006:おぼえてやがれー!
ハイネを見送った後、フォシエルはしばらく呆然としていた。
一先ず漆黒の箱と宝剣アシェルだけ魔導箱に隠し、蹲っていたのは躓いたからだと誤魔化した。ガラドは物凄い訝しんでいたが、とにかくそれで押し通した。
他の3人は一切感知できなかったようだ。
そのまま墓参りを続ける。次に森に来た時に1人でも墓参りができるように、フォシエルは手順を脳に焼き付けた。
また今度、花束を2つ用意して来るつもりだ。
「さぁ〜今度こそ帰るか」
手を合わせ終えたガラドがそう緩く言うと、皆で帰路に着いた。
既に時刻は夕方。遠くに見える海に太陽が真赤に燃えながら沈んで行くのが見える。
あぁ、こんなに近くに海があったんだな。などとフォシエルが思っていると、サラが話しかけてきた。
「フォス、大丈夫?なんか、元気ないわよ?」
そう言われ、フォシエルはできる限りの笑顔を作って答えた。
「うん、大丈夫!初めての狩りだったからちょっと疲れたのかも」
「そ、そうなのね!わたしがおぶってあげる!」
「いい!!ガラドとソフィアさんが見てるから!!」
フォシエルが首のもげそうな勢いで拒否すると、サラはムスッとしながら「そう…」と言い先に歩いていく。
そんな様子を大人2人はニヤニヤと見てなにやらアイコンタクトをしている。下世話。
「帰ったら早速今日狩った猪を食べましょうね〜。
ガラドも今日はうちで食べて行くのよ」
「えぇ…?なんだよ怖ぇな」
「帰ったら分かるわ」
グゥ…と唸るも上手い訊き方が思い浮かばず、拗ねた大の男と拗ねた小さな女の子が並んで歩き始めた。
そしてガラドからサラに話しかけ、今日の狩りの課題と成長を語る。
後ろは後ろでフォシエルからソフィアに今日の感想を求めて話し始める。
そうして家に着く頃には日が暮れているのだった。
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「あらあなた〜?遅いおかえりね〜?」
「……」
「ちょちょちょちょまてまてまてまてなんで居る!?」
時刻は18時20分。ソフィアはああ言っていたが、急いで帰れば夕飯にギリギリ間に合うかぁ。小言は貰うかもしれないけど。なんて思いながらシュミット邸に帰還したガラドが見たのは、キッチンでなにやら料理をする妻と、珍しい物が並ぶ棚を眺める息子だった。
「ふぉっふぉっふぉ。わしが呼んだんじゃ」
食卓に腰かけてお茶を啜っていたマルコスが得意げに言う。
「そろそろフォシエルくんにも友達ができた方がいいんじゃないかと思ってのう」
「いや…!それはそうかもしれねぇけど…!」
「おい」
ガラドとマルコスが話していると、棚を見ていた少年がイラついた様子で声をかけた。
母によく似た金の髪に青い瞳孔。ガラドの幼い頃はきっとこうだったのだろうと思わせるような勝ち気で生意気な顔立ちだ。
「お前がフォシエルだな。
俺と勝負しろ!」
「えっと…ネレウスくん、だよね?」
フォシエルは大きく困惑した。
ガラドの息子と聞いて友達になれるかも、なんて思っていたところに、急に勝負を挑まれたのだ。どうして、という気持ちやなにで?という疑問等が頭に浮かぶ。
「なにで勝負するの?」
そのまま聞いた。
「そんなの何でもいい!剣でも魔術でも殴り合いでも!
