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泡沫のフォス  作者: アリスノア
0章:少年期
4/12

003:おやすみ

 その後、授業中に寝落ちしたサラをソフィアが寝台まで連れていき、僕はリビングで昼食をいただいた。 今日のお昼はスプラキだ。


 スプラキは昔からこの地方で食べられている料理で、塩・オレガノ・こしょう・おろしにんにく・オリーブオイルでマリネした豚肉を串焼きにしたものだ。

 その串焼きにザジキという、細かく切ったきゅうりに先ほどの調味料と水を切ったヨーグルトを混ぜた付け合わせのソースを添えて食べる。


 授業の終わりに合わせて作ってくれていたようで、熱々の豚肉から肉汁が溢れる。美味しい。

 濃い味が残っているうちに丸パンをかじる。

 ふわりとした丸パンが濃い目の塩味を包み調和させる。

 ん~ずっと食べられる気がする。


 一通り食べ終えた頃、マルコス先生がゆったりとリビングへ入ってきた。


「美味しそうなご飯だのう」

「先生、おさきにいただいてました」

「よいよい。ガラドへの進度報告が長引いてのう。わしもいただこう」


 そう言ってマルコス先生は昼食を口に運び始めた。

 マルコス先生は貴族の出らしく、食べる所作にも優雅さがある。

 きっとこういう面も学ぶべきなのだろう。


「それにしてもフォシエルくんは覚えが早いのう」

「そうなんですか?」

「うむ。6年掛かる言語習得や基礎知識の内4年分を2年で修めておるからのう。

単純計算じゃと、あと1年と少しでサラくんに追いつくことになるのじゃ」


「え…」


 正直かなり驚いた。2年間の教育でかなり生活しやすくなったとは思うが、勉強で苦労した期間は無かった。まさかそんなに詰め込まれていたなんて…。


「先生はおしえるのがおじょうずなんですね」

「ふぉっふぉっふぉ。お世辞まで使えるようになったか!

