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泡沫のフォス  作者: アリスノア
ヘルレニック王国編
11/12

010:代償

 保健室。と言っても器具や薬品の揃い方は素晴らしく、簡易的な病院と形容しても差し支えない程の設備が揃った一室。

 そんな保健室がミノトア国立学院は各棟に一部屋は備えられている。

 ちなみに、保健室の中で最も使われる頻度が最も多いのが訓練場横の保健室である。


「ふ~」


 並べられたベッドの中で一番奥のベッドに、水色髪の女子生徒、もといエイレーネが点滴を打たれた状態で横になっている。

 現在は回復痛も和らぎ、養護教諭のクロエが戻り次第教室に戻ろうかとスマホをいじりながら考えているところである。


 余談であるが、『回復痛』というものが存在する。


 回復魔術は2種類に分類される。

 促復魔術と修復魔術だ。


 促復魔術は身体の回復力を利用、促進し回復させる。

 内部的な打撲や軽い切り傷、病気などに使用されることが多い。


 修復魔術は文字通り身体の修復。

 深く抉れた傷や部位の欠損に対し、身体に刻まれた元の情報を基に魔力で欠損部位を作り、埋める。

 促進魔術は身体機能での回復のため痕にならないことが多いが、修復魔術は欠損部位を無理やり作るため実際の肌と全く同じにはならず、判り易く痕になる。


 医療の場で基本的に用いられるのは促復魔術が多い。

 普段過ごしていて身体が抉れたり四肢が欠損することなど稀だからだ。


 さらに言えば、冒険者や騎士など戦闘を行う職業以外、通常は魔術を用いての治療をしない。

 魔術社会ではあるが、化学時代に培われた知識や技術は大抵が残存している。

 そのため症状に合わせて魔術的治療と化学的治療を使い分け、場合によっては複合で治療が行われる。


 ここで『回復痛』の話になるが、回復魔術で治療を行うと施術箇所にしばらく痛みが生まれる。

 施術部位とそれ以外の部分に血流や筋肉、齟齬が出るからだ。これは促復魔術も修復魔術も同じ。


 但し、今回エイレーネが受けた傷のように範囲が大きい場合、全身に促復魔術を掛ける場合がある。

 この場合回復痛が弱くなり、短時間での痛みの改善となる。


 しかし全身万遍なく回復魔術をかけるのには相当な魔力と技術が必要になる。

 クロエが優秀な養護教諭である証と言えるだろう。


 また、技術的に処置できる人材が限られているため一般的にはこの治療法は高額になりやすいのも現実である。

 故に、一般的には風邪などの病気には投薬の治療、酷い傷病には魔術的治療となっている。


 話は逸れたが、今回のエイレーネへの処方は全身への促復魔術、身体機能の回復に用いられた栄養の補給の為の点滴だ。

 クロエが戻ってきても点滴が終わらなければ帰ることはできないが、エイレーネは「まぁ戻ってもいいしょ!」程度に思っている。


 エイレーネがぼんやりとしていると、保健室の戸が叩かれる。

 クロエか?と一瞬思うが、そうであればノックなどせずに入ってくるだろう。


 別で怪我した生徒だろうと予想し、クロエがここに居ないことを伝えるためにベッドから立ち上がって点滴を吊るすスタンドと共に入り口へと向かう。

 少しよろつきながら扉の前まで歩き開けようと手を伸ばした瞬間、片開きの戸が急に音を立てて開いた。


 「気まずー」と内心苦笑いしつつ扉を開けた人物に目を向け、エイレーネは固まってしまった。

 そこには保健室で治療を受けるほどの怪我の原因となったフォシエルがいたからだ。


「あ、えっと、すみません」


 フォシエルは気配で人が扉に近づいてくるのには気が付いていた。

 入ろうか迷っていたが、もしや怪我人を歩かせているのでは?と迷いを振り切り扉を開けたのだ。

 結果的に驚かせる感じになってしまい、非常にバツの悪そうな顔をしている。


 一方エイレーネにはさっきの戦闘がフラッシュバックしていた。

 文字通り手も足も出ず敗北し、かつてないほど容赦なく蹂躙された。


「ひっ」


 思わず悲鳴が漏れ、しかし自分の口から悲鳴が出たことを自覚して手で口を覆う。

 エイレーネとて、クラスメイトを恐がりたくなどないのだ。


 その様子を見たフォシエルは一歩後ろに下がり、頭を下げる。


「ごめん。

 その、過剰に攻撃してしまって」


「えっ、いや全然全然!