お前が俺より下ってことがわかるなら何でも!!」
「ネレウス、何言ってんだお前ッ!」
ガラドが叱るが、怒りよりかは戸惑いが大きいのか声を出すことしかできない。
ガラドの妻メリアは何となくこうなることを知っていたのか、止める素振りはなく申し訳なさそうな顔をしている。
マルコス、ソフィアは事情を察したのか静観している。
「何よあんた!フォスに向かって!」
「さ、サラ・シュミット…」
目を逸らすネレウス君!大人たちの生暖かい視線が刺さる刺さる。
つまりこういうことだ。
ネレウス少年は父を独り占めするサラが憎かった。しかし、同じ小学校に通って初めてサラを見た時、そんな憎しみはどこかへ行ってしまった。一目惚れしたのだ。素直になれないネレウス君はサラへちょっかいをかけ続けており、サラは軽くうんざりしている。
ただ、父に構ってもらえない鬱憤は消えず、その矛先は3年前に新しく家に来たというフォシエルに向いた。ガラドがここ最近家でフォシエルを褒めるのだ。
サラも口を開けばフォス、フォス、フォスだ。
パパを独り占めしやがって!(サラはさておき)
サラも独り占めしやがって!(とばっちり)
拗らせに拗らせた結果がこれである。
「まぁ、やらせてあげたらいいんじゃない?」
まさかのソフィアが助け舟を出す。
「え、いやでもなぁ…」
「負けるのも経験だよ」
悩むガラドにこそりと耳打ちする。
それもそうか、と思いながら渋々ガラドが間を取り持つ。
「分かった、ただ魔術は危険だから剣術での勝負だ。良いな?」
「僕の意見は?」
ネレウスは大いにやる気満々といった風に鼻を鳴らしているが、フォシエルは全く状況についていけずにずっと困惑している。
未だ人の機微に鈍感なフォシエルには何故自分がこんなに目の敵にされているのか、何故みんな穏やかな微笑みを浮かべているのかもわからない。
「サ、サラ?」
「フォス!やってしまいなさい!」
フォシエル、逃げ場なし。紋所でも取り出しそうなセリフと共にずいっと前に出されてしまう。
自室でハイネからの貰い物を確認しようとしていたのだが、そうもいかないらしい。
「…わかりましたぁ」
観念した。
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「気絶、または参ったの宣言で決着とする。互いに礼」
広い庭で対峙するのはフォシエルとネレウス。
手に持っているのは軽めの木剣だ。しかし、硬化の付与が施されているので打ち合っても傷付き消耗することはない。
間に立つのはガラド。本当に気が進まないという顔をしており、それをマルコスとサラ、そしてたった今鍛冶場から出てきたブラドが観戦している。
「俺は剣術Lv.3だ!すごいだろ!」
「僕はLv.1だ。すごいね」
フォシエルに素直に褒められ、ネレウスが微妙な顔をする。
ガラドが手を上げた。
「始めッ!」
仕掛けたのはネレウス。木剣を下段に構え突進する。
「はぁっ!」
そのまま振り上げるようにフォシエルの脇腹を狙う。
フォシエルはそれを剣の腹で受け止め、弾いた。
「ぐあっ!?」
弾かれたネレウスは腕を剣に持っていかれ、そのまま木剣を手放してしまった。
体勢を崩し膝を付く。ネレウスの目の前には困惑した顔のフォシエルが見下ろすように立っている。
「な…クソッ!」
ネレウスは木剣を持ち直し、再度斬りかかる。大上段の袈裟懸け。
フォシエルが弾く。それだけでネレウスの身体は数センチ浮き上がり、またバランスを崩して尻もちをついてしまう。
本人たちは力量差に驚いているが、大人たちは知っている。
フォシエルの筋力、B。
ネレウスの筋力、F。
そもそも勝てるわけがないのだ。剣術のレベルがどうだとか、そんなものはステータスが拮抗してようやく影響する。
魔人のステータスは生まれた時点でほとんどが決まる。本人の努力次第で成長するが、人間の成長力には遠く及ばない。
つまり、フォシエルのステータスはとうに大人の冒険者レベル。器用Sのソフィアも筋力はBだ。
それに対してネレウスくん9歳。当然ステータスなんてただの子供だ。
父に褒められたくて頑張った剣術Lv.3も、これだけのステータス差は覆しようが無い。
「なんでッなんでだよッ!」
打ち込み、弾かれる。
「なんでお前ばっかりっ」
最後にフォシエルが横薙ぎに剣を振ると、ガードが疎かになっていたネレウスの腹に直撃し、吹き飛んだ。
数メートル転がった後、ネレウスは気絶した。
「……」
気まずい。フォシエルはまだ機微には疎いが何となく場の空気を読むぐらいはできる。
なんかボコボコにしちゃったけどいいんですか……?という眼差しで周囲を見回している。
「勝負あり。フォシエルの勝利」
ガラドがそう宣言すると、サラが駆け寄ってきた。
「さっすがフォスね!!」
そう言いながらフォスの手を握りブンブン振り回す。痛い。
ガラドがネレウスにポーションを飲ませ、起き上がらせる。
「おやじ…俺……」
「上手く振れるようになったじゃねぇか」
父が子の頭をガシガシと撫でる。
「俺がお前ぐらいの歳の頃なんてな、まだ剣に振られてたもんだ。
上等だネレウス。お前は俺より強くなる」
「でも…手も足も…」
「ばっかお前アイツあんな見た目してるけどほとんど化け物だぞ!
