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66.追放の過去①


 レオナールは、前世の記憶を幼い頃から覚えていたわけではない。

 けれど、前世で“護衛騎士レオ”として過ごした時間は、レオナール自身の心に深く刻まれていた。



 物心がつく頃から、自分のプラチナブロンドの髪色を見ると胸が痛む瞬間があった。

 貴族が髪色で差別をし、暗い髪の人間に冷たく当たるところを見ると、激しい怒りが湧き上がった。

 それが何故か分からないまま、レオナールは城で働く人たちには分け隔てなく接していた。


 王都の視察に出るときも、レオナールは平民と普通に話していた。けれど、兄のラザフォードは髪色の明るい人ばかりと話している。



「ラザフォード兄さんは、髪色で差別をしているのですか?」



 ある日の夕食の席で、レオナールは唐突にそうラザフォードに訊ねた。部屋の空気がヒヤリと冷たくなったことを今でも覚えている。

 それでも、十代のレオナールにはその周囲の反応が不思議で仕方なかった。


 ラザフォードはナイフとフォークを置き、口元を拭ってからレオナールに笑いかけた。



「……レオナール。僕は差別なんてしていないよ」


「そうですか?でも、髪色の明るい人とばかり話していました」


「はは、そんなつもりはないよ」



 ラザフォードの答えを聞いて、レオナールは首を傾げながらも、たまたまなのかと納得をして食事に戻ろうとした。

 けれど途中で、酷く冷たい目をした国王がレオナールを見ていることに気付く。

 ぞくりと悪寒が走り、視線に気付かないフリをしながら味のしなくなってしまった料理を噛みしめていた。


 思えばこの日を境に、国王からの口出しがレオナールに対してだけ増えていった気がする。



 決定的となった出来事は、城内で理不尽な差別の言動を見かけたレオナールが、平民の騎士を庇ったその日の夜だった。

 国王の私室へと呼ばれたレオナールは、側近のルーベンを連れて部屋を訪れた。


 部屋の中にはラザフォードとオレリアの姿もあった。それを疑問に思いつつも、レオナールは国王に向かって頭を下げる。



「……失礼いたします、陛下。夜更けにどうされましたか?」


「レオナール。お前は騎士の小競り合いに首を突っ込んだそうだな」



 開口一番にそう問われ、レオナールはピクリと眉を動かす。



「はい。明らかに髪色を理由に虐げている輩がいましたので」


「そんなものは放っておけ。王子であるお前が関与する必要はない。お前がすべきことは、他にも沢山あるだろう」


「……では、あの場で無視をすることが最善だったと言うのですか?」



 非難するような声が出てしまい、レオナールはハッとして口をつぐむ。国王はどこか失望したような目をしていた。



「いちいち全てを説明しなければ分からないのか?……小さな声を聞いたところで、それより大きな声があれば全てが無意味になる。私たち王族に、全てを拾い上げる力は無い」



 国王のその言葉は、「立場の弱い者は捨て置け」という言葉となってレオナールに届いた。

 そしてその非情な言葉を黙って飲み込めるほど、レオナールは聞き分けの良い人間ではなかった。



「お言葉ですが、陛下。手を差し伸べた先にこそ、我々王族の望む光景が広がっていると俺は思います」


「それは、何の差別もない、分け隔たりのない夢のような世界か?」


「はい」


「……そんな呆れた夢を望んでいるのは、お前一人だ。レオナール」



 国王の深いため息が部屋に溶け込む。細められた目が、レオナールの後ろに控えるルーベンへと向けられた。



「そこのお前が選んだ側近は、平民の出だろう。もう一人身元の不明な者もいたな?いい機会だ……選び直せ」


「なっ……!?」


「王族たるもの、自分の周囲には優秀な人間を置け。優秀で、誰もが認める身分のある者をだ」



 冷たい声が、ルーベンの心を抉っているのが分かった。レオナールは悔しさから両手を握りしめる。

 ルーベンは平民で、ウェスは孤児のため身元不明だ。けれど、実力を見込んでレオナールは二人を側近に選んでいた。

 もう一人の側近であるアンリも同じだ。彼は貴族であるが、身分など関係なく優秀な人材だと思い引き抜いた。



「……人の優劣を判断するのに、見た目は関係ありません。髪色や出身の違いなど、実力の前ではなんの妨げにもならないではないですか!」


「そのようなことはない。実力があればあるほど、その者が貴族であれば敬われ、ただの平民であれば嫉妬の対象に変わる。これは変えられない事実だ」


「ですがっ……!」



 言い返そうとしたレオナールは、そこでぐっと言葉を飲み込んだ。最初から“貴族”と“平民”で分けて考えている国王には、何を言っても届かないと感じたのだ。

 それでも、レオナールには譲れないものがある。



「……俺は自分で選んだ側近たちを、選び直すつもりはありません」


「そうか。ならば、頭を冷やすために一度王都から出て行け」


「…………!?」



 聞こえた言葉が信じられず、レオナールは目を見張った。ずっと黙ってその場にいたラザフォードとオレリアも、同じように目を丸くしている。



「王都の外の森の奥に、今は使われていない小屋がある。そこを好きに使えばいい」


「陛、下……?」


「お前の考えが間違っていると分かったならば、再びこの城へ戻ることを許そう」



 国王の瞳は、とても冗談を言っているようには思えなかった。だからこそレオナールは傷付き、救いを求めるように兄妹へと視線を向ける。

 庇ってもらえるのではという淡い期待は打ち砕かれ、ラザフォードは首を横に振り、オレリアは唇を結んで震えるだけだった。


 ただ一人、ルーベンだけが顔を青白くさせながら異を唱えた。



「陛下……!私がレオナール殿下の側近を辞退いたします!ですからどうか、殿下を王都の外へ追放なさるなどっ……」


「―――いや、ルーベン。その必要はない」



 精一杯強がりながら、レオナールはルーベンを制した。



「陛下、お言葉通り俺は王都を出ます。一度側近たちの任は解きますが、俺が再び城へ戻ったときは、再び側近として呼び戻します。……これだけは譲れません」


「……分かった」



 国王の返事を聞いたあと、レオナールはすぐに背を向けた。ラザフォードとオレリアの顔を見ることなく、真っ直ぐに扉へ向かう。

 扉から出る直前に、レオナールは最後に一言言おうと振り返った。



「―――俺は、考えを変えるつもりはありません。それでも必ず、この城へ戻って来ます」



 国王の反応を待たず、レオナールはルーベンを連れて部屋を出ると自室へ戻った。


 部屋で待機してくれていたアンリとウェスに事情を話し、荷物を纏め始めたレオナールを、側近たちは何も言わずに手伝ってくれる。



「……俺がいない間、肩身の狭い思いをさせると思うが…戻るまで耐えてくれるか?」


「何を言ってるんですか。俺たちも一緒に行きますよ。そうだろ?ルーベン、ウェス」



 アンリがそう訊くと、ルーベンとウェスは揃って頷いた。



「……勿論だ。俺は一生、レオナール殿下について行きます」


「オレもオレも〜。殿下といると毎日楽しいですから!」


「アンリ、ルーベン、ウェス……」



 つい緩んだ涙腺を悟られないように、レオナールは俯いて荷物を纏める手を動かした。



「……ありがとう。俺はお前たちの想いに恥じないよう、俺のやり方で必ずこの城へ戻ると誓う」



 こうして、レオナールは側近たちを連れて深夜にひっそりと城を出て行った。



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