78.側近会議
「―――それでは、第三回側近会議を始める」
小さな部屋に男五人が集まり、アンリが厳かな雰囲気でそう言った。
けれど、その雰囲気は一瞬にして壊されることになる。
「いつの間に二回開催されてたんですか〜?え、アンリさんてばオレのこと除け者にしてます?」
「……おかしいな、俺も今回が三回目だという記憶はない。この顔触れで集まったのは初めてじゃないか?」
ウェスが不満そうに口を尖らせ、ルーベンが真面目な顔で眉を寄せている。アンリの口元が引き攣る様子を、セインは「顔がいいのに勿体ない」と思いながら見ていた。
隣で何故か気配を消しているシルヴァンも、きっと同じことを思っているだろう。
「……分かった、もう何回だって一緒だな。とにかく議題は仮面舞踏会についてだ」
アンリは苛立ちを隠そうとははせず、それぞれの前に書類の束を配り始めた。
早速手に取ったセインは、パラパラと捲りながら内容にザッと目を通す。仮面舞踏会の内容、当日の流れ、兵の配置、招待客名簿…その他諸々の詳細が丁寧に纏められており、思わずその場で拍手を送りたくなるところだった。
セインは一人の人間としてアンリを尊敬していた。
レオナールのために動き、エマだけではなくセインやミリアにも公平に接してくれる。常に忙しく動き回っているはずなのに、無茶な要望でも最終的には受け入れてくれるのだ(しっかり嫌な顔はする)。
「あの……アンリさま」
セインは遠慮がちに手を挙げた。手練れの側近たちの視線が一斉に向けられ、ごくりと喉を鳴らす。
「この兵の配置の中に、俺たち側近は含まれていませんよね?当日の具体的な動きをこの場で話し合うということでしょうか」
「…………」
セインの言葉に、アンリがぐっと拳を握った。何か失礼なことを言ってしまったかと焦っていると、アンリが肩を震わせ始める。
「……ようやく…まともに会議が……!ようやく……!」
「ちょっとアンリさん、まるでオレとルーベンさんの三人のときは、まともに会議できなかったみたいな言い方じゃないですか〜」
「その通りだろ!……おっと、また議題から逸れる。とにかくあなたの言う通りです、セイン」
セインに向けられた晴れやかな笑顔を見れば、アンリがいつも苦労をしているのだろうということが分かる。
けれど、一線を引いた敬語で話されることで、まだ信頼は得ていないことに気付かされてしまうのだ。
「アンリさま、最初に確認させてください。俺とセインはラザフォード殿下の側近ですが、舞踏会当日はどちらかがエマさまの護衛につくことは可能ですか?」
書類を捲りながら、シルヴァンがそう問い掛ける。
セインの先輩騎士として、シルヴァンは毎日のように指導をしてくれている。つい最近までは平凡な騎士として働いていたと聞いたとき、セインはとても驚いた。
そして、シルヴァンがやけにエマを気にかけてくれていることも、なかなか信じられないでいる。
けれど―――と、セインは先日の出来事を思い出した。
隣国の王女グレースが訪問に来た日、セインはエマのカリスマ性を目の当たりにした。門番のオスカーに掛けた言葉は、間違いなく彼の心に沁みたように思えた。
さらには、いつの間にかグレースの心も掴んでいた。同盟の話を聞いたとき、こうもトントン拍子にエマの優位に事が進むのかと驚いたほどだ。
前世が王女だったという妹のエマ。
セインにとってエマは大切な妹であり、前世が王女だからといって態度を変えるつもりはない。
エマはレオナールの隣に立つことを望み、そのために懸命に頑張っている。セインの望みは、そんなエマの願いを叶えるためにサポートをすることだ。
そして、その望みは同じく妹のミリアと一致し、二人は揃って王都へ来る道を選んだ。
「そうですね…他の婚約者候補の手前、表立った護衛は揉め事の元になるので遠慮してください。陰ながらこっそりなら大丈夫です」
アンリの答えに、シルヴァンは考えるように顎に手を添える。セインはすかさず口を開いた。
「それなら、シルヴァンさんがエマの護衛をお願いします」
「……俺が?」
