルには龍の意思が宿っている。

 それを膨大な魔力を以って組み伏せるのだ。ハイネがフォシエルにこの剣を託したのも、フォシエルの魔力量なら問題ないと判断したからである。


「で、できた…?」


 1時間以上魔力を流し続け、ようやく抵抗が無くなった。


「一応…」


 その後30分、更に魔力を流した。

 記しておくが、完全にオーバーキルである。龍の意思さん死にかけである。


「おぉ…!」


 鞘から剣を抜くと、ガラスの剣身が顕わになる。

 その剣身はあまりに美しく、フォシエルは息をのんだ。


 振ってみると見た目より重みがあり、細剣ながら威力のある斬り付けができそうな力強さがあった。

 試しに森で拾った枝を両断すると、斬った部分から瞬く間に結晶化していき、すぐに全体がガラスに変質した。


 これがアシェルの能力。

 斬った部位を脆いガラスに変質させる。込めた魔力の量で変質の強さと範囲が決まる。

 生物に使用した場合、魔力で対抗されると打ち消されレジストされる。

 相対的に使用者より魔力量の少ない相手には非常に強力な能力であり、フォシエルにとって相性のいい能力と言える。


 「あとはこれかぁ…」


 正直、1時間半も魔力を垂れ流しにしたせいでかなりへとへとである。今すぐベッドにダイブし熟睡したい。

 しかし、この箱に何が入っているのか非常に気になる。

 結局フォシエルは好奇心に負け、箱を起動してみることにした。


 左手に箱、右手にアシェルを持ち、また深呼吸をする。

 剣に関しては冒険譚に記述があったのでそこまで緊張しなかったが、この箱については全くの未知である。

 過去の勇者が自身に届けるために500年眠りに就いていた。きっと重要なものだろう。


「もっといい武器だったりして」


 そう期待しながら、箱を斬った。


 その瞬間、フォシエルは死んだ。


+-------------------+


「…はっ!?」


 自室の床でフォシエルは目を覚ます。

 時刻は進んでいない。


 床に転がる箱を見遣る。

 この箱を斬ると世界から物が消えうせ、モノクロの何もない空間が広がった。

 次の瞬間には自分の首が飛んでいた。


 気を失う前の最後の光景は空から見下ろす首の無い自分の身体だった。

 何をされたか一切分からないのに、首を通った冷たい鉄の感覚だけがやけに鮮明に残っている。


「ゆ、め?」


 現実として、自分の首はしっかりと繋がっている。

 だが、身体の上に首が乗せられているだけのような底知れない不安感が胸中を支配していた。


 臨死体験をする箱?と思ったが、勇者が態々そんなものを渡しに来るわけがない。

 なら、ともう一つの可能性に思い至り、もう一度起動することを決心した。


「……」


 恐い。いつまでも首の感覚が消えない。

 しかし、この箱を届けてくれたハイネの心象を考えるとこのままにすることもできない。


 ふらふらと立ち上がり、剣を持つ。

 きっとまた死ぬ。


 意を決して再び箱を斬る。今度は見逃さない。


 世界から物が消え、果てしないモノクロの地平が広がる。

 その世界に2メートル以上ありそうな人影。


 否、人ではない。

 そこには恐怖が在った。


 恐らく魔鉄で造られた人型に、暗い紫でビッシリと魔術陣が描かれている。


 まず、顔がない。

 顔があるはずの場所は黒塗りにされ、不気味な漆黒のオーラが霧のように顔を隠す。

 頭上にはドス黒いヘイローが王冠のように浮かび、黒い液体を垂らしている。

 腕は3対6本。金属質な腕が軋む音を鳴らす。あまりに不快な音だ。

 全ての手に武器が握られており、鎌、槍、大槌、細剣、軍刀、銃と統一感がない。

 胸の中心には濁った紫色の結晶が嵌められており、ドクリドクリと脈動している。

 そして背中には蝙蝠の翼。


 ーーー嗚呼、無理だ。


 軍刀が振られ、黒き刃が飛来する。

 戦意を喪失したフォシエルは唐竹割りで真っ二つになり、また、死んだ。


 その日、フォシエルは初めてフテ寝した。


 


「GAAAAAAAAAAaaaaaaa!!」


 …寝たはずなのだが。


 目の前には荘厳な硝子の龍。

 この上なく美しい灰色の肢体にガラスを鎧のように纏っている。

 龍にしては少し細めの四肢で悠然と佇み、大きな翼を広げてフォシエルを凝視している。


 よく見ると全身の至る所が焼け焦げている。

 それに、美しい姿のせいで悠然と立っているように見えるが、その金色の龍眼は瞳孔がヤバいぐらい開いていて非常にブチギレていることがよく分かる。


 さてここで問題!

