009:おぼえていやがれ その2
「なんでフォシエルが追い出されなきゃいけないんだよ!
元はと言えば……おれが……っ」
「もう決まったことなんだ。ネレウス。
それに、これはフォシエルが望んだことでもある」
「それがなんだよっ!
わかんねぇよ……!」
「ネレウス、あいつぁ絶対帰ってくる。
フォシエルは強い子だ、怖ぇぐらいにな。
そんで、帰ってくる頃には今よりずっと強くなってるだろうよ。
お前も強くならなきゃ、バカにされちまうかもな」
「……わかんねぇ。
わかんねぇけど、バカにされるのは嫌だ。
俺、強くなるよ、親父」
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季節は春。
5月初頭で温暖な気候である。
コロッセオ型の開放的な訓練場には日差しが入り込み、ともすればうたた寝でもしてしまいそうな程心地よい温度、湿度で安定していると言えよう。
しかし、その中心では底冷えするような冷たい視線がぶつかり合っていた。
「なァ『東方戦争の勇者』様よォ。
随分様変わりしちまったな?
昔はお姉ちゃんの尻に敷かれてばっかだったのに、今じゃ女の子虐めしちまう側だもんなァ?」
「…うるさい。
喋り過ぎだよ」
「互いに礼」
腰に佩くはどちらも真剣。
これは正真正銘、生命を懸けた決闘。
両人が抜剣し、構えを取る。
「始めッ!」
試合開始と同時に、ネレウスは剣を投げた。
そして投擲と同時に2本目の長剣を魔導箱から抜き、低い体勢で距離を詰める。
「【招らッ」
ガキリという重く鈍い音と共にネレウスが後方に吹っ飛ばされた。
精霊術師であるネレウスには精霊を喚び出すための時間が必要だ。
だが、敵がそんな時間をむざむざと渡すわけがない。
そこでネレウスが考えたのは、開始から相手に択を迫ること。
今回であれば、フォシエルは投擲された剣を弾くか避けるかを選ばなければならない。
どちらにせよ僅かな間が生まれる。
その隙に精霊を喚び出すという戦術だ。
だが、フォシエルが執ったのはどちらでもない。
投擲された剣に対し僅か斜めに突進、左手で柄をキャッチし投擲の勢いのまま身体ごと円状に回転させてネレウスを長剣で右から斬ったのだ。
ネレウスは召喚詠唱を中断し咄嗟に剣の腹で受けたが、受けた部分はは大きく歪んでしまっている。
斬り付けた方の長剣はフォシエルの手元でバラバラに砕けている。
「チッ…安くねぇんだぞ」
「嘘つくなよ。使い捨てだろコレ」
「投げた方はな!?
コレだよコレ!!」
やけくそになりながら手持ちの長剣を投げ捨て、新しい長剣を取り出す。
「ほら、まともな剣を持ってるじゃないか」
「銘もないのに何で分かんだよ…キモ…」
「美しさが違う」
「うっわ…」
ネレウスが抜いた剣はシュミット製。
役目の為に国から支給されたものだが、貴重であることに変わりはない。
「折ンなよ」
「シュミット製が折れるわけないだろ。
よっぽど使い手が悪くない限りは」
「…言ってくれる」
再びネレウスが構えを執る。
「いいのか?こんなに距離を置いて。
喚ぶぞ?」
「喚べよ。
勝負にならない」
ネレウスは心の中で歯噛みする。
今の一合で心底判ってしまったのだ。
剣術だけでは一縷の望みもないことを。
「【言霊と契りの権能 」
ネレウスから金色の魔力が立ち昇り、頭上に魔術陣が描かれる。
完全詠唱。
召喚魔術に於いてのそれは、通常であれば戦闘中に行うものではない。
精霊をと契約する際に完全詠唱を行い、双方の合意で契約を交わす。
その後は短縮詠唱と精霊名を口に出すことで力を借りることができる。
これを精霊契約の儀と呼ぶ。
「理を説得し 契りを強請る 其の魔で儀典の雫を溢せ」
ならば、なぜネレウスはこの戦闘中に完全詠唱をしているのか。
それは、今召喚せんとしている精霊との契約を未だ完遂していない、否、出来ていないからに他ならない。
契約の拒否には様々な理由がある。
そもそも精霊と術者の属性的相性が悪く契約が不可能であったり、精霊が主人の性格を重視する場合であったり、術者の許容量が精霊の力を受け止めるのに不十分であったり。
「第一の精霊 二柱の子 律するは三つの法 召喚に応じて来たれ】」
完全詠唱による召喚の場合のみ、大量の魔力と引き換えに一時的に能力を行使することが可能となる。
通常の戦闘では完遂できないであろう完全詠唱による、絶大な力を持つ最上位精霊の召喚。
ネレウスの心象からすれば、これはズルだ。
「≪フェータル≫」
頭上の魔術陣が砕け、空間が割れる。
割れた空間から、太陽が落ちた。
その聖なる威光は訓練場に居る魔力抵抗力の低い者を昏倒させ、耐えた者も顔を青ざめさせて地面を見つめることしかできない。
ネレウスが召喚したのは神格をも有する最上位の精霊。
弱き者には直視すら許されない。
しかし、フォシエルには見えている。
太陽が如く光り輝く球は雫。
その雫がゆっくりとネレウスに落ち、身体の輪郭を揺らす。
召喚したネレウスすら苦悶の表情を浮かべており、かなり無理を通して使役していることが判る。
頭には月桂冠が巻き付き、背には鷲の翼。
生来の見目の良さと合わさり、正に天上人の様だ。
【私が説得し私が契る。
一、我が尊体を視る事を禁ずる
二、我が尊体を縛る事を禁ずる
三、魔術の行使を禁ずる】
ネレウスの口から響く厳かな女性の声は世界を説得し、新たなルールを制定する。
誰も召喚者を視る事はできない。
如何なるものも召喚者の行動を制限できない。
召喚者以外は魔術を行使できない。
そう、世界のルールが書き換わる。
事実、宣言された時点でネレウスの姿を誰も認識できなくなっている。
フォシエルは試しに指輪に込められた魔術を起動してみたが、それも不発。
「ぐあっ」
直後フォシエルは脇腹に衝撃を受け、数メートルバウンドする。
そのまま受身を取り、直ぐに呼吸を整える。
「【硬ぇな!】」
何処からともなくネレウスの声が響く。
音が広い訓練場にこだまし、詳細な位置が掴めない。
フォシエルは片膝を付き、右手で片手剣を地面に突き立て、左手で心臓部を守るように胸に手を当てて防御姿勢で魔力を練る。
(時間稼ぎか…?
