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47.生誕祝いパーティー②


 シルヴァンの登場により、エマはそれ以上レオナールと会話をすることができなくなってしまった。


 パーティー開始の時間までレオナールたちが談笑する様子を、にこにこと笑顔を貼り付けて聞いている―――フリをする。

 内心でエマはパニック状態だった。



(ちょっと待って、どうしてよりによって護衛騎士がシルヴァンさまなのよ!?私はもう三回も接触してるんだけど!?仮面をつけたときと、オレリアさまの侍女問題のときの二回の接触はレオナール殿下も知っているはずよね!?)



 残りの一回は、レオナールに見つからないように茂みに隠れたときだ。さすがに四回目の顔合わせとなると、正体を隠し通せる自信はない。

 侍女であるエマと、謎の婚約者候補であるエマリスの違いは、ウィッグで変えた髪の色のみなのだ。



(声を出せば、絶対にすぐバレるわ。あまり顔を見せたくないけど……俯いてばかりだと婚約者候補としての心象は悪いし…)



 事前に教えてくれればよかったのにと、エマは恨みがましい視線をレオナールに向けた。その視線に気付くことなく、レオナールは楽しそうにアンリをからかっている。


 扉付近にルーベン、ウェス、シルヴァンが並び、レオナールとアンリの会話に時々加わっていた。

 シルヴァンから視線を向けられそうになる度に、エマは上手く顔を背けているが、パーティーが始まればそうはいかない。


 ぐるぐると思考を巡らせている間に、アンリが壁の時計を見て声を上げた。



「そろそろですね…移動しましょう。レオナール殿下とエマ…リスさまが並んで入場し、数歩遅れて我々が入場しますので」



 アンリの説明に、エマは覚悟を決めてゆっくりと頷く。

 まずはこのパーティーで、自身の価値を証明してみせるのが目標だ。前世で王女だった頃の全てを、レオナールのために出し切るのだ。


 深く息を吸い込んだエマは、姿勢を正す。そのままスッと静かに立ち上がると、嬉しそうに頬を緩めるレオナールが手を差し出してきた。

 僅かに微笑んでその手を取り、動き辛いドレスをものともせずに歩き出す。



(さあ―――行くわよ)



 レオナールが隣にいる。それだけで、エマは勇気が湧いてくるのだった。







 会場へ足を踏み入れると、ワッと拍手と歓声が響く。その声は全て、レオナールの生誕を祝う言葉だった。

 そしてすぐ、人々の視線はエマへと集中する。あれは誰だ、と囁き合っているのが分かった。


 一夜限りの、謎の婚約者候補―――それがエマに与えられた役割であるが、一夜限りで終わるつもりはない。

 いつかまた、本当の姿でレオナールの隣に立ちたいと、エマは心からそう望んでいる。



 自然な笑顔で柔らかく微笑めば、周囲がほぅ、と息を吐く様子が見えた。第一印象は上手くいったようだが、問題はこのあとだ。

 壇上に並んで立ち、レオナールが片手を挙げると、ざわめきが徐々に収まっていく。



「―――本日は、私のためにお集まりいただきありがとうございます。ささやかな時間ではありますが、最後までどうぞお楽しみください」



 照明よりも輝いているのではないかと思うほどの笑顔で、レオナールがそう言った。大きな拍手が響くが、人々の視線はエマに固定されたままだ。

 レオナールが一言も紹介しなかったことで、余計に興味を引いてしまったのだろう。


 そのまま壇上から並んで下りていくと、あっという間に挨拶のための長い列ができる。

 エマは微笑みを貼り付けながら身構えた。



「レオナール殿下、この度はおめでとうございます!また一つ大人になられましたなぁ!」



 立派な顎髭を蓄えた恰幅の良い男性が、列の先頭でにこやかに笑ってそう言った。その瞳がちらちらとエマへ向けられる。



「……ところで、こちらのお美しい方はどのなたですかな?社交の場でお見かけしたことはありませんが…」


「彼女は今まで社交の場に出たことはないよ。今日も喉を痛めていて話すことは出来ないが、よろしく頼む」



 有無を言わさないレオナールの笑顔の圧に、男性はそれ以上何も言えないようだった。へこへこと頭を下げ、名残惜しそうに去って行く。

 それからも、レオナールへの祝いの言葉とセットでエマの正体を探る言葉が続き、その度にレオナールは笑顔で牽制している。

 そのおかげで、考えていた偽名や生い立ちはまだ誰にも話さずに済んでいる。



(さすがレオナール殿下……だけど、あまりにも私の正体が不明すぎて、不満そうな顔をしていた人たちが大勢いた。これが反発に繋がらないといいけど……)