 Q.調伏の時、フォシエルは何をしましたか?


 A.無抵抗になった宝剣に30分も大量に魔力を流し込みました。

 

「あの、ゆるしてもらえたりとかって」


 ゆっくりと右前足を上げる灰かぶりの龍(アシェンプテル)

 そのまま仲直りのお手(テメェふざけんなよ)によってフォシエルは圧死した。


 翌日、少し遅めの時間に起床したフォシエルは泣いた。めそめそ泣いた。




+-------------------+



 再び夜。

 昨日見た化け物について考えていた。

 一体なんだったのか。そこも大事だが、何より確かなこと。


 アレ、倒せってことですよね。


 ハイネはあの箱をフォシエルに渡すことが使命だと言っていた。

 つまり、あの化け物をどうにかしろと。


 姿を思い返す。

 鎌、槍、大槌、細剣、軍刀、銃。


 細剣には見覚えがあった。というか、自分が手に持っているものと全く同じだった。

 となると、鎌と槍と大槌は知っている。

 かつての勇者たちの武器だ。


(軍刀と銃はなんだ?

 そんな人物居たっけな…)


 あの鉄の魔導人形は、過去の英雄の力を混ぜて造られた可能性が高い。

 そう思い至って、改めて絶望する。


(無理です勇者さま)


 ただ、この箱が必ず必要になるというハイネの言葉が引っかかっていた。

 あの魔導人形を倒せる程強くならなければいけないのだろうか。

 だとすると酷い話である。


 それほどの敵と戦う運命が、自分にはある。


 それがいつなのか、どこでなのかも一切分からない。ただ、きっとそれは避けられない。

 怯えながら生きていかなければならない。


(でも、避けられないなら)


 この世界に生まれて3年。

 フォシエルにはかけがえのないものができた。


 自分が居なくなれば、なんて考えが過ぎったが、もしかしたらこの家が巻き込まれることが前提の大きな災いかもしれない。

 その時守れるはずの自分が居ないせいで皆が死んだりしたら目も当てられない。必ず後悔する。


 強くなろう。皆を守れるぐらい強く。

 そう決心した。


 そして宝剣についてである。


(冒険譚にはあんなの書いて無かったんだけどなぁ)


 夢の中に現れ、踏みつぶされた。

 魔力を注ぎ過ぎた仕返しの可能性も大いにあるが、もしあれが剣の主となるために必要なことならば。


「うっ……うっ……」


 フォシエルはまた泣いた。

 倒さなければならない相手が悪すぎる。


 かたや勇者武器の権化。

 かたや伝承のドラゴン。


 倒すまでに何度死ぬことになるのか全く分からない。

 勝てる気がしない。先に心が折れるかもしれない。

 

 首を切り落とされた。唐竹割りにされた。踏み潰された。

 全ての記憶が脳に刻まれている。


 頭を過ぎるだけで心が冷えていくのを感じ、無理にやらなくてもいいのでは、他にもっと簡単に強くなる方法があるのではないか。そんな甘えた考えが自分を支配していく。

 ただ一度全てをしまい込んでしまうと、二度と魔導箱から出すことが無くなってしまう予感がある。


 灰かぶりの龍(アシェンプテル)から倒そう、とフォシエルは考えた。

 もしあの六本腕の悪魔が武器だけでなくスペックまで勇者を真似ていた場合、まず無理だ。

 そもそも旅中頃のハイネが独りで討伐しているのだから、強さとしては

 六本腕>>>>龍

 ぐらいの差があるのではないか?


 別にそこに差があったとしても、

 龍>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>フォシエル

 という事実は覆らない。


 これは心の持ちようだ。

 遠い目標より近い目標の方が頑張りやすい。

 この世界で生まれた時、一番最初に学んだことだ。そうやって言語も常識も勉強してきたのだ。


 きっとできる。一歩一歩頑張ろう!

