004:指輪
この話から三人称の文章に変わりもうす
ごめんへら
「反対だ。」
茶髪に白髪の混ざった草臥れた風貌の男は、その灰色の瞳孔に強い否定の色を浮かべて言い放った。
部屋には3人の男と1人の女。ブラハ、ガラド、マルコス、ソフィアがリビングのテーブルで顔を突き合わせていた。
「フォシエルは未知の部分が多過ぎんだよ。
莫大な魔力量を持つのに魔術の使用不能、補助スキルの習得、極めつけはステータスカードの反映バグだ!
どう考えてもアイツはおかしい!」
ガラドの必死な説得を、マルコスは朗らかな顔で流す。
「とは言ってものう。フォシエル君はよくやっているからのう。本当に3年で必修課程を修めよった、優秀な生徒じゃ。
森に遊びに行くぐらい良いと思うがのう。」
そう、この話し合いはフォシエルが最近言った、サラとソフィアの狩りへ同行したいという希望についての会議だ。
ちなみに現状は賛成3、否定1である。
「マルコス先生、もし森で隙を見て逃げ出そうしたらどうするんですかっ!
もし逃げる気がなくとも、何かの拍子で魔力暴走を起こしたら森どころか近くの町まで被害が出かねない!」
「ぼっちゃんなら大丈夫よ~。あんなにいい子でかわいいもの。」
ソフィアがおっとりとそう言うと、ガラドはギロリと睨みを利かせる。
「姉貴と先生はフォシエルに甘すぎる。素性が一切不明で何をしでかすか分かんねぇんだぞ。
あと姉ちゃんはその猫被りキメェん「あ゛?」なんでもありません」
姉は弟に強し。ガラドとソフィアは姉弟である。
ガラドが貴族家に婿入りしている為苗字こそ違うが、騎士として取り立てられる前は姉弟で冒険者として活動していた。
ランクはソフィアが金級、ガラドが銀級。
二人が王都の学校に通っていた時の担任がマルコスだ。
「それに、ガラドだってぼっちゃんをそこそこ甘やかしてるじゃない。
様子を見に来る度にお菓子を買ってきたりして。」
「それは…前と比べて来る頻度も減ったしよ、それなら差し入れぐらい」
ガラドが少ししどろもどろに言い訳をする。
「しばらく来なかった時サラくんとフォシエルくんに、誰だっけこのおじさん…みたいな顔をされたのが余程堪えたんじゃろうて。ふぉっふぉっふぉ。」
「先生!!」
ソフィアとマルコスという護衛と監視が付けられてから、ガラドがシュミット邸に来る頻度はかなり減っており、同時に勤務時間や密度もかなり緩和されている。
魔王討伐から500年。国内のみとは言え電波塔も建てられている。
今の時代必要な報告等はネットを通じて可能であり、本来月一で確認に来る必要もない。
妻子持ちであるガラドにとって勤務時間が減って家族との時間が取れるようになったのは非常に大きな改善ではあるのだが、一つだけ問題があった。
産まれた時から面倒を見ているサラと、発見されてから1ヵ月共に過ごしたフォシエルに親戚の子供のような愛着が湧いていたのだ。
会う頻度が少ない分、家に来た時に喜んで貰いたいのである。お菓子のひとつも持ってくるというものだ。
正直な心情として、フォシエルが逃亡することも魔力暴走することも特に危惧していない。
ただ、絆され過ぎな姉と先生の代わりに警鐘を鳴らしているだけなのだ。
「ブラハはどう思うんだよ!」
「…最近、フォシエルの鍛冶レベルが2に上がった。良い子だ」
「あらあら、お嬢様も槍術がレベル2になったんですよ。お祝いしましょうか」
「この子煩悩どもめッ!」
我が子自慢をする親バカたちに、ガラドは思い切り頭を抱えた。
「分かった、ただし最初は俺も同伴できるタイミングで行くぞ。
2人を面倒見るなら、こっちも2人の方が良いだろ」
「ガラド…」
なぜかソフィアはガラドへ残念なものを見るような目を向ける。
「お嬢様の成長が見たいならそう言えば?」
「違うわッ!」
図星である。
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翌週土曜、ガラドの都合がついたため森へ入ることが決定した。
フォシエルはこの日のために準備をしてきていた。