あまり長く続かない事がバレてんなァ)
「【どこまで耐えられんだァ?】」
ネレウスが猛攻を仕掛ける。
背中、腕、脚。傷は増えるが、フォシエルの膨大な魔力で硬化した身体には最初の脇腹への不意打ちのような有効打が通らない。
(これなら、どうだッ)
焦れたネレウスは枯渇間近の魔力を限界まで剣に込め、全力で斬りかかった。
フォシエルの思い通りに。
「【…は?】」
フォシエルは心臓部に当てていた手で、頭上に玉状の物体を軽く放り投げた。
それはポーション。
特別なものでも何でもない。
市販でよく見かける丸瓶に詰められた緑色の液体型のポーションだ。
それが大きく輝き、爆発した。
内容物は即座に気化し、ガラス片以外の物理的衝撃はない。
代わりに撒き散らしたのは光と音。
一瞬の光の後に残っていたのは地面に倒れ伏し悶えているネレウスと、片手剣の切先を突き付けるフォシエルの姿だった。
「うぅ、オエ、なんだよコレ…」
精霊との同化も解け、立ち上がることもできなくなった。
詰みだ。
「ポーションに臨界点まで魔力を注ぐと起こる魔力の拡散反応だよ。
ある程度魔力で防御すればただのスタングレネードだけど、防がなければ猛烈に酔う。
身体の内側を魔力で揺らされるからね。」
ネレウスは最後、反撃を考慮せず全ての魔力を剣に込めた。
なぜなら宣告の二つ目≪如何なるものにも縛られない≫は、物理的干渉を受けないという効果だからだ。
見えないからといって無暗に剣を振り回してもすり抜け、一方的に攻撃ができる。
宣告の内容も、物理攻撃が効かないことを悟られないようにしている。
それなのに、フォシエルは魔力での反撃を選択した。
実のところ、物理攻撃が効かなかったことには気付いていない。
ただ魔力枯渇状態にある不可視の敵に最も有効な攻撃を試しただけだが、それこそ経験の差が出たと言えよう。
「ク…ソ…おぼえて…いやがれ…」
「そこまで。勝者フォシエル!」
こうして、6年を経た再戦はフォシエルの勝利で幕を下ろした。
そのまま離れようとするフォシエルに、ネレウスは最後に声を掛ける。
「エイレーネには、謝れ、よ」
「…なんでそんなに」
フォシエルが問おうと振り返ると、ネレウスはもう気絶していた。
そのままプラトンへ一言告げ、訓練場を後にする。
「担架――って、ナニコレ!?ほとんど全員気絶してるじゃない!?」
「クロエ先生…」
エイレーネの治療を済ませたクロエが戻ると、まさに死屍累々。
≪フェータル≫の神威で気絶した生徒が多数、そこを何とか乗り切った者もポーションクラッカーを喰らってグロッキー状態。
訓練場で立っているのは教師二人と、もう一人。
「先生」
「おぉ、ラグティル」
黒髪に眼鏡を掛けた生真面目そうな男子生徒。
よくネレウスとエイレーネと共にいる男だ。
「よく無事だったな。
それだけで成績を上げたいぐらいだ」
「いえ、丸い物の発光が見えたから防御を固めただけです。
この後は如何されますか?」
「とりあえず全員起こして総評だな。
今は…2限終わりか。
介抱で3限目は潰れるとして、4限目の時間でフィードバックだ。」
「承知しました。
3限目の間、医務室へ行っても問題ありませんでしょうか」
「手伝ってくれねぇのかよ。
いや、そういえばそうだったな。行ってよし」
「あ、じゃあそこの金髪の子ついでに運んどいてくれない?
魔力欠乏が酷そうだから点滴打っちゃうわ」
そう言ってクロエが指差すのはネレウス。
「…かしこまりました。
エイレーネの容態は如何ですか?」
「ん?あの水色の子?
一旦全部治療して、今は栄養剤打ってるとこ」
「ありがとうございます」
それだけ返すとラグティルはネレウスを雑に担ぎ、その場を後にする。
「…ハァ~~~~~~~~~……」
「大変そうね、プラトン先生」
「大変なんてもんじゃありませんよ…。
理事長め、こうなること前提で担任にしてくれやがって!
こっちは単なる冒険者上がりだってのに」
「だからではありませんか?
下手に真面目な先生だと病んじゃいますよ」
「それは…そうかもしれませんなぁ」
「で、これはどんな状況で?」
「半分は神威に曝されて気絶、もう半分は魔力酔いです」
「えぇ…」
プラトンが起こし、クロエが診察、処置していく。
予想通り、全員が揃って教室に戻る頃には3限目が終了する時間だった。