 フォシエルくんは本当に賢いのう!」


 先生はそう言いながらよしよしと頭をなでてくれた。

 あ、おひげにソースが付いてる。ふきふき。


「おぉ、すまないすまない。

 まだ午後の予定まで時間があるようじゃからな、少し先の範囲の話になるが小噺をしよう。」

「ありがとうございます。あ、ノート…」

「よいよい。今度また授業でも説明する。」


 では、ということで姿勢を正して話に集中する。


「魔人という人種についてじゃ。

 実はなフォシエルくん。魔人は総じて知力が低いことが多いんじゃ」

「ぼくも人間や幻人にくらべるとひくいってことでしょうか」


 さっきの話と違う。

 あんまり賢くないのだろうか…。


「いいや、フォシエルくんは他人種に比べても高い知力を持っているじゃろう。

 これはより細かい魔人の種類が影響している」

「魔人の…しゅるい…?」


 確かに教科書の後ろの方の頁にそんな記載があった気がする。


「そうじゃ。魔人の生まれについてはまだ研究が進んでいない部分があるが、魔人内でも人間と幻人のような別れ方をしていると言われておる」

「魔人としてうまれた魔人と、逸話をもとにしてうまれた魔人ってことですか?」

「やはり君は賢いな!そう、そうなんじゃよ。

 有名なところで言うと北方の国王兼現人神、オーディンじゃな。彼の王は北欧神話の主神オーディンの逸話を宿した魔人じゃ。

 生まれ方がただの魔物と同様な大半の魔人より、そういった明確な格を持った魔人の方が知力や全体的なステータスが高い傾向にある」


 さっきの話と合わせると。


「…ぼくも、そうなんですかね」

「どうじゃろうなぁ。まだ何とも言えんのう。

 ひとまず今のスキル知識の授業が終わったら、フォシエルくんのステータスを見てみよう。

 結果が楽しみじゃのう」


 ふぉっふぉっふぉ。と笑いながらマルコス先生は話をそう締めた。

 結構話し込んでいたはずなのにしっかりと完食してらっしゃる。すごい。


「午後はブラハ金級鍛冶師からの指南じゃったな。

 しっかり学んでくるんじゃぞ」

「はい。きちょうなお話、ありがとうございました」


 またもやふぉっふぉっふぉと笑いながらマルコス先生は退室した。先生の中でのお決まりなんだろうか。


「よし、がんばるぞ」


 考えてみれば、僕は自分が何者なのか一切分かっていない。

 この世界のことも全く分かっていないが、それはきっと先生や師匠が教えてくれる。


 きっと2人も、それにガラドやソフィアだって僕が魔人であること以上は何も分かっていないはずだ。

 それなのに、こんなにも優しく接してくれている。


 ガラドがこの家に居られる環境を作ってくれて、先生が常識を教えてくれて、ソフィアが美味しいご飯を食べさせてくれて、師匠が大切な技術を教えてくれる。

 そして、サラがまるで姉弟のように接してくれる。


 家族というのがどういうものか、僕は知らない。

 でもきっと、こんな感じなのかなぁなんて思う。


 サラがお姉ちゃんで、師匠がパパで、ソフィアがママ。先生はおじいちゃん。

 ガラドは…親戚のおじちゃん?ちょっと分からない。


 少し楽観的過ぎるだろうか。

 生まれたばかりの魔人は危険だとガラドが再三話していた。


 僕も僕のことがよく分からない。


 もしかしたら自分が何かをしてしまうかもしれないと思うと、怖い。

 この生活が壊れてしまうのが怖い。


 だから今は、とにかく自分にできることをしよう。

 僕が何かをしてしまわなければ、この平穏な日々が壊れることもきっとない。

 だから、がんばる。


 よし、ともう一度小さく呟いて立ち上がる。

 あ、髪がぼっさぼさのサラが起きてきた。


 サラは将来何になるんだろうなぁ、と不意に気になった。


「おはようサラ」

「おはようふぉす…ごはん…」

「ぼくはもう食べちゃった。鍛治場にいってくるよ」


 そう言うと、サラは小さい肩を少しだけビクリとさせた。


「…そう、いってらっしゃい」


 そういえば、鍛冶場に行く時間になるとサラはどこかバツの悪そうな顔をする。どうしてだろう。


「サラもご飯がたべおわったら来る?」

「んーん。ソフィと一緒に森に行ってくるわ」

「そっか、きをつけて」


 サラはこくりと頷くとスプラキを食べ始めた。

 どうやら最近の土日はソフィアと一緒に森を探検しに行くのがお決まりらしい。


 この世界の魔物は食べることができる。

 熊にせよ猪にせよ、動物の肉と差ほど変わりはない。


 何が違うのかと言うと、体内に魔石を有しているか否か。魔力を行使するかどうかだ。

 魔力というのは万能で、筋肉を強く硬くし、魔術や魔法を起動させ、特異な体質へ変質させることもできる。


 余談だが、魔力量の多い魔物ほど肉が柔らかくなるとされている。

 生きている間は魔力で強化して動かしている分、通常の動物より余分なストレスが筋肉に掛からず上等なお肉になるそうだ。


 それに、魔物の肉には魔力が浸透しており、身体に良い。

 魔力で身体を強化できるのは人族も同様であり、食すことで身体の機能が向上する。


 最上はドラゴンの肉。

 寝たきりの老人がドラゴンの肉を食べて飛び起きたという記録がある。

 再起不能の状態から起き上がらせるということわざで「老体に竜肉」という言葉が作られたほどだ。


 話を戻そう。

 サラはソフィアと森に行って魔物を狩ってきている。

 サラはまだ見ているだけのようだが、ソフィアから魔物の狩り方を学んでいるらしい。


 さっき将来何になるのか、と思ったが、もしかしたら冒険者になるのかもしれない。


 サラは生まれつき力が強かったらしい。

