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85.仮面舞踏会⑦


 静まり返った会場内に、パチパチと小さな拍手の音が響く。

 その小さな音は、やがて大きな音となって温かく会場内を包みこんでいた。



「……エマ、泣き止んで」


「む……無理、です。だって、私っ…」



 零れ落ちる涙と共に、今までの様々な記憶や感情が胸の中に溢れかえる。それを止めろと言われても、とても自分の意思で止めることはできなかった。


 レオナールが微笑みながら立ち上がり、エマの腕を引いて抱きしめる。



「………!」


「泣き顔を大勢に見られるより、この方がいいかと思って」



 大勢に泣き顔を見られるか、抱きしめられているこの状況を見られるか。エマが言葉にできずに葛藤していると、カツンと靴音が響いた。



「―――レオナール」



 国王がレオナールの名前を呼ぶ声に、エマはビクッと反応を示してしまう。

 レオナールはそんなエマの体を優しく抱きしめたままだ。



「陛下、何でしょう」


「これだけの騒ぎが起きた中、何でしょう、だと?……全く…強情なところは誰に似たのか……」


「ふふ、間違いなく貴方に似たと思いますよ」



 楽しげな声は、王妃のものだろう。さすがにこのまま顔を隠すわけにはいかず、エマはレオナールの胸元を押して体を離した。


 国王と王妃の周囲は人垣が割れており、皆が揃って頭を下げている。エマも膝を折り頭を下げ、スカートの裾を摘んで持ち上げる。



「……両陛下にご挨拶申し上げます。王家の方々が開催してくださった舞踏会の場を、騒がせてしまったことを深くお詫び……」


「よい、私たちは全て見ていた。君のせいではないだろう…顔を上げなさい。……衛兵よ、あの令嬢を連れて行け」



 国王の一言で兵が数名集まり、項垂れて大人しくなった令嬢を連れて行く。凶器となった小型ナイフと、割れたエマの仮面も回収されていった。

 国王の碧眼が会場内を見渡すと、この場の全員に聞こえるよう声を張り上げた。



「皆さん、このような事態が起こり誠に申し訳なく思う。本日はこれをもって仮面舞踏会を終了とする。この事件の詳細については後日必ず伝え、改めて詫びのパーティーを開くことを約束しよう」


