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泡沫のフォス  作者: アリスノア
ヘルレニック王国編
12/12

011:Bearskin

短いです。

「なぁ坊主。

 俺にはお前とおんなじくらいの娘がいる」


「なんですか小隊長。藪から棒に」


「これがまた可愛くてなぁ」


「きっと奥様に似たんでしょうね」


「お前、俺は上官だぞ…?」


「それで、どうして急にお嬢様の自慢を?」


「いやなぁ、うちの娘は俺にとっちゃあ最高に可愛いんだが、ちぃと顔に傷があってな」


 上官である黒髪の男は右目の辺りを指でトントンと叩きながら言う。


「娘がよく言うんだよ。これじゃ誰もお嫁に貰ってくれないわって」


「顔の傷程度で、ですか?」


「お前は女心って奴が分かってねぇなぁ!

 でもまぁ、そう思うんなら坊主が貰ってくれや。

 ちょっと口は悪いが、賢くて良い子だぞ」


「お断りします」


「オォイ!!好きな子でも居んのか?」


「いや、小隊長の義理の息子になりたくないなって」


「よしテメェら!全員ペナルティだ!

 10kmダッシュ!恨むなら坊主を恨めよ〜!」




+-------------------+




 エイレーネ、ネレウスとの模擬戦以降フォシエルはクラス内で浮いた。


 保健室から戻ったのはプラトンがひとりひとりにフィードバックを伝えているタイミングだった。

 フォシエルが教室には入った瞬間のクラスメイトの目には恐怖が多く見えており、数名には憎悪の感情すら覗いていた。


 元々あまりにもコミュニケーションを疎かにしていたフォシエルだ。仕方の無いことである。



 そして現在。

 フォシエルは黒髪の女子生徒と昼食を摂っている。


「……」

「……」


(き、気まずい!)


 場所は校舎裏の非常階段。

 見事にクラスで浮いたフォシエルは教室外での昼食を余儀なくされた。

 生徒数が多いミノトアでは昼休みに人気のない場所などほとんど皆無であり、割とタイムリーに有名人であるフォシエルは3日程昼食を摂れないまま校内を彷徨った。


 結果辿り着いたのがこの非常階段であるが、この場所で昼食をとるようになった一週間後に事は起きた。

 いつも通り昼休みに簡素なパンと牛乳を持って非常階段へのドアを開けると、綺麗な黒髪のすらりとした女子生徒が先に弁当を開いて食べていたのである。

 その女子生徒はフォシエルが一瞬見惚れてしまう程美しく、どことなく儚い雰囲気を纏っていた。


 これから食べ始めるところであったのだろう。

 ギロリと強く睨まれ、フォシエルは冷や汗を流した。

 変にガラの悪い男より顔整いの美人に睨まれた方が余程恐ろしい。


 フォシエルは軽く会釈をしながら横を通り過ぎて、上の階の踊り場まで階段を上がり腰を下ろした。

 パンの袋を開けて食べ始めると、かんかんと靴底が鉄製の階段を叩く音が下から上がってきた。

 先程の女子生徒だ。

 