具体的には、ブラハに手伝ってもらいながら自分用の剣を打ち、半年間ガラドに稽古をつけてもらって【剣術/LV.1】を習得した。
そう、習得できてしまった。
実は魔人の補助スキル習得は、前例が全くないわけではない。
人間の逸話から生まれた魔人は、補助スキルが習得できる場合があるのだ。
全世界的に見ても実例はかなり少なく、呼称も付いていない。
前回の記録も20年前であり、現存する補助スキル習得可能な魔人の数は片手で数えられる程だ。
これに気が付いたのは基礎知識の授業を終え、ステータスカードにフォシエルの情報を入れた時。
ステータスカードとは一種の魔道具で、魔力を通じて全てのステータスを表示してくれる。魔力には持ち主の全ての情報が刻まれていて、これを欺くことは絶対にできない。
フォシエルのステータスカードは端的に言うとバグっていた。
正常に表示されていたのは名前、肉体年齢、補助スキル欄。
異常があったのは種族名、身体ステータス、魔技スキル、権能スキル。
表示されるべきところが真っ白で何も書かれていない状態だったのだ。
表示しようとはしているのか、魔力が揺らめいているのは薄く見える。
しかし、どうにもならないようだ。
身体ステータスは表示されているが内容がおかしい。具体的にはこう。
フォシエル・シュミット
種族名:―――
年齢:3歳(10歳)
MP(魔力):S
STM (スタミナ):D
STR(筋力):B
INT(知力):B
AGI(敏捷):C
TEC(技量):D
VIT(耐久力):C
権能:―――
魔技:―――
補助:【鍛冶/Lv.2】【剣術/Lv.1】
特筆すべきは魔力。驚異のS。
この魔力量を見た大人たちは目を剥いていたのだが、魔術師のマルコスだけはあり得ないぐらいテンションが上がっていた。
これはとんでもない大魔術が見れるぞ、と意気揚々とフォシエルに詠唱させたマルコスだったが、結果は不発。4度詠唱しても魔術は起動しなかった。
魔術の起動自体に才能は不要で、定められた詠唱をすると必ず魔術が発動する。
才能が必要なのはそこからで、一度自身が発動した魔術の感覚を記憶し、魔方陣の仕組みを理解することで詠唱を短縮、及び破棄することができるようになる。
つまり、完全詠唱で魔術が発動しないことはありえないのだ。
マルコスがいつになくがっかりしていると、傍から見ていたブラハが指摘をした。
左手の指輪に魔力が集まっている、と。
フォシエルが詠唱しながら掲げていたのは右手。逆だ。
指輪を右手に付け直し、指輪を意識するように詠唱すると魔法が起動した。5発分の威力で。
敷地の内側から森に向けて放った水魔術【青き砲弾】はその巨大さ故に結界の誤作動を引き起こし、反応しないはずの結界を起動させてしまった。
顕現した結界に魔術がぶち当たり、大地が揺れる。
想定外の威力にマルコスは歓喜し、ガラドは唖然とし、ソフィアは趣味で作っていたプランターに魔術が飛火して一部の苗が潰れているのを発見し、フォシエルとマルコスの晩飯抜きが決定した。
それからは指輪の検証を行う日々が続いた。
そしてステータスカードを得た時点で【鍛冶/Lv.1】の表記があったので、剣術の会得にも尽力した。
結果が上記ステータスだ。近辺の森ならひとりでも問題ないと思いますよ~。というのがソフィアの言である。
午前のマルコスの授業を終え、昼食をしっかりと食べたフォシエルはわくわくが抑えられないという様子で庭でストレッチをしていた。
そこにサラ、ソフィア、ガラドが合流する。
「ぼっちゃん、お待たせしました。」
「フォシエル!今日はわたしが狩りの仕方を教えてあげるわ!」
「うん、よろしくねサラ」
サラも非常に張り切っている。
「いいかフォシエル、何か異変や危ないことが起きたらすぐに引き返す。
分かったな?」
「分かったって…」
昨日から何度も何度も同じことを懇々と言われているフォシエルは、うんざりした顔で答える。
「よーし、行くわよー!」
サラの号令で、一行はゆっくりと歩き始める。
