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62.兄姉の動き①


 エマたちがランベール公爵領を出たのは、エマが公爵の姪だと分かった日の翌々日だった。

 作物に関する報告書をまとめ、実際にそれ以上の問題がないことを確認してからの出発だ。


 手配していた馬車が公爵邸の前に停まり、真っ先に不満げな声を上げたのはウォレスだった。



「レオナール殿下、あと数日滞在しません?」


「これ以上帰るのを遅らせると、残してきた側近たちが倒れるかもしれないからな」


「あ、そうですよね。殿下の仕事を捌くのは大変ですもんね」



 納得したようにウォレスが手をポンと叩き、レオナールはにこりと微笑んでいる。

 そのやり取りを見ながら、エマは城に残っているアンリとウェスの姿を思い浮かべた。

 二人が倒れるかもしれない、とレオナールが言ったのは、激務の意味ではないだろう。笑顔のラザフォードにこき使われる姿(特にアンリ)を想像し、エマは心の中でエールを送った。



「……それにしても、ずいぶんとレオナール殿下に執心中なのね、ウォレス」


「公爵家の息子として生きる決意をした俺は、ようやくレオナール殿下の素晴らしさに気付いたんだ」


「へぇ。まだまだこれからね」


「はっ、次会ったときは成長した俺を見て驚くと思うぞ、エマ」



 ランベール公爵の姪だと分かったエマと、養子のウォレスの関係性は出会った頃とは変わっていた。

 互いに対等な関係になろうと話し、エマはウォレスに対する敬語をやめた。兄弟が増えた気分になり、少し嬉しいのは黙っておく。


 エマとウォレスが話す様子を、一番嬉しそうに見ていたのはランベール公爵だった。



「エマがあの村にいたままだったら、こうして会うことも、真実を伝えることもなかっただろう。どんな経緯があったにせよ、私は嬉しいよ」


「はい。私も…嬉しいです」


「頑張れよ、エマ。俺と父さんが、お前の後ろ盾になってやるからな」



 胸を張ってそう言ったウォレスを見て、数日前とは別人みたいだなと思いながらエマは笑った。

 これもまた、前世がエマとレオナールを繋いでくれたことによって生まれた縁だ。


 ふと視線を感じたエマは、優しい表情のレオナールと目が合った。レオナールは微笑むと、エマに近付いて来てエスコートの姿勢を取る。



「名残惜しいのも分かるが、城へ帰ろうか」


「……はい。レオナール殿下」



 エマは微笑み返しながら、レオナールの腕に手を添える。それからランベール公爵とウォレスに向かって、もう片方の手を振った。

 二人とも笑顔で手を挙げて反応してくれる。


 エマは満ち足りた気分で馬車に乗り込み、窓の外をランベール公爵とウォレスの姿が見えなくなるまで眺めていた。

 それから前を向いて座り直すと、レオナールが拗ねたように口を尖らせていることに気付く。



「どうされました?」


「他の男と仲が良いところを見て、いい気はしないなと思って」


「他の男??」



 もしかしてランベール公爵とウォレスのことを言っているのだろうかと、エマは瞬きを繰り返す。



「私にとっては身内ですよ?」


「分かってる。でも対等に話せるのが羨ましい。シルヴァンも俺の予想よりエマに惚れ込んでいるようだし…」


「シルヴァンは…何ていうか、前世のレオに似たものを感じます」



 エマは苦笑しながら、ここ数日のシルヴァンの言動を思い返していた。

 数歩引いて見守ってくれているかと思えば、ここぞというときにはちゃんと意見をくれる。優秀な護衛騎士だった“レオ”を見てきたからこそ、シルヴァンの優秀さも分かるのだ。

 ―――今のエマの身分では、勿体ないと思うくらいに。



(ラザフォード殿下の側近になった方が、もっと活躍できると思うけど、それをシルヴァンは望まなかった。私の護衛騎士になることを望んでいるなら……私がもっと頑張って、シルヴァンの評価も伸ばしてあげればいい)



