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46.生誕祝いパーティー①


 鏡を前にして、エマは言葉を失っていた。


 体にピタリと沿うように作られた、瞳に合う淡いピンク色のドレスは、幾重にも重なる生地がボリュームを出し豪華に見える。

 胸元や耳、腕に輝くアクセサリーは、シンプルだがとても高い宝石を使っている。目利きが見ればすぐにその価値に気付き、身に着けている者の身分の高さに気付くだろう。


 エマは綺麗に着飾った自分に驚いているわけではなかった。前世でドレスや宝石を身に着けることには慣れていた。

 驚いているのは、特注品だというウィッグを頭から被った自分が―――前世の王女エマリスとそっくりだったからだ。



(え……髪の色だけでこんなに似るもの?顔のパーツがそんなに変わっていなかったってこと?それとも化粧の力?)



 思