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49.生誕祝いパーティー④


 ウェスの登場からすぐ、バタバタと騎士が駆け寄って来る。その中からシルヴァンの名前を呼ぶ声があった。



「シル!何があった!?」


「ああ、俺にもまだよく……」



 エマはウェスに状況を説明したかったが、騎士たちが多く声を出せない。

 シルヴァンがエマの正体をバラさないことを祈りながら、じりじりと後退してその場から逃げ出そうとした。

 ところが、振り返った瞬間誰かにぶつかってしまう。



「……っ」



 顔を上げれば、そこにいたのはオレリアだった。綺麗な顔を歪ませ、エマの両肩をがしっと掴む。



「ケガは?大丈夫なの?」



 エマが頷くと、オレリアは安心したように息を吐く。そのままエマの向きを変え、客室の方へと背中を押して促した。



「ウェス、客室へ連れて行くわ。お兄さまにそう伝えて」


「は〜い了解しました」



 ウェスは未だに倒れたままの男の背に座っている。ぺこりと頭を下げながら、エマはオレリアに従った。

 用意されていた客間に入ると、オレリアの怒涛の質問攻めが始まる。



「それで?何があったの?あの男たちは誰?狙われたのはエマなの?」


「オレリアさま、私にもまだ分かりません。でも、今の私はウィッグを被った婚約者候補役ですので……狙いは、今回のパーティーで()()()()()殿()()()()()()()()()()()()()()だと思います」


「レオナールお兄さまの……つまり、今夜選ばれなかった婚約者候補の嫉妬による犯行、ということね?」


「そう思います。ただ…少し計画性があったので、前々から準備されていたと思います」



 エマはじっと床を見つめて考えた。南棟の客室へ向かう先で待ち構えていた人物がいたということは、レオナールの婚約者候補を狙った犯行に間違いはない。

 北棟はラザフォード、南棟はレオナールの管轄と決まっているからだ。

 そしてあの男たちは、招待客に紛れていても不審がられない人物だということだ。


 エマの思考を遮るように扉をノックする音が響いた。返事をする間もなく扉が開き、中に入ってきたのはラザフォードだ。



「ラザフォードお兄さま!?」


「ラザフォード殿下…どうして……」


「どうしても何も、レオナールに頼まれたんだよ。エマの様子を見てくれと……僕は今の今まで、レオナールの婚約者候補として選ばれたのが君の変装だと、知らされていなかったんだけどね」