 4歳で槌を持ち上げたという話をガラドがしていた。

 それに、遺伝なのか器用のステータスも高いという。きっと良い冒険者になるだろう。


 いいな。できれば着いて行きたいな。なんてぼんやりと思う。


 勿論鍛冶もやりたいことの一つだ。でも、冒険者にも憧れがある。

 時折ガラドが聞かせてくれる冒険者時代の話や、書物の冒険譚なんかを見ているとどうしても夢見てしまう。


 広大な世界を旅し、時にはダンジョンの深くへ潜り未知を知己にする。強大な敵と命を懸けて戦い撃ち滅ぼす。

 子供心にワクワクしてしまう。


 特に500年前の勇者たちの伝記は良かった。

 死の勇者、海の勇者、魔導の勇者、雷装の勇者。

 幻人、魔人、人間、魔導人形というバラバラなパーティで魔王討伐を成し遂げた伝説の勇者たち。


 その像は今でも世界各地に置かれている。現代の平和も発展も、この魔王討伐があったからだ。


 そうだ、今度狩りに連れて行ってもらおう。そう決めて、僕はリビングを後にした。

 扉を閉める時、どことなくサラが何か言おうとしていた気がした。


+-------------------+


「来たか」


 師匠の仕事場は、なんとも無骨でシンプルな内装をしている。

 少し広めの空間に木造そのままの壁。おそらく燃えないような加工がされているのだろう。


 そして炉や金床、その他鍛冶道具と素材の入った身の丈ほどの大きな箱が整然と並んでいる。

 彼の作品を良く知る者がこの仕事場を見れば誰もが納得の顔をするだろう。


「見ていろ」


 師匠はそう言い、一本の剣を造り始めた。

 魔鉄―魔力がふんだんに錬り込まれた鉄の延べ棒を炉に入れる。


 魔鉄が赤熱したら炉から上げ、槌で長く薄くなるように叩く。

 一度水で冷やし、魔力を含んだ付与魔術用のインクで何かの術式を鉄に刻む。

 そこに師匠が魔力を流し、付与魔術を起動、定着させる。

 定着したのを確認し、平たい道具によって半分に折り、重ねる。


 再び炉に入れ、赤熱させる。

 そしてまた槌で叩く。今度はかなり長く、入念に叩く。叩く。叩く。


 ここまでの作業を7回繰り返し、そこからは付与魔術の手順を抜いて50と何回か折って叩いてを繰り返した。


 日はもう落ちかけている。


 また槌で叩き、剣の長さや太さ、厚さを決める。叩き上がった魔鉄の硬度や密度で形を決めるらしい。

 形ができたら再度熱し、冷やす。


 そこから刃付けをしていく。

 最初は目の粗い鑢でより形を整え、段々と目の細かい鑢へと変える。


 水に付けながらゆっくりと丁寧に削っていく。

 鏡面仕上げの美しい剣身が完成した。


 最後に一度付与魔術を施し、(なかご)へ釘のような道具で穴を開けて柄を取り付ける。


 出来上がったのは片手剣。少し短めの直剣だ。


 見てくれはシンプルでどこにでもありそうな剣。

 しかし、見れば見るほどに美しいと感じさせる。


 鏡面仕上げに反射する景色は全くの歪みが無く、両刃には一切の偏りも無い。

 精密な機械で作られたように精巧だが、機械では再現不可能であろうという凄みを感じる。


「持ってみろ」


 柄を持つ。

 重さに負けて取り落とす、なんてことはしない。


 持ってみると、柄に近い部分に重心があることがよく解かる。

 おそらく片手剣の中では少し重量がある方だと思うが、重すぎというほどではない。


 重心が持ち手の近くにある為、振った際に遠心力に持っていかれるということもなく、そこらの軽い木剣を振るより強く正確に振ることができるだろう。

 見た目から性能まで、全てが美しい。


「分からないことは」

「えっと…付与術式のうちわけをしりたいです」

「硬化を3、弾性を2、再生を1、異常耐性を1、鋭利化を1だ」

「この魔鉄の容量は10、ということですか?」

「そうだ」


 魔鉄に込めることができる魔力の上限は、魔鉄の質によって異なる。

 粗悪品で付与魔術2つ分、上質品で9から11辺り。

 その魔鉄の質を見分け、付与魔術の数を決めるのも鍛冶師の技術だ。


 剣士は、スキルや魔力を剣に込めて振るうのが一般的。

 故に、その分の余白を持たせる。


 簡単なように見えるが、魔鉄の質の判断、付与、整形に仕上げ。

 全てを最高水準で行い、それを無駄なく組み合わせるのには途方もない技術が必要になる。

 自分ならこの鉄をどんな形に仕上げただろうか。


 うんうんと腕を組みながら唸っていると、師匠はどこか満足したようにひとつ頷いた。


「考えろ。結論は出さなくていい」


 そう言うと師匠は作業場を後にした。

 それから暫し剣を持って考えていると、ソフィアが顔を出した。


「ぼっちゃん、お夕飯ですよ~」

「あぁ、ありがとうございます」


 僕は作業台に剣を置き、リビングへ向かった。


 テーブルには既に料理が並んでいて、いい香りが部屋を支配していた。

 どうやらサラとソフィアの狩りは成功したようで、多めのお肉が切り分けられてそれぞれの目の前に盛り付けられており、非常に豪勢だ。

 野菜に肉を詰めて焼いたものなんかもある。


 僕が着席し全員が揃うと、いただきます、と口々に言い料理を食べ始める。


 師匠は黙々と料理を口に運び、サラは今日あった出来事を楽しそうに話し、それを横からソフィアが補足し、マルコス先生が朗らかに相づちを打つ。

 僕も先生と同じ立ち位置だ。


 夕飯を食べ終えると、各々眠りに就くために解散する。

 そうしてまた1日が終わる。


 なんて良い生活だろう。

 ずっと、この生活が続くといいな。

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