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63.兄姉の動き②


 どうしてミリアがいるのだろうか。

 エマは幻覚ではないかと瞬きを繰り返すが、ミリアは立ち上がってエマの両手を握る。手のひらから伝わる温もりは、決して幻覚などではない。



「え……姉さん、何してるの!?」


「え?見れば分かるでしょ?使用人になったのよ!」



 以前は同じ服に袖を通していたので、ミリアが使用人になっていることは分かる。エマが訊きたいのは、使用人になった理由だ。

 ミリアが王都で使用人になりたがっているなど、聞いたことはなかった。さらに、頬が腫れている理由も気になってしまう。



「ああもう、何から訊けば……」


「エマさん、とりあえず先に、私があなたを探していた理由を話してもいいかしら」



 ジャネットにそう言われ、エマは慌てて頷いた。ジャネットはちらりと視線をミリアに向けてから口を開く。



「あなたのお姉さんが使用人になったのは、ちょうどあなたがランベール公爵領へ出発したあとよ。それから毎日、ミリアさんは何かしらケガをしているの」


「ま……毎日ですか?」



 エマはミリアの腫れた頬を見る。そしてそれ以外のケガを探そうと視線を巡らせた。

 すると、ミリアが可笑しそうに笑う。



「エマ、頬以外は見えないわ。転んだときの擦り傷や打撲の痕だから」


「……もしかして、嫌がらせ?」



 毎日のケガの原因に思い当たったエマは、思いきり眉を寄せてしまった。城内で髪色の差別は目立たないとはいえ、全くないとは言い切れない。

 ミリアは「うーん…」と言葉を濁した。代わりにジャネットが状況を説明してくれる。



「ミリアさんは、エマさんの噂話の現場に遭遇し、別の使用人と口喧嘩になったのよ。それで頭に血が昇った使用人に頬を叩かれたの。転んだのも、突き飛ばされたり足を掛けられたりしたからでしょう」


「あは、その通りですね」


「もう姉さん!笑い事じゃないからっ…!」



 ミリアのケガの原因は差別からくる嫌がらせではなく、エマを悪意ある噂から庇ってくれたことだったらしい。それを疎んだ人間にケガをさせられたのだ。

 ジャネットがため息を吐いてからエマを見る。



「……このまま毎日問題が起きるようなら、私は侍女長としてミリアさんを解雇せざるを得ないの。アンリさまの推薦もあるし、エマさんのお姉さんだし、できれば解雇はしたくないわ。だからエマさん、あなたの帰りを待っていたのよ」



 どうやらジャネットは、ミリアが他の使用人たちと揉め事を起こすことをエマに止めてほしいようだ。エマとしても、大切な姉が傷つく姿は見たくない。

 エマは大きく息を吸うと、できるだけ真剣な顔でミリアをじっと見据える。



「ミリア姉さん、私の噂は放っておいていいから。自分でなんとかする」


「でも…エマ。私たちはエマの味方になりたくて、城内で働けるようアンリさまに無理を言ってお願いしたの」


「…………ちょっと待って。私()()?」



 アンリに無理を言ったという話もとても気になるが、それ以上に気になる言葉があった。

 ミリアの言う“私たち”とは、ミリアと誰のことなのだろうか。


 嫌な予感を拭えずに、エマはミリアの答えをじっと待つ。すると。



「そうよ?私とセイン、二人で王都に来たの。あ、セインは騎士見習いになってるわ」


「…………」



 エマは額に手を当て、がっくりと項垂れた。

 医師が「リディの子どもたち大集合だなぁ」と呑気に笑っている。ジャネットはこんなときでも綺麗な姿勢を崩していない。



(そう言えば…さっき先生は母さんの子どもはみんな頬を腫らす…とか言ってたよね?もしかしてセイン兄さんも何か問題を?)



 考えれば考えるほど、エマの思考は一つの結論に辿り着く。

 これは―――アンリにさらに負担がかかる案件であると。



「姉さん……私の味方になるために、わざわざ王都で働く選択をしてくれたことは本当に嬉しい。ありがとう」


「……でも、迷惑だった?」


「私は迷惑じゃないけど、このままだと何度もお世話になってるアンリさまに迷惑がかるかもしれないの。このままだと過労死寸前よ」



 少し大げさにそう言えば、ミリアは口元を両手で覆った。とても緊迫した表情をしている。



「過労死…それは困るわ。まだ何も恩返しできてないもの」


「でしょ?だからお願い、姉さん。使用人のの仕事を極めて―――いつか私がレオナール殿下の隣に立てたとき、私の侍女になってくれる?」



 エマが少し緊張しながら放った言葉を聞いて、ミリアは途端に嬉しそうに顔を輝かせた。再度エマの両手を掴み、ぶんぶんと上下に振る。



「……うん!もちろん!私たちが働き始めるときに、エマが殿下の婚約者候補になれたってアンリさまから聞いて……私とセインは、エマの味方でいられる場所を目指すことに決めたから」