でも、お前はまだまだこれからだ。大丈夫」
「っ〜〜」
ずっと寂しかったのだ。
最近は帰ってくるようになったが、それでも月に一度は嬉しそうに出掛けて、楽しそうにあったことを話す。
自分は父の優先順位の中では下なのではないか。そんなことを今まで何度も思った。
でも、この頭を撫でる手から伝わるのはこの上ない愛情だ。
それだけで、ネレウスには充分だった。
「おまえ!次は負けないからな!
そうだ、魔術だったら負けない!!」
「ネレウス、やめとけ。フォシエルは魔術の方が化け物だ」
ネレウス君、顔がハニワみたいになってしまう。
「ぜ、絶対いつかぼこぼこにしてやるからな!」
そう吐き捨て、未熟な少年はその場を後にした。
「…僕だって負けないし」
フォシエルの中に『なんかムカつく』という感情が生まれた瞬間だった。
その後ソフィアが夕飯の準備ができたことを伝えに来て、全員でリビングに移動した。
幸い椅子には余裕があったので、全員で机を囲んで食事ができた。
もちろん、ついさっき思い切り啖呵をきったネレウスも。
「あらら〜?コテンパンにされた青二才くんじゃな〜い」
どこでそんな言葉を覚えてくるのか、サラが座るなり煽りに煽りまくる。
「う、うるさいっ!
負けたのはソイツが魔人だからだ!大人になれば俺だって……」
「あんたが大人になる頃にはフォスだってもっと強くなってるわ!
それに、フォスは鍛冶師なんだから別に勝っても意味無いわよ」
「は!?お前冒険者になるんじゃないのか!?」
「え?うん、多分?
師匠に鍛冶教わってるし」
そう言いながらフォシエルはブラハをチラリと見る。
すると、ブラハがなにか言いたそうに口を動かす。が、声が発せられる前に横から大きな声が響く。
「ダメだ!俺が勝つまでずっと戦え!」
「いいよ」
「拒否なんてゆるさな……いいのか!?」
「うん」
「お…おう…」
フォシエルの中でネレウスに負ける自分を思い描いた時、上手く言語化できないとてつもない不快感があったのだ。
だから、ネレウスが勝つまでと言ったが決して負けてやる気は無かった。
「はいはい、夕飯ができましたよ〜」
ソフィアとメリアが料理を運ぶ。
猪肉を煮込み柔らかくしてスパイスで味付けしたものや、ピーマンの猪肉詰め。野菜と挽き肉を炒めて味付けした炒め物とピタパン。かなり豪勢だ。
「「「いただきます」」」
各々料理を食べる。熱々の料理にネレウスなどは「はふっはふっ」と頬張っている。
「この赤熱の猪はぼっちゃんが倒したんですよ〜」
「えっ!?」
無邪気に頬張っていたネレウスが驚嘆する。
「魔術でほとんど一撃だったのよ!」
「ま、マジか」
「フォスは凄いのよ!」
何故かサラの方が誇らしげである。
ネレウスは少し神妙な顔で料理をつつき始めた。
かべは…たかい…などと呟いている。
和気あいあいと晩餐は進み、エリオプロス家の3人は帰宅の時間になった。
「ネレウス」
「なっ…」
「また挑んで来てもいいけど、ずっと負けないから」
フォシエル、人生初の煽り文句である。
「お、おぼえてやがれー!」
ネレウス、人生初の負け犬の遠吠えである。
ずんずんと帰路に着くが、その口元はどことなく嬉しそうだ。
フォシエルは「ずっと」と言ったのだ。それは言外に"また来てね"という意味に他ならない。
ネレウスは学校でもかなり威張っている。剣術のレベルが高く、座学の成績もトップ。
さらに、エリオプロス家は伯爵位であり地位も高い。
子分のように付き従う者たちは居るものの、対等な友達となるとからっきしなのだ。
フォシエルにとっても初めての友達だが、ネレウスにとっても初めての友達である。
その後ネレウスは毎月のガラドの監査の際には毎回くっついて来るようになり、その度にコテンパンにされるのだった。




