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7.エマリスとレオ


 エマは、もう二度と会えないと思っていた存在を思い出す。



(―――レオ。王女だった私の護衛騎士。大好きだったのに、可愛げのないことしか言えなかった。大好きだったのに、最後まで気持ちを伝えられなかった…)



 “レオ”とは似ていない容姿を持つ、この国の第二王子レオナールが、前世で護衛騎士をしていた“レオ”だという。



 エマの手の甲に口付けたレオナールは、唇をそっと離すと碧い瞳を向けた。

 どくんと心臓が高鳴り、エマの体中に甘い痺れが走る。



(うそ、うそ。本当にレオ?本当に―――…?)



「―――レオナール殿下!」




 鋭い声が響き、エマの思考が一度中断される。

 レオナールは小さく舌打ちをすると、再度エマの手の甲に口付けをしてから立ち上がる。



「なんだ?アンリ」


「なんだ、じゃありません…!」



 駆け寄って来たのは、金髪に黄土色の瞳の青年だった。

 レオナールに負けず劣らず、とても綺麗な顔立ちをしている。



「この場をどう収めるおつもりですか…!」



 アンリと呼ばれた、側近と思われる美青年は、ちらりとエマを見てそう言った。

 その目がさらに周囲の状況を確認するように動き、エマもつられて周囲を見渡す。



 突然の出来事に、村人の誰もがポカンと口を開けていて動かない。

 プラチナブロンドの第二王子と大勢の騎士の登場に、思考が追いついていないことがよく分かる顔をしている。


 村長は気を失っているのか、妻が必死に呼びかけていた。レオナールの存在を隠していたことを、エマ心の中で謝る。



 そして、エマの家族も同じような反応を示していた。

 エマが六歳くらいのとき、ナイフとフォークを使って優雅に食事を始めた姿を見たときと同じ顔で、レオナールとエマの顔を交互に見ている。



 いくら“レオ”のときの記憶があるとしても、目の前の人物は“第二王子のレオナール”だ。

 きっと上手く言い訳をして、この場を収めてくれるだろうとエマは思っていたのだが。



「アンリ。俺は今、心が震えてどうにかなりそうなんだ。邪魔しないでくれ」


「はい!?知りませんよそんなの!」


「そんなこと言うな。これはきっと、運命だ。お前は俺の運命を妨げようとしてるのか?」


「………」



(ああ、レオ。側近の人からすごく憐れんだ目を向けられてる。大丈夫かこいつ?って顔が言ってる)