 教室に戻るのかと思い、階段の右端に身体を寄せる。

 気まずくさせてしまったかと申し訳ない気持ちで通り過ぎるのを待っていると、なんとその女子生徒はフォシエルの左側に少し間を開けて座ったのである。


 フォシエルがフリーズして目を丸くしていると、女子生徒は我関せずといった涼しい顔で弁当を食べ始めてしまった。

 ここから移動するのは流石に印象が悪すぎるしなぁ、え、なんで?が無限に頭をぐるぐる回りフォシエルが顔を見たまま固まっていると、女子生徒が一言。


「あまり見ないでくれるかしら。

 それとも勇者様には食事をするレディを眺める趣味でもあるの?」

「ご、ごめんなさい……」


 しょんぼりしながらパンを齧る。

 それを少し据わった目で一瞥すると、女子生徒は自分の食事に戻るのであった。



 それから一週間、フォシエルはこの謎の美人とお昼を過ごしている。

 あくまで武術科の生徒なのでそこまで謎かと言われると違うのだが、全く何を考えているのか分からないという点であまりに謎の人であった。


 ちなみにほとんど喋らない。

 この一週間の内、声を聞かなかった日もある。


 一度、こんな会話があった。


「勇者様はパンしか食べられないのかしら?」

「そういうわけじゃ…。

 朝は鍛錬で時間が無くて」

「そう」


 それだけ話すと、会話が終わった。

 改めて気まずい思いをしつつ、その日はそのまま黙々と昼食をとり解散となった。



 後日。

 そろそろまた別の場所を探そうかと迷い始めた頃。


 非常階段の踊り場でまた女子生徒を見つけたので、隣に座る。

 別の場所で食べ始めるといつの間にか隣に座っているので、自分から隣に座るようにしている。 


 「はい」


 余りにも短い言葉と共に渡されたのはお弁当箱。

 フォシエルが大困惑していると、


「勇者様はこんな庶民が作った弁当なんて食べたくないってことかしら」

「えっ!?いいの?」

「ダメなら持ってこないわ」

「そう、だよね」


 フォシエルが弁当箱を受け取り蓋を開けると、中には非常に彩のバランスが良い料理が詰められていた。


「いただきます」


 ポテトサラダを箸で掴み、口に入れる。


「美味しい!」 


 入学してからの約一か月半、フォシエルの口に入ったのは簡素なパンと飲み物、必要な栄養を賄える錠剤のみ。

 その前の紛争地帯にいた時も碌な食事をしていない。

 とあるタイミングで料理の味が分からなくなってしまったのだ。


 それなのに。


「味がする…美味しい…」

「何を当たり前のことを言ってるの?」


 当たり前のことだ。

 しかし、元々食べることが好きだったフォシエルにとってはあまりに嬉しいことだ。

 

「…ありがとう、ございます」

「…泣いてる?変な人ね」


 その後黙々と食べ、綺麗に完食した。

 フォシエルが容器を洗って返すと言ったが、女子生徒は強制的に回収して持ち帰ってしまった。


 それから数日、必ず女子生徒はフォシエルの分の弁当を作ってきている。

 今日、フォシエルは聞けずにいたことを聞こうと思って覚悟を決めてきた。

 また女子生徒が持参してくれた弁当を食べながら切り出す。


「その、訊きたいことが」

「何かしら」

「名前を…」


 その時の相手の目と言ったらもう怖かった。

 初めてエンカウントした時の睨みも怖かったが、その時とは比べ物にならない程だった。


「…そう。そういえば名乗ってなかったわね。私も失念してたわ。

 でも勇者様?貴方名も知らない相手が作ってきたお弁当をここ数日食べてたのね?

 それって余りに不用心じゃないかしら。ねえ。

 もし私が東の小国の諜報員なら貴方毒殺されてたかも知れないのよ?」

「ごめんごめんごめん!!!!

 でも僕毒効かないから!そこは大丈夫だから!!」

「だとしても迂闊よ。

 半分不死身だとは聞いていたけど、その性質のせいでそんな隙だらけなのかしら。

 絶対に直すべきよ。絶対に。」


 猛烈に囃し立てられ、フォシエルは申し訳なさ半分、恐怖半分でぺしょりとしてしまった。


「…聞いてた通りね」

「誰に?」


 ボソリと呟いた言葉をフォシエルは聞き逃さなかった。


「内緒よ。

 私は…そうね、ベスでいいわ」

「ベス?」

「そうよ。ベス」


 これ本名じゃないなぁ。とフォシエルは思った。


「お察しの通り本名じゃないわ。

 でも今はこれで充分よ」

「そっ…か。うん、よろしくねベス。

 僕は、知ってると思うけどフォシエルっていうんだ」

「えぇ、知ってるわ」


 そこまで話すと、フォシエルはまた弁当を食べ始めた。


「偽名の理由、聞かないのね」

「うん。聞かない優しさもあるって最近知ったから」

「そう。良いことよ」


 以降会話は無く、ただ2人が食事をする音だけが非常階段に響くのだった。


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