 そう心に決め、漆黒の箱とアシェルを魔導箱へと放り込んだ。


 今日もまた夢に龍が出るだろうと思いながら眠りに就いた。




 翌朝。フォシエルは昨日の悪夢が嘘のように熟睡し、すっきり爽やかな朝を迎えた。


 寝ぼけた頭で考えるも、

 一、やっぱり復讐だった。

 二、魔導箱に入れていると干渉されない。

 の、どちらかしか考えられない。


 その晩再度剣を魔導箱から取り出して手に握って寝ると龍が現れた。

 二で正解だったようだ。爪で突き刺されて死んだ。


 爪で切り裂かれて死んだ。丸呑みされて死んだ。尾で殴られて死んだ。かみ砕かれて死んだ。身体が結晶化して死んだ。熱線で焼けて死んだ。腹で潰されて死んだ。翼に叩かれて死んだ。弾かれた剣が刺さって死んだ。登った背中から転落して死んだ。ガラスに潰されて死んだ。ガラスに貫かれて死んだ。握り潰されて死んだ。







「フォス、大丈夫?」


「え?」


 2週間が経過した頃。

 偶々二人きりになったタイミングで、サラがそう切り出した。


「最近、ちょっと変よ?

 元気ないし、目がなんか怖い」


「そうかな、そんなことないよ」


「その、ね、無理してない?」


「無理?」


 無理といえば無理をしている。

 毎晩夢で巨龍に殺されている。


「なんのこと?」


「その……」


 サラは少ししどろもどろになったが、覚悟したようにフォシエルに向き合った。


「鍛冶仕事、無理してない?」


 フォシエルは少し驚きの息を漏らし、そしてどうしてそんなことを聞くのだろうと思いながら率直な回答をする。


「鍛冶、楽しいよ?」


「ほ、ほんと?」


「うん。ずっと続けたいと思うぐらい楽しい」


「そう、そうなのね」


 サラは少し考える素振りをした後、またしっかりとフォシエルに向き合う。


「わたし、フォスに謝らなきゃいけないってずっと思ってたの」


「なんで!?」


「フォスがうちに来るまではね、わたしがパパのお手伝いをしてたの。

 でも、わたしは冒険者になりたくて、だれかがわたしの代わりになってくれないかなってずっと思ってた。


 あ、フォスのことほっとけないって、弟になってほしいって思ったのは本当よ!」


 拾われた時のサラの背中を、フォシエルはよく覚えている。

 その背中の理由が何であれ、サラへの感謝をなくすことはない。


「フォス、拾われてすぐに鍛冶修行が始まったじゃない?

 だから、やらなきゃならないものだと思ってるんじゃないかって、ずっとごめんなさいって思ってて」


 サラの深緑の瞳が潤む。


 「わたし、好きなことを好きにして生きたい。

 でもフォスにもそうしてほしいの。


 フォスがやらないとダメなことなんてない。

 自由に生きてほしいの!」


 「…」


 フォシエルは唖然としていた。

 好きに生きる。自由に生きるなんて言葉、頭に浮かんだこともなかった。


 冒険者になりたいと思ったことはあるけど、なんだかんだブラハの跡を継いで鍛冶師になるということは絶対だと、そう決め込んでいた。

 正直、それでも構わない。鍛冶は好きだし、これからも続けたい。


 でも、もしどうしても他にやりたいことができた時、自分はそれを選べただろうか。

 きっと選ばず、鍛冶を続けただろう。


 それ以上に、現状に対してその言葉はあまりに刺さっていた。

 

 早く強くならなければならない。

 何度死んでも強くならなければならない。

 自分がみんなを守らなければならない。


 たった2週間で、こんなにも雁字搦めになっていた。


(こんなに根を詰めなくてもいいのかもしれない)


 ハイネもいつかあの箱が必要になると言っていた。

 なら、今すぐ強くなれというメッセージではないのだろう。

 剣を渡したのも本当に気まぐれで、使うなんて思っていなかったのかもしれない。


 急ぎ過ぎていたんだ。

 毎晩毎晩死にまくって。馬鹿らしい。


「ありがとう。でも、本当に好きでやってることだから心配しないで。

 もしやりたいことができたら、一緒に師匠を説得してくれる?」


「もちろんよ!

 お姉さんに任せなさい!」


「約束だよ?」


「約束よ!」


 サラは胸を張りながら安請け合いをする。

 あの師匠を説得するのはきっと一筋縄ではいかない。

 それでも、ひとつ返事で任されてくれたのだ。

 サラが気に病んでいたことへの贖罪など、それだけで充分。


 もっと気楽に生きよう。

 フォシエルはそう決めた。





 3年後、サラは姿を消した。

安寧なんて無い

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