「……陛下、俺は…」


「待てレオナール。その先の発言はこの場では控えるんだ」



 鋭い眼差しが向けられ、レオナールはぐっと口をつぐんだ。

 やはり国王には自分の存在が認められないのかもしれないと、そう思ったエマは悔しさから手を握る。

 けれど、そのあとに国王から届いた言葉は意外なものだった。



「……エマと言ったな。君が繋いだ縁を、軽視するようなことはしない」



 そう言った国王の視線が、エマの周囲へと向けられていることが分かった。

 ラザフォードにオレリア、アンリ、ルーベン、ウェス、シルヴァン、セイン…ランベール公爵にウォレス、そしてグレース。

 皆がエマの身を案じ、すぐに駆けつけてくれていた。


 エマはまた滲みそうになる涙を堪え、微笑みながら頭を下げた。



「……レオナール、あとで二人揃って私の私室へ来なさい」


「……はい、陛下」


「ラザフォード、この場の対応はお前に任せる。最後までやり遂げてみせるんだ」


「はい、お任せください」



 頭を下げたラザフォードがすぐに動き始め、セインがエマの肩を叩いてから追いかけて行く。エマはシルヴァンを見た。



「……シルヴァン、私は大丈夫ですのでラザフォード殿下の指示に従ってください」


「はい、分かりました。これ以上の無茶はしないでくださいね」



 しっかりと小言を残し、シルヴァンがセインに続く。レオナールはアンリの名前を呼んだ。



「アンリ、お前も行け。兄さんを手伝ってほしい」


「はい」


「それからオレリア、お前は…」


「私はお兄さまに何と言われようと、エマを医務室へ連れて行きますっ!」



 オレリアがエマとレオナールの間に割って入り、エマの顔をずいっと覗き込む。眉をつり上げてもその美貌は崩れていない。



「いいわね?エマ。ドレスが破れているんだから、ちゃんと診てもらわないとダメよ」


「……はい、オレリアさま」


「行きましょう、エマ。レオナールお兄さまこそ、ラザフォードお兄さまを手伝ってあげてください」


「ははっ、そうだな。エマを頼んだ、オレリア。あとで必ず医務室へ行く」



 レオナールがオレリアの頭をポンと叩く。オレリアは嬉しそうに笑って頬を赤らめたあと、エマの手を取った。

 エマはレオナールに頷いてから、まだ近くに立っていた国王と王妃を見る。気のせいか、二人とも優しい表情をしているように思えた。



「国王陛下…あとでお伺い致します」


「ああ、しっかり診察を受けてくれ。それと……レオナールを護ってくれて、ありがとう」



 小さな声で呟かれた言葉に、レオナールが目を丸くした。オレリアや残っていたルーベンとウェスも同じ反応をしている。

 くりると背を向けて去って行く国王の背中を、レオナールはじっと見つめ続けていた。






***



「……今日はやけにドレス姿のご令嬢が来るなぁと思ったら、君もか」



 医務室に入ると、医師がエマの顔を見るなりそう言った。苦笑するエマの隣に立つオレリアに気付くと、サッと立ち上がり頭を下げる。



「オレリア殿下、お久しぶりでございます。まさか、殿下までお怪我を…?」


「違うわ。エマよ…お腹を刺されたの」


「さ、刺された!?」


「大丈夫です。仮面越しなので…少しチクッとした程度ですから」



 眉を寄せた医師が、エマに座るよう指示してから破れたドレスを見た。「失礼するよ」と言ってドレスにハサミを入れ、腹部をじっと観察する。



「……確かに、傷はないようだが…」



 医師がちらりと視線を上げ、言いにくそうに口を開く。



「君は、リディに心配をかけたくて(ここ)にいるわけじゃないんだろう?何度も危険な目に遭っているじゃないか」


「……先生は、母が王都に住んでいたとき、身分や髪色で苦しんでいる姿を見たことがありますか?」


「え?……ああ、それは…何度もある。私が庇い立てして、余計に当たりが強くなることもあった」


「私がここにいるのは、大好きな人と一緒に…そんな現実を変えるためです」



 エマが微笑むと、医師は「参ったな」と言ってガリガリと頭を掻いた。



「何も知らず、余計なことを言ったな。許しておくれ」


「ふふ、母の恩人に許さないも何もありませんよ」


「……ありがとう。さて、診察に戻るが…何か気になる症状はあるか?」


「いえ、特には…。あ、そういえば先生…」



 エマはリリアーヌに任せていた令嬢の話をしようとしたが、医務室の扉が勢いよく開いたので言葉を止めた。

 そこには、髪を振り乱した使用人姿のミリアが立っていた。



「―――エマァ…!!」



 ミリアはエマを見た途端に瞳を潤ませ、思いきり抱きついてきた。その体を受け止めながら、震える背中を優しく撫でる。



「姉さん…ごめんね、心配かけた?」


「心配するに決まってるでしょおぉぉ!?私は会場に入れないし、急に招待客の人たちがぞろぞろ帰って行くと思ったら、エマが刺されたけど無事だったとか聞こえてくるし……!無事なのよね!?」



 ハッとして体を離すミリアが可笑しく、エマは笑ってしまう。



「無事よ、大丈夫。……それより姉さん、落ち着いて聞いてね」


「え、何?まだ何かあるの?」


「……オレリアさまが、いらっしゃるんだけど」



 ミリアの瞳が、エマからゆっくりと隣へ移っていく。

 オレリアに気付けば大慌てをすると予想していたが、ミリアは努めて冷静にスカートの裾を摘んで礼をした。微笑んだ口元がピクピクと動いていなければ完璧だった。



「……大変失礼いたしました、オレリア殿下。いつも妹がお世話になっております」


「ふふっ。こうしてお話しするのは初めてなのに、何だか初めてな気がしないわね」



 楽しそうにオレリアが笑うと、ミリアは安心したように息を吐いた。

 開きっぱなしの扉に気付いた医師が「やれやれ」と言いながら立ち上がると、その扉から今度は別の人物が現れる。



「エマ、本当に無傷だったのか!?……ってミリア!?」


「あら、騎士姿が似合わないセインじゃない」


「セイン兄さん、ラザフォード殿下のサポートは終わったの?」


「ああ、大体は……ってオレリア殿下!?」



 大声を出したあと、セインは素早く姿勢を正して礼をする。とても綺麗だが、ミリアより表情が固まっていた。エマは心のなかで『不合格』と言い渡す。

 オレリアがまた楽しそうに笑い、医師が肩を竦めている。



「ちょっと君たち、ここは医務室なんだが……」


「エマさん、調子はどうですか?」

「……正直に言うんだぞ。強がるとあとで後悔する」

「エマ〜、あの仮面すごい役立ったねぇ!」



 アンリ、ルーベン、ウェスがぞろぞろと入室し、医師は注意の言葉を飲み込んだようだ。最後に入って来た人物を見ると、深く頭を下げる。



「レオナール殿下、お疲れ様です」


「ああ、そちらもいつもありがとう。……エマ、迎えに来たんだ」



 レオナールが微笑みながら近付いて来た。少し汗をかいたのか、前髪が額に貼り付いていてる。

 エマはその不思議な色気にくらりとしながらも、静かにイスから立ち上がった。



「はい―――行きましょう」



 国王と王妃が待っている。

 この先にどんな結末が待っていようと、エマはただ突き進むしかなかった。



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