 不貞腐れたようにそう言ったラザフォードは、エマの近くまで来るとウィッグを取った。黒髪がハラリと視界で揺れ、今世で見慣れた色に少し安心する。



「すみません。ラザフォード殿下は今回の計画に直接関係はないからと、レオナール殿下が…」


「全くあの独占欲が強い弟は……事前に教えてもらっていたら、もう少し僕が対応できたのに。それで、大丈夫?」



 ウィッグを近くのソファに投げたラザフォードが、エマの顔を覗き込む。レオナールと似た顔にドキリとしながらも、「はい」と返事をして頷いた。



「シルヴァンさま……あ、護衛騎士さまのおかげで、何ともありません」


「ああ…彼から聞いたよ。男を一人、自分で倒したんだって?」



 じとっと睨むような視線を向けられ、エマは苦笑する。すぐに反応を示したのはオレリアだった。



「男を一人…!?もう、何をやっているの!」


「オレリアさま、私は一人くらいなら倒せる腕を前世で叩き込まれましたので」


「王女のときに?男を倒す術を?」



 信じられないとばかりに眉を寄せられる。当然の反応だ。エマはまだ、前世で冷遇されていたことを話してはいなかった。

 けれど今は、エマの身の上や護身術のことを話している場合ではない。



「ラザフォード殿下。捕らえた男たちは、貴族ですか?」


「下級貴族の令息と、とある家の護衛騎士も混ざっていたよ。狙いは明確で、レオナールの婚約者候補だ」



 なかなか婚約者候補たちと交流をしないレオナールに痺れを切らした公爵家の令嬢が、下級貴族の令息と護衛騎士を唆して計画を立てたらしい。

 捕らえた男たちはアッサリと口を割ったようで、「口止めが甘くて助かったね」とラザフォードが肩を竦めた。



「レオナールは今、その公爵家の令嬢から話を聞いているところだ。君を痛めつけて婚約者候補から外すという目論見は失敗に終わったけど……バカなことをするものだ」


「それほど……レオナール殿下の婚約者になりたかったんですよ」



 その令嬢がしたことは、決して許されることではない。けれど、恋い焦がれる気持ちが分かってしまい、エマはなんとも言えない顔で笑った。



「でも、私で良かったです。他の婚約者候補の方だったら無傷とはいかなかったと思いますし……私の役目は無事終えられましたね」


「もう、全然良くないわよ。無事でもないわ。エマ、あなた感覚が麻痺してるわよ」


「全くだね。いくら君が普通の女性ではないとしても……これが日常だとは思わないでくれ。君の周りには、心配する人間がたくさんいる」



 オレリアとラザフォードの言葉に、エマは目を丸くした。

 前世から苦難の連続ばかりだったため、確かにこれがよくあることだと受け入れてしまっている部分があった。

 それがおかしいことだと、こうして教えてくれる人たちが、心配してくれる人たちがいる。前世の味方は一人だけだったが、今世ではそうではない。



「……はい。ありがとうございます」



 緩んだ表情を隠しきれずにそう言うと、オレリアとラザフォードが揃って呆れたような顔をする。



「危機感が足りないな。今回の件が公になれば、謎の婚約者候補に対する関心は高まるはずだ。今夜限りで収まる状況じゃないと思うね」


「でも…今夜限りの契約ですから。あ、もう一つ懸念事項がありまして……護衛騎士さまに正体がバレてしまいました」



 ラザフォードの驚いた顔を見るところ、シルヴァンはエマの正体をまだ誰にも話してはいないようだ。口が軽い人物だとは思ってはいないが、一人で抱え込むには重すぎる秘密だろう。


 平民の侍女が、どういうわけか変装してレオナールの婚約者候補としてパーティーに参加した。エマの素性やレオナールとの関係性を疑うには充分だ。



「シルヴァン……だったかしら。エマが囮になったときに助けてくれた騎士よね?そんなに鋭いの?」


「ええと…実はこれまで三回接触していて、積み重なった結果バレてしまったみたいです。下手な誤魔化しはきかない人だと思うので…」



 どうしましょう、と眉を寄せたエマに、ラザフォードが腕を組んでソファに座った。



「ひとまず、その騎士についてはレオナールも交えて話した方がいい。……エマ、君はもうただの平民には戻れないと思ったほうがいいね」


「……大丈夫です。レオナール殿下の隣に立つことを望んだ時点で、平坦な道が続くわけではないと覚悟していますので」


「隣、ね」



 ラザフォードが意味深に笑う。きっともう、エマの思惑は筒抜けだろう。

 レオナールの隣に立ちたい。婚約者になりたい。そんな貪欲な願いを叶えるために、エマは婚約者候補の役を受け入れた。

 次は、どうやって本物の婚約者候補の座を獲得するかが問題だ。



「お兄さま、エマはこのまま客室で一泊するのですか?心配なのですけれど……」


「外に衛兵を配置するよ。明日の朝、レオナールの側近でも迎えに寄越そう。今夜の結末も含めて、話す場を設けなければいけないしね」



 ラザフォードは「エマを休ませてあげよう」とオレリアの背中をトンと叩いた。オレリアは頷きながらも、気遣わしげな視線をエマに送る。



「……ゆっくり休んでね、エマ。私はあなたの無事をリリアーヌとルシアに伝えるわ」


「はい。ありがとうございます、オレリアさま」



 扉から出ていこうとする二人を見ながら、エマは聞こうと思っていたことを思い出した。



「すみません最後に一つだけ……国王陛下は、どこまでご存知なのですか?」



 エマの問い掛けに、ラザフォードの肩がピクリと反応する。振り返ったその顔に、いつもの笑みはなかった。



「―――陛下は、何も知らないよ」



 抑揚のない声でそう言うと、ラザフォードは暗い表情のオレリアと共に扉の向こうへと消えた。

 パタンと静かに閉まった扉を見つめながら、エマは深く息を吐き出した。



(これは、もしかして……最大の難関は国王陛下ね?)



 エマはソファの上にあるプラチナブロンドのウィッグを手に取り、しばらくの間思考を巡らせていた。



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