 エマがミリア宛に出した、婚約者候補となった旨を知らせる手紙は、どうやら行き違いになってしまったようだ。

 それでもこうして、ミリアとセインの二人がエマの味方になる道を求めて王都に来てくれている。

 そのことが、エマにはとても嬉しかった。



「ありがとう、ミリア姉さん。まずはその頬のケガの手当てを再開してもらってね」


「あ、そうね。エマのいろんな痛みに比べたら、こんなものどうってことないけど」


「比べなくていいの。……先生、姉をお願いします。それから侍女長、もう問題はないと思います」



 医師とジャネットは顔を見合わせてからエマを見る。何故か二人とも楽しそうに微笑んでいた。



「いいねぇ。リディの娘さんがレオナール殿下の婚約者になるのかぁ」


「私が見込んだ使用人が、殿下の婚約者に選ばれたらとても名誉だわ」



 自分がレオナールの婚約者になるのだと豪語していたことに気付き、エマはすぐに顔を真っ赤にするのだった。






***


 ミリアと今日の夜に会う約束を取り付けてから、エマは医務室を出た。

 予想外の事態に少し戻るのが遅れてしまい、足早にオレリアの部屋へと向かう。


 息を整えてから扉をノックすれば、すぐに弾けるように扉が開いた。



「―――エマ!待ってたのよ!」


「ルシア?」



 顔を輝かせたルシアに出迎えられ、エマは首を傾げながらも部屋に入る。数日ぶりのオレリアの部屋に、特に変わったところはなさそうだ。

 オレリアは中央のソファにゆったりと腰掛けており、リリアーヌが紅茶を注いでいる最中だった。



「オレリアさま、ただ今戻りました。外出許可をいただきありがとうございます」


「お帰りなさい、エマ。あなたが不在の間、ルシアとリリアーヌはとても寂しがっていたわよ」



 オレリアがくすくすと笑いながらカップを口元へ運ぶ。洗練された優雅な動作がとても美しい。

 すぐ近くで、ティーポットを抱えたリリアーヌが顔をサッと赤くした。



「オレリアさま、別に私は寂しがってなどいません。ただエマがいないと周囲が静かだなと思っていただけです」


「ふふっ。リリアーヌ、ルシア。二人とも私の仕事の分まで働いてくれてありがとう。今日から倍以上働くわね」



 エマが笑うと、リリアーヌは「当たり前でしょ」と言ってツンとそっぽを向く。ルシアは未だにキラキラとした瞳をエマに向けていた。



「エマ、おかえり!それとありがとう!」


「……え?なんのお礼?」


「私、エマのおかげで運命の人に出逢えたのよ!」



 ますます訳がわからず、エマは助けを求めるようにリリアーヌに視線を向けた。大げさに肩を竦めている。



「もう…あんたは話の脈絡がないっていつも注意してるでしょ、ルシア。要するに、ルシアの運命の相手はエマのお兄さんらしいわよ」


「え……セイン兄さんに会ったの!?」



 驚いてそう訊くと、ルシアは照れたように笑う。とても可愛らしいがエマは複雑だった。



(セイン兄さん…セイン兄さんかぁ〜…。声はいいし歌は上手いけど、口悪いし。それに騎士って…剣なんて握ったことないよね?)



 ううん、と唸っていたエマを、オレリアが楽しそうに見ながら口を開く。



「ジャネットから聞いたけど、お姉さんも城内で働き始めたのでしょう?愛されているのね、エマ」


「……それはありがたいんですけど…とても心配です。特に兄が」



 思わず顔を歪めてそう言うと、オレリアは笑いながら視線を窓の外へ向ける。オレリアの部屋からは、騎士の訓練場がよく見えるのだ。



「それなら、一度様子を見に訓練場へ行ってきていいわよ?でもまず先に、レオナールお兄さまと領地へ行った話を聞かせてほしいわ」


「それはもちろんですが……オレリアさま、いいんですか?」


「ええ。私もエマの味方だもの。知らなかったかしら?」



 少しだけ悪戯に笑うオレリアは、レオナールにそっくりだった。

 エマは幸せを感じながら、まずはランベール公爵領で何があったかを話し始めた。



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