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74.他国の婚約者候補①


 日の光を浴びて輝く長い金髪に、大きな緑色の瞳。

 質素なワンピースから伸びる長い手足は、健康的な色をしている。


 目の前の美女がいくら軽装でも、漂っている気品にエマは気付いた。そして、彼女がアンリが出迎えに来た人物だということも。



「グレースさま……!」



 血相を変えたアンリが、慌てて美女に駆け寄った。



「もう門をくぐっておられたんですか?護衛はどちらに?」


「そうね、この辺りをさまよっていると思うわ。それか、先に城へ向かっているかも」


「……つまり護衛を撒いた、という解釈で合っていますね?」


「あら、さすがアンリね」



 グレースがくすくすと笑えば、その周りだけ空気が澄んでいくように見えた。通りすがりの男性たちが、グレースの姿をよく見ようと首を伸ばしている。

 そんな周囲の様子を気にも留めず、グレースはエマに視線を向けた。



「それで、先ほどの問いだけれど。貴女がエマ・ウェラーで合っているかしら?」


「……はい。お初にお目にかかります、グレース・ラマディエ王女殿下」



 エマが頭を下げて挨拶をすれば、楽しそうな笑い声が耳に届く。



「私のことを知っていたのね。他の婚約者候補のことなんて眼中にないのかと思っていたわ……顔を上げてちょうだい」



 ゆっくりと顔を上げながら、エマはグレースの挑発に似た言葉を受け止める。口元には笑みを浮かべたが、内心では愚痴を零していた。



(……レオナール殿下の他の婚約者候補が、気にならないわけないでしょ!全員頭に入ってるわよ!)



 グレースは隣国ラマディエの第一王女で、レオナールの唯一である他国の婚約者候補だ。


 グレースが選ばれたのは、国王同士が仲が良いからのようだ。

 ラザフォードには既に何人か他国の婚約者候補がいたため、レオナールの婚約者候補となった。実際にグレースは婚約者候補の中で一番レオナールと会った回数が多いという。

 そして、レオナールの側近たちとも知った仲であり―――レオナールの婚約者に一番近い存在だと、ラザフォードからこっそりと聞いていた。



 レオナールの隣国の婚約者候補が、仮面舞踏会を三か月後に控える中、王都へ来ている意味。それは恐らく―――…。



「ねぇエマ。私、あなたとお話ししてみたいわ」



 花が咲くようにグレースが笑う。これが単なる友好的な誘いではないといういうことが、セインとミリアにも分かったようだ。

 二人の視線が導かれるようにアンリへと向き、アンリは魂が口から飛び出てしまいそうな顔をしていた。


 同じレオナールの婚約者候補だとしても、平民のエマが王女のグレースの誘いを断ることは出来ない。

 例え断ることが出来たとしても、逃げることはしないだろう。ここで逃げれば、レオナールの婚約者の座を諦めたも同然だ。



「……はい。私でよければ、喜んで」



 燃え上がる闘志の感情を表に出すことなく、エマはふわりと微笑んでみせた。

 グレースは笑顔のままエマの手を取り、突然街中に向かって走り出す。慌てたようなアンリの声が背後から飛んできた。



「グレースさま!?どこへっ……」


「もちろん観光よ!ついてこなくていいわー!」



 手を引かれながら振り返れば、呆然と立ち尽くすアンリが目に入る。これはまた心労が増えただろうな、とエマは思った。

 セインの腕を掴んで揺さぶっているミリアと、動揺から剣の柄に手を掛けているセインに向かって大きく手を振る。心配しないで、の合図だ。



「ふふっ。少し強引だったかしら?身の危険を感じる?」



 楽しそうにグレースが問い掛けてくる。悪戯な顔も美人だなと思いながら、エマは首を横に振った。



「グレース殿下が私に何かするつもりなら、わざわざ大勢の前で私に接触する必要はないと思います。それに……」



 エマは一度言葉を区切り、言っていいものか迷いながらも口にする。



「……護衛の方たちが近くにいますよね?なので、身の危険を感じるのは私がグレース殿下に何かをしてしまったときですね」


「驚いた。貴女、本当に平民の子なの?」



 走る速度を弱めながら、グレースが苦笑した。鋭い指摘にギクリとしたエマは、平静を装いながら話題を変更する。



「ところで、本当に観光するわけではないですよね?その……レオナール殿下の、お話ですよね…?」



 レオナールの名前を口にした瞬間、エマは心臓の鼓動が速まる音を感じた。

 グレースは他国の王女だ。弱さを見せればあっという間にレオナールの婚約者の座を取られてしまうと分かっているだけに、どうしても緊張してしまう。



(……レオナール殿下の婚約者に相応しくないって、言われちゃう?渡さないって宣言される?それとも、大人しく身を引けって諭される……?)