「はい。シルヴァンさんの方が俺より確実にエマを護れますので」
エマから聞いたところ、仮面舞踏会ではまず何かが起こると思っていて間違いないらしい。
それに対してミリアは「女の嫉妬は恐ろしいからねぇ」と呑気に言っていたが、王家主催のパーティーで何かを起こそうという気になる人物がいることが、そもそもおかしいとセインは感じていた。
真剣な顔をしていたセインを見て、シルヴァンが笑みを零す。
「てっきりセインとは、エマさまの護衛を奪い合う仲になると思っていたな」
「え!?……言っておきますが俺は、将来エマの側近になりたいとまでは思っていませんよ」
「そうかなのか?あんなに仕えがいがある人なのに」
「……そこのお二人、あなたたちは一応ラザフォード殿下の側近ですからね?」
アンリから呆れたような声を掛けられ、セインとシルヴァンは口を揃えて「そうでした」と答える。ウェスが可笑しそうにケラケラと笑った。
「ラザフォード殿下、人気ないなぁ〜。でもオレは、前よりずっと好きになりましたけどね」
「……オレリア殿下もそうだ。レオナール殿下の味方だとハッキリ分かった時点で、俺はお二人のことも護らなければと…そう思った」
ルーベンが真面目な顔でそう言い、アンリが同意するように頷いた。レオナールの側近として仕える三人は、エマが現れてから目まぐるしく変わる状況の中で毎日を過ごしているはずだ。
エマの存在を煩わしく思ったこともあるだろう。それでも結果的にこうやって、エマのために動いてくれている。
「俺は俺のできることを、精一杯やらせてもらいます。何でも言ってください」
力を込めてそう言えば、アンリたちは顔を見合わせてフッと笑った。
おかしな事を言ったつもりがないと首を傾げたセインに、微笑んだアンリが口を開く。
「……やはりあなたは、エマさんのお兄さんですね」
温かみを含んだその言葉に、セインは照れ笑いを返していた。
***
無事に側近会議という名の打ち合わせを終えたアンリから、レオナールは書類を受け取った。
仮面舞踏会は着々と近付いて来ており、城内ではその話題で持ちきりになっている。
綺麗に纏められた書類に目を通しながら、レオナールはアンリの名前を呼んだ。
「……アンリ。両陛下に動きはあったか?」
「いえ、見受けられません」
「そうか……」
ポツリと呟きながら、レオナールは不安を感じていた。
国王への仮面舞踏会開催の提案は、ラザフォードが請け負ってくれた。事前に細かくそれらしい理由付けを考えていたおかげで、提案は思ったよりすんなりと通った。
それは、ラザフォードの提案だから通ったのだろうという思いが強い。
国王に本来の目的に気付かれてしまえば、せっかくの計画が無駄になってしまう。グレースという強力な味方もできた今、仮面舞踏会がここ一番の大勝負となる。
レオナールとエマの婚約が認められるかどうかが、その日に懸かっているのだ。
「……レオナール殿下、そう思い詰めないでくださいよ」
険しい顔でじっと書類を見つめていたレオナールに、アンリがそう声を掛けてくる。
「もし失敗しても、何度だって挑戦しましょう。俺が知っているあなたは、そう簡単に諦める男ではないでしょう?」
「そうだな…。というか、失敗とか言うな」
「最悪の事態を想定して動けと、とある方に以前叱責されましたから」
それがラザフォードの言葉であると、レオナールはすぐに気付く。
前回は軽率に婚約者候補のフリをエマに頼んでしまったが、今回は違う。レオナールは、本気でエマを婚約者にと望んでいる。
「失敗したら……エマを連れて、どこか辺境の地にでも逃げるか」
励まそうとしてくれているアンリに、最悪の事態を想定した先に浮かんだ未来を投げかけてみた。「それはやめてください」と冷静に返されるかとレオナールは予想したが、驚くことにアンリは優しく微笑んだ。
「―――俺たちはどこへでも、あなたについて行きますよ」
真っ直ぐな忠誠の言葉に、不安が渦巻いていた心が晴れ渡る。
レオナールは今世での出会いに感謝しながら、心からの笑顔を浮かべていた。