 大丈夫ですから!あたし何で敬語!?本当に大丈夫!!」


 ちなみにエイレーネが身長168cm、フォシエルが172cm。

 普段一緒にいるネレウスは180、ラグティルに関しては高校一年生にして185cmである。


 いつも近くにいる男子二人が大きい分、頭を下げるフォシエルが非常に小さく見える。

 そんなどうでもいいことで、エイレーネの中の恐怖心は一瞬にして萎んでしまった。


「こちらこそごめんね?多分、地雷踏んだよね?

 いや~いつもそうなんだよね、余計なこと言っちゃうんだよわたし!

 でも喋るの止めらんなくて!触れられたくないとこまで踏み込んで嫌な気持ちにさせちゃうんだよね…。

 ごめん、ホントごめん!」


「…いいや、それでもあれはやり過ぎだった。

 例え何を言われても、力の使い道は間違えちゃいけないのに」


「その、ごめんついでにいいかな?」


「なんでしょう?」


「どこが地雷だった?」


「…あだ名のところです」


「そこ!?

 …そっかぁ~…ごめんねぇ」


「事情、訊かないんですね」


 フォシエルが思わずそう聞くと、エイレーネが軽く笑いながら言う。


「訊いたら教えてくれるん?」


「それは…」


「お前たち、保健室の入り口で何をしている」


 エイレーネとフォシエルがぎょっとして振り返ると、そこにはネレウスを俵持ちするラグティルが立っていた。


「ティルじゃ~ん!

 え、ネスどしたの?」


「ちょっとな」


(魔力で近付いてくるのは気付いてたけど、足音が無さ過ぎて距離が分からなかった。

 暗殺系のスキル持ちかな)


 フォシエルが感心していると、ラグティルが居心地悪そうに不機嫌な顔をする。


「なんだ、ジロジロ見て」


「あぁいや、なんでも」


「何をしていた?」


「えっと…その…」


「なぜ答えられない?」


「ちょっとストップストップ!

 尋問みたいになってるって!」


 エイレーネがワーワーと腕を振りながら間に入る。


「フォシエルくんは謝りに来てくれてただけ!

 追撃でいじめに来てたわけじゃないよ!」


「…謝罪に?」


 更に怪訝そうな目を向けられ、フォシエルがたじろぐ。


「その…やり過ぎてしまったから」


「意外だな。

 お前はもっと冷徹な男かと思っていた」


「ちゃんと頭下げて謝ってくれたんだよ!

 いいやつだよフォシエルくんは!」


「良い奴は勝負が決まった後に痛めつけたりしない」


「っ…」


 図星を突かれ、フォシエルは俯くことしかできない。

 そんな様子を一瞥し、ラグティルは鼻を鳴らす。


「ふん、まぁどうせエイレーネが余計なことを言ったんだろ」


「ちょっとー!その通りだけど!」


「但し、理由は何であれ大衆の前で『東方戦争の勇者』が女の子を必要以上に痛めつけたと言うのは事実だ。

 そのうちツケを払う時が来るだろうな」


「全く、うおぇ、大層な異名引っ提げて帰って来やがってよォ…」


「あ、ネス起きた」


「おろせぇ」


 全く触れられていないが、ラグティルの肩にはネレウスが担がれていた。

 未だ魔力酔いが収まっていないようで、頭を下にされるとかなりマズそうだ。

 ラグティルが物を置くぐらいの雑さで地面にネレウスを下ろし、数か月前に王国で広まったニュースを口にする。


「王国東方の小国との戦争を収めた英雄。

 魔導の勇者が握っていた宝剣で敵軍本拠地を建物兵士含む全てを結晶化。

 国からの報告もニュースも見たが、事実か?」


「…事実です」


「バケモノだな」


「オブラート!!!ティル!!!!!!

 オブラートって知ってる???」


「知ってるが?薬を飲み易くするために使う薄いフィルムだろう?」


「うーんデリカシーってものも学んだ方がいいかも」


「バケモノってのは間違いねェだろ」


「もう!ネスまで!」


 ぷんすかと怒るエイレーネを尻目に、床にぐったりと座ったネレウスはフォシエルに目を向ける。


「東の小国マシルの前線駐屯地は20ヘクタール。

 駐屯地としては小さい方だが、それでも人ひとりがどうにかできる広さじゃねェ。

 まして当然兵士もうじゃうじゃ居る。

 それを?単独で制圧?完全にバケモノだろ。そんなの……」


 そこまで話して、ネレウスは目を伏せて何かを呟く。


「代償がないとは思えねェな」


 フォシエルがピクリと反応する。


「図星かよ」


「…些末なことだよ」


 ネレウスがジッとフォシエルの全身を確かめる。


「僕、そろそろ教室に」


「ラグティル、フォシエルの右腕の袖を捲れ」


 ネレウスの命令のままにラグティルがフォシエルの腕に手を伸ばすが、フォシエルがそれを左手で弾く。

 ラグティルはひるまずに両手で袖を上げにかかる。


 再び弾こうとするが、そのまま左手を右手で捕まれてしまった。


(力…つよ…!?)