 エマがそう考えていると、レオナールの眉間のシワが一層深くなった。明らかに不機嫌だ。



「前世の俺に似てる……ね。そうですか」



 スイッチが切り替わったかのように、レオナールを纏う雰囲気が変わった。エマはまずいと思ったが、ここは馬車の中で、逃げ場はない。

 レオナールは揺れる馬車の中にも関わらず立ち上がると、エマの隣に移動してきた。



「で、どこが似てるんです?俺があなたを想う気持ちさえも似ていると?」


「お、想うって……レオナール殿下??」


「答えてください。あなたを敬愛しお護りしていた俺と、あの実力を隠す面倒くさいタイプのシルヴァンが似ていると!?」


「わ、分かった!似てない!レオとは全く似てない!!」



 ぐいぐいと顔を近付けてくるレオナールに耐え切れず、エマは両手でレオナールの胸の辺りを押しながら否定した。

 すると、途端にレオナールは満足そうに笑みを浮かべる。



「良かった。シルヴァンの隣に立ちたいと言われたら、どうしようかと」


「……そんなこと言いません」



 エマは呆れながら端正なレオナールの顔を見る。今世ではより一層格好良くなっているが、中身はやはり少し残念だ。

 けれど、その残念な部分すらエマは愛おしく感じている。



「ランベール公爵のおかげで…婚約者候補として一歩進めた気がします」


「まさかエマの叔父だとはな…。公爵家の血が流れているのに、それを堂々と宣言できないのが歯痒いな」


「大丈夫です。貴族でなくても、私はあなたの隣を目指すだけですから」



 ふふっと笑えば、レオナールが険しい顔で胸元を押さえる。



「……今ここで抱きしめるのは?」


「ダメです。殿下は公務で移動中ですので」



 エマはそっぽを向きながら、ドキドキと高鳴る心臓を押さえつけていた。遠回しに「仕事中でなければいいけど」と言ってしまった。

 レオナールの笑った声が小さく響く。



「そうか。なら()()やめておこう」


「はい。……()()、ダメです」



 馬車が揺れる度に肩が触れ、他愛ない会話をしている間もずっと、エマは全身に熱が巡っていた。





***


 城へ到着すると、エマはレオナールと別れてオレリアの部屋へと向かうことになった。

 レオナールはラザフォードの元へ報告へ向かうらしい。アンリが生きているといいけど、と何故か悪戯に笑いながらルーベンを連れて去って行った。


 それまで背後に立っていたシルヴァンが、靴音を鳴らしてエマの隣へ並ぶ。



「では、俺は訓練場へ戻りますね」


「はい。ついてきてくださって、ありがとうございました」



 シルヴァンの立ち位置は、未だに中途半端にぶら下がってしまっている。それはエマがレオナールの婚約者候補であると同時に、オレリアの侍女でもあるからだ。

 オレリアの侍女でいる間は、オレリアを差し置いて護衛をしてもらうわけにはいかない。



「……私、頑張りますので…その、今後もよろしくお願いします」



 エマの言葉に、シルヴァンはフッと口元を緩めた。この場に姉のミリアがいたら、キャーキャーと騒ぎ出しそうだ。

 レオナールの他の婚約者候補たちの動向には注意しているが、シルヴァンを狙う女性たちにも注意しなくてはと、エマは心に留める。



 シルヴァンと別れ一人で城内を歩き始めたエマは、落ち着いた気持ちだった。

 すれ違う使用人たちの嫉妬の入り混じる視線も、ただの羨望の眼差しも気にならない。取り入ろうと声を掛けてくる人たちは、笑顔で躱すことができる。


 それは全て、レオナールの言葉の力だった。



 ―――『側近としてじゃない。俺の隣で、笑っていてほしい。俺の隣にいるあなたを―――護らせてほしいんだ』



 あの時の言葉を思い出すだけで、エマは何があっても強く生き抜こうと、そう思える。

 前世で叶えられなかった恋を、今世で叶えたいと頑張れるのだ。



 上機嫌でオレリアの部屋を目指していたエマは、反対から歩いて来る人物を見て「あ」と声を上げる。



「侍女長!お久しぶりです」


「エマさん、ちょうど良かったわ。探していたの」



 侍女長のジャネットにそう言われ、エマは近付いてから足を止めた。探していたということは、何か用事があるのだろう。



「もしかして、レオナール殿下の婚約者候補になった件ですか…?」


「違うけれど、その件に関してはおめでとう。探していたのは、あなたのご家族の件なのよ」


「……家族ですか?」


「とりあえず、ついてきてちょうだい」



 ランベール公爵との血縁関係がもう届いているのかと思ったが、エマたちはつい先ほど到着したばかりだ。

 疑問符を浮かべながらジャネットについていくと、連れて行かれたのは何故か医務室だった。


 中へ入ると、エマの母親リディが助手としてついていた医師が、使用人の手当てをしている。エマとジャネットに気付き片手を挙げた。



「お、来た来た。リディの子どもはみんな、頬を腫らす通過儀礼でもあるのかと疑いたくなるよ」


「…………え?」



 エマは目を見張った。医師と向かい合って座っていた使用人の姿が、幻覚かと思ってしまったのだ。

 エマと同じ色の髪がサラリと揺れ、同じ色の瞳が向けられる。



「エマ!……会いたかった!」


「―――ミリア姉さん??」



 姉のミリアが何故か使用人の服を着て、腫れた頬を押さえながら笑っていた。



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