 前世で反乱を起こされたことを思い出し、エマはぞくりと寒気に襲われた。もう二度とあんな思いはしたくない。



「レオナール殿下、おめでとうございます。ところで……そちらのお嬢さんは、殿下の婚約者候補のお方、という認識でよろしいですかな?」



 背の高い男性が、細い目をエマに向けてきた。その隣にはエマと同年代と思われる少女が、ドレスの裾を持ち膝を折っている。



「ああ、その認識で構わない。変わりはないか?ベックリー公爵」


「はい、おかげさまで。……殿下が我が娘をこの場で選んでくださっていたら、公爵家はより繁栄すると思いますけどねぇ」



 ベックリー公爵は口元に笑みを浮かべ、隣の娘を見た。どうやらレオナールの婚約者候補の一人のようだ。

 艷やかな唇で微笑みながらも、冷たい瞳でエマを突き刺すように見つめている。


 エマは相応しくないという公爵の遠回しな発言に、レオナールを取り巻く温度が急激に下がった。



「……彼女は婚約者候補の一人であって、婚約者だと確定しているわけではない。けれど、候補者の中で誰よりも輝いている存在なのは確かだ」



 こんなにも綺麗で冷たい笑みを見たことがなかった。エマは顔が引き攣りそうになってしまう。

 その笑みを向けられたベックリー公爵とその娘は、顔を青白くさせていた。レオナールの怒りを買ったのだと気付いたようだ。



「で、では、ぜひ今後とも我が娘と交流をしていてだけたら嬉しいです。失礼いたします」



 愛想笑いを浮かべ、ベックリー公爵が娘を引っ張るようにして去って行った。

 エマはまだ続く列に視線を走らせる。同じように親子と思われる組み合わせが並んでいるのを見て、内心ため息を吐くのだった。






***


 ようやく長蛇の列が捌け、挨拶を終えた人々は歓談に花を咲かせていた。

 そのタイミングでレオナールが背後に控えていたルーベンを振り返る。



「どうだ、問題はないか?」


「……はい、殿下。入城チェックでも問題はないそうです」


「…………」



 エマの視線に気付いたレオナールが苦笑した。



「過去には兄が手を出した女性が乗り込んで来たこともあるし、王家を逆恨みした者が乱入することもあったんだ」


「…………」



 その言葉に、エマも苦笑を返す。

 会場内を見渡せば、女性に囲まれるラザフォードの姿がすぐ目に入る。離れたところではオレリアの前に男性の列ができ、リリアーヌとルシアが目を光らせていた。


 壁に掛かった時計を見れば、そろそろダンスが始まる時間だった。壇上に楽団が入場し、ゆったりとした曲が流れ始める。

 レオナールが席を立ち、エマに手を伸ばした。



「さて、一曲踊っていただけますか?」


「…………」



 躊躇いなく手を重ねながら、エマは笑顔で頷いた。

 二人がダンスフロアまで足を進めると、人垣がパッと割れる。皆がエマとレオナールのダンスに注目していた。



「緊張は……していないな」



 レオナールがエマの表情を見て、楽しそうに笑う。全くその通りで、寧ろエマは久々のダンスに気分が高揚していた。

 音楽に合わせて滑らかに踊り出しながら、エマは自分なりの魅せるアレンジを加えていく。

 意外だったのは、レオナールがエマの動きに完璧に合わせて踊ってくれていることだった。当然ながら、前世で“レオ”と踊ったことは一度もない。


 不思議そうに見ていることが伝わったのか、レオナールがくすりと笑った。



「……あなたの踊りを、どれだけ間近で見ていたと?こうしてパートナーとして踊れるなんて、とても光栄ですよ」



 それは、思わず抱きついてしまいたくなるほど嬉しい言葉だった。代わりに指を絡めていた手をぎゅっと握り、エマは笑う。

 踊りの合間に体を寄せ、レオナールの耳元でずっと言おうと思っていたことを小さく呟いた。



「―――お誕生日おめでとうございます、レオナール殿下」


 

 嬉しそうに微笑むレオナールに、エマの胸がきゅっと締め付けられる。

 曲が終わった瞬間、温かい拍手が息を弾ませる笑顔の二人を包んでいた。



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