 ラグティルの右手を振り解けず、左手が袖に伸びる。


「触るなッ!」


 フォシエルが左腕を思い切り振ると、ラグティルは軽く後ろに飛ばされしりもちをついた。


「あっ、ごめん!

 大丈夫!?」


「うそ…ティルが力負けした…?」


「構わない。

 そんなに見られたくないとは思わず失礼した。

 それは戦争の勲章ではないのか?」


「勲章…そんな偉い物じゃない。

 これは…」


 フォシエルは視線を落とす。


「分かった。他言無用でお願いするよ」


 そう言うと、フォシエルは袖をガバリと上げた。

 そこには手首から上の範囲が全て包帯で包まれた腕があった。

 そのまま包帯を軽く解くと、見えたのは素肌ではなく透明なガラス。


「…マジかァ」


 包帯が全て落ち露わになったのは、美しいガラスで包まれた右腕。

 表面が薄い虹色に反射し、よく見ると結晶の内側には灰色の毛並みがある。

 フォシエルが左手の中指で軽く叩くと、コンコンと到底人の肌から聞こえるはずのない音が鳴る。


「それ、動くのか?」


「動きます。

 ただ普通の腕よりちょっと硬くて動かしにくいんです。

 何より見た目が…」


「綺麗〜!」


「…そんな」


 エイレーネの感想に目を丸くし、少し肩を震わせながら俯く。


「綺麗なんかじゃない、です。

 これは、僕が人を大勢殺した証明なんですから」


「治んのか?」


「分からない。

 魔力を強く流すと一時的に範囲が小さくなるけど、すぐに元に戻っちゃうんだ」


「手立ては?」


「…。ない」


「有るんだな?」


「ない」


「教えろ」


「ない」


「テメェは自分が嘘つけねェのをもっと自覚しろやボケが!」


「うるさいな!ポーション一個に負けたくせに!」


「剣代二本分弁償しろや!あとアレのやり方今度教えろォ!いでででででででで」


 どちらも一切引かずに言い合いに発展してしまう幼馴染二人。

 ネレウスが掴みかかるも魔力欠乏でうまく動けず、フォシエルに簡単に組み敷かれている。


「ねぇティル」


「なんだ?」


「仲良しだね!ふたり!」


 ラグティルは取っ組み合い(一方的)を見て首を傾げる。


「犬猿の仲に見えるが、そうか?」


「うん、とっても!」


「保健室で何やってんの!!」


 その場の4人が怒声に驚き目を向ける。

 そこには一クラス分の治療を済ませくたくたになっているクロエがいた。


「あなたたちねぇ、そういう喧嘩するなら早く出ていきなさい!

 ちょっとスパノスさん?安静にしてなさいって言ったわよね!」


「いや…治療…」


「来客があったんだも~ん」


 魔力枯渇と魔力酔いプラス取っ組み合いをして体調不良極まれりなネレウスと、治療済みで余裕そうなエイレーネである。


「君たちは?」


「スパノスさんに謝りに…」


「エイレーネの付き添いです」


「スパノスさん人気者ねぇ??」


「それほどでもぉ…えへへ」


「ハァ…青春ね…うらやましいわ…」


 クロエ・ラプティス三十二歳。

 一か月後には四つ下の弟の結婚式が控えている。

 先日も母から「そろそろ身を固めたりとか…いい人いないの?」と連絡がきたばかりである。


 容姿も頭も良い彼女だが、ミノトア国立学院で働く傍ら魔術研究院にも所属しているため本当に暇な時間がない。

 毎日の楽しみと言えば、極東の国で盛んに作られるドラマや映画を寝る前に酒を呑みながら観ることである。

 金はあるが時間がない。あぁ~恋愛ドラマおもしれぇ~!


「とにかくシュミットくんは教室に戻って、スパノスさんは健診、ノトスくんは居てよし、エリオプロスくんは魔力補給と酔い止めね。

 はい、ベッドやら教室に戻った戻った」


 フォシエルは腕に気付かれないように退室し、包帯を巻き直しながら廊下を歩く。


 巨龍を倒さなければ治らないなんて、言えるはずもない。

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