季節は夏前。フォシエルにとっては初めての外。
今まで森の開けた敷地の中から眺めていた印象と、実際に入ったのでは気分的に大きな違いがある。
フォシエルは周りを見回す。今まで遠くから見ていた巨木がこんなにも近くにある。小さいと思っていた若木ですら、近付いてみると迫力が違った。
そこかしこに感じる生き物の気配。鳥の鳴く声。姿なき動物の遠吠え。
視界を埋め尽くす生命力に満ちた緑色。全てが新鮮だった。
「あれはロカイって植物でー中に透明な苦いお汁があるんだって!」
「低級のポーションにもなるんですよ~」
サラが見つけては少し抜けた説明をし、ソフィアが補足説明する。
授業で見たもの、全く知らないもの。様々である。
「シッ。獲物だ。」
ガラドが口に指を当てる。各々茂みの向こうを覗き込むと、そこには≪土塊の狼≫。
ソフィアとサラがアイコンタクトで頷くと、サラが茂みから飛び出す。中々の速さだ。
「フッ」
気合の籠った息遣いと共に、身の丈ほどの槍を突き出す。狙うは眉間。
直前で察知した狼が頭を捩らせ、狙いがズレてしまい槍は顎へ突き刺さる。完璧な回避は叶わなかったが、致命傷は避けられた。
筋を裂かれて顎がだらりとぶら下がっている。かなりグロテスクだが、狼は油断なくサラを見据える。
次のアクションは狼からだった。土塊を纏った爪で攻撃せんと前足を上げた。
それを待っていたかのようにサラも攻勢に出る。小さく柔軟な体を生かして地面すれすれまで沈み込み、槍の石突で狼の喉を打った。そのままひっくり返りそうになる狼に、横から見て下弦の月を描くように槍を回転させ心臓の位置を切り裂く。
キャンッという断末魔と共に、狼が倒れ伏した。
おぉ~と、フォシエルが思わず拍手をし、それに気付いたサラがドヤ顔でピースをした。
その背後で音もなく起き上がり襲い掛かる≪土塊の狼≫。
しかし護衛役のソフィアがそれを許すわけもなく、以前見たより小さいモーションで投擲されたナイフが狼の頭部を捉えた。
「甘い。しっかり仕留めたか確認するまで緊張を緩めるなと、前も言いましたね?」
「う…ごめんなさい」
家では見たことのない強さのソフィアの叱責に、フォシエルは少しびくりとする。
その空気で、今あったのは命のやり取りだったのだと少し自覚したのだ。
奥底のピクニック気分が拭えていなかったフォシエルは冷や水を浴びせられたような気持ちになった。
(…気を引き締めよう)
フォシエルは認識を新たにした。
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またしばらく散策すると、身の丈1メートル半程の赤い毛並みの猪を発見した。
名を≪赤熱の猪≫という。
この魔物、体内にあるのは火属性の魔石だが火の魔法を使うことはない。
名前に赤熱と入っているが、体表が熱いわけでもない。
持っている魔力量的に碌な火属性魔法も使えないので、魔石からの魔力供給を全て身体強化に回している。
激怒すると敵を轢くまで追い掛け回す生態を持ち、魔力を使いすぎると火属性の魔力の影響で体温が上がって体表から蒸気を噴出するようになる。
その様が毛皮の色と相まって赤熱しているように見えるため、赤熱の猪と名が付けられたのだ。
フォシエルは気づかれぬように、右手を向ける。
狙うは頭部。即死させねば追いかけっこだ。
「【装填・二連結】」
カチリ、と指輪に魔術が装填された感触が指を震わせる。今から初めて殺生を行う。
継続的に指を震わせるのは指輪か、恐怖か。大きく息を吸い、力を籠める。
「【彗星の剣】」
1本の長剣が水の尾を引いて飛翔する。
切り裂いたのは前足二本。右前足は根本から千切れ、左前脚は半分までざっくりと切り込みが入り使い物にならなくなった。
当然立っていられなくなり、慣性で少し吹き飛ばされてそのまま地面に倒れ伏した。
フォシエルは剣を片手に近付く。
「苦しめてごめん」
諦めたような、憎悪が籠ったような。そんな瞳を見ながら、フォシエルは初めて命を刈り取った。