 ドクンドクンとうるさい鼓動に、エマは耳を塞ぎたくなった。

 裏通りの露店が立ち並ぶ道でグレースは足を止める。エマの手を掴んだまま振り返り、誰もを魅了するほどの眩しい笑顔を浮かべた。



「レオナールさまの話なんて、どうでもいいのよ!」


「…………え?」



 聞こえた言葉が信じられず、エマは瞬きを繰り返す。

 グレースは呆然としているエマの両手をぎゅっと握りしめた。



「私はただ本当に、貴女のお話を聞きたいだけなの、エマ。どうやってレオナールさまの婚約者候補まで上り詰めたの?悪事に手を染めた侍女を一掃したんでしょう?パーティーで暴漢を蹴散らしたって本当?それから……」


「ちょ、ちょっとお待ちくださいっ!」



 ぐいぐいと距離を詰めてくるグレースに、エマは混乱しながらも声を上げる。

 予想もしていなかった質問の数々に答えるより先に、肝心なことを確認しなければならない。



「グレース殿下は、レオナール殿下の婚約者になりたいわけではないんですか?」


「ええ、そうよ。親が勝手に決めただけだもの」


「そ、そうなんですか……?」



 そのアッサリとした態度に、グレースが嘘をついているわけではないとエマは思った。強張っていた体から力が抜けると同時に、どうして?と疑問が浮かぶ。

 先ほどの矢継ぎ早の質問から察するに、グレースが王都へ来た目的は、最初からエマに接触することだったのだろうか。



「それで?貴女に関する噂はどこまでが本当なのかしら?」



 目を輝かせるグレースは、まるでその体から光を放っているかのように眩しい。エマは目を細めながら口を開いた。



「あ、悪女の噂のことですか?」


「悪女?……ああ、そんなチンケな噂は信じていないわ。貴女が悪を成敗した噂の方よ!」


「成敗……」



 その言い方ではまるで、エマが正義のヒーローになったかのようだ。

 だんだんと痛んできた頭を抱えたくなりながらも、エマはちらりと周囲に視線を走らせる。



(グレース殿下の護衛の人たちは、近付いてくる気配はない。いくら殿下がお忍びの格好をしていても、溢れ出る王女の気品は隠せないし、とりあえず……)



 エマは覚悟を決め、グレースの手を握り返した。



「グレース殿下、どこかのお店に入ってゆっくりお話ししましょう」







***


 エマがグレースを連れて入ったのは、セインとミリアとよく行く大衆食堂だ。

 王女を連れて行くような場所ではないが、いつも賑わっていて隠れるのには丁度いい。グレースは物珍しそうにきょろきょろと眺めていた。



「エマ、何を頼むの?果実酒を頼んでもバレないかしら?」


「お酒はダメですよ。果実水にしましょう。念のため、私が先に毒見しますね」



 他国の王女に万が一があれば大変な騒ぎになる。そう思っての提案だったが、グレースは悲しそうに眉を下げた。



「そんなこと、しなくていいわ。私たち、もうお友達でしょう?」


「お友達…」


「ええ。年齢も同じくらいじゃない?どうかグレースと呼んでちょうだい」


「グレース殿下、それは…」


「グレース」


「……グレースさま」


「グレース。敬語も無しよ」


「……グレース。私の負けよ」



 がっくりと肩を落としたエマを、グレースが満足そうに見ている。なかなか押しの強い王女のようだ。


 頼んだ果実水が届くと、グレースが嬉々として飲み始める。一気に半分ほど飲んだあと、口元をハンカチで押さえながらにこりと笑った。



「さあ、エマ。貴女の武勇伝を早く聞かせてちょうだい!」




 エマは果実水を一口含み、口の中を潤した。

 それからグレースの望む“武勇伝”とやらを話し始めるのだった。



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