 エマは忘れていた。“レオ”はエマに…“エマリス”に関しては、ものすごく残念な感じになる人だったということを。



「あ……あのっ!」



 このままでは王子のレオナールとしての威厳が失われてしまうと感じたエマは、ビシッと手を挙げた。



「とりあえず、村のみんなには状況を明日改めて説明する、ということにして、私の家に来ませんか?お話を聞きたいです」



 側近のアンリに向かってそう言えば、レオナールがムッとした顔をエマに向ける。



「エマリスさま。どうしてアンリが必要なんです?俺だけでいいでしょう」


「……そういうわけにはいかな…、いきません。レオナール殿下」


「…………!!」



 あからさまにショックを受けた顔をしているレオナールから、エマは目を逸らす。


 エマはただの村娘で、レオナールは第二王子。

 今世では、その事実は決して変えることができない。

 もう軽口を叩くことなんて、できないのだ。



 エマがぎゅうっと自分の手を握りしめれば、爪が手のひらに食い込んで痛かった。

 夢じゃないと分かるからこそ、どうすればいいのか分からなくて苦しくなってしまう。



「……エマの、言う通りです。レオナール殿下」



 エマの肩にそっと手を置き、そう言ってくれたのは母親のリディだった。



「あなたさまが、エマに突然そのような態度をとるようになった理由を…私たち家族に、教えていただきたいです」


「母さん…」



 リディは真剣な目でレオナールを見ていた。マークやミリア、セインまでも同じようにレオナールを見ている。


 エマの家族の視線を受け、レオナールはフッと微笑んだ。



「本当に……素敵な家族に、恵まれましたね」



 嬉しそうにそう言われ、エマはぎゅっと心臓が苦しくなった。

 ……“レオ”は、前世で“エマリス”が家族から酷い扱いをされていたことを知っている。


 言葉を詰まらせたエマに、レオナールはとても優しい眼差しを向けながら口を開いた。



「では……一度ゆっくりと、話をしましょう」






 まだ混乱していた村人に対して、レオナールは何かを手早く説明していた。

 エマはそれを遠くから眺めながら、手の届かない存在になってしまったかつての護衛騎士に対して、寂しい気持ちを覚える。



 そのあとエマたちの家に戻り、テーブルを囲んでいるのだが、とても狭い。


 エマたち家族五人でちょうどいい部屋は、レオナールと側近三人を追加するには狭すぎた。

 側近三人はぎゅうぎゅうに並びながら、部屋の中を物珍しそうに眺めている。

 ここが人が住む部屋?物置部屋では?などと思っていそうな顔だ。



 レオナールとバチッと視線が絡んでしまったエマは、気になっていたことを聞いてみる。



「あの…、ラッカム…伯爵?と呼ばれていた人は、何をやらかしたんですか?」


「ああ、それは…」


「お待ち下さい殿下。この娘に説明する必要はありません」



 キリッと眉を寄せ、レオナールの言葉を遮ったのは、短く揃えられた茶髪の男性だった。側近三人の中では、一番年上に見える。


 レオナールは大きなため息を吐いた。



「……ルーベン。この娘、というのはやめてくれ。お前も見ただろう、彼女の勇姿を」


「それは…そうですが、」


「確かに、見事な体捌きでしたねー!」



 ルーベンと呼ばれた側近の隣で、小柄な少年が朗らかな声を上げる。

 無造作に広がった金髪は、アンリという側近とはまた違う色味だ。大きな灰色の瞳が、探るようにエマに向けられる。



「何か習ってるの?それとも自己流?」


「ええと…」


「ウェス、探りを入れるな。俺がエマリスさまに教えたんだ」



 不機嫌そうなレオナールが、サラリととんでもないことを口走った。

 思わず固まってしまうエマの背中を、ミリアがバシバシと叩いてくる。



「エマ、どういうこと?殿下とお知り合いだったの?っていうか、エマリスさまって何?」



小声でぶつけられた質問は、もう笑って誤魔化せる内容ではなかった。

 それでも、エマは自分からこの場で話せることだとは思わない。

 急に「私、前世は王女だったの」などと言い出せば、いろいろとヤバい女になってしまう。



(……あれ、でも待って。レオナール殿下から説明してもらうにしても、「こいつは殿下を洗脳したんだ!」とか側近の人たちに言われない?)



 エマがそんなことを考えていると、側近たちがざわついていることに気付く。



「殿下が教えた…?どういうことだ、アンリ」


「っていうか、どうして殿下が平民の子をさま付けで呼んでるのー?ねえ、アンリさん」


「二人して、俺に聞くなっ」



 両隣の側近に説明を求められたアンリは、イライラしたようにレオナールを見る。



「レオナール殿下!ご説明を!お願いします!!」



 レオナールの碧い瞳が、エマを捉えた。

 その深い碧に、吸い込まれてしまいそうな感覚に陥る。

 “レオ”とは違う瞳の色。でもその強く優しい眼差しは、間違いなく“レオ”のものだった。


 とても綺麗な笑顔で、レオナールが口を開く。



「……エマリスさまは、前世で素晴らしい王女だった。そして俺は、エマリスさまの護衛騎士だったんだ」



 静まり返る部屋の中で、エマはそっと瞼を閉じた。

 ―――この先の平穏を、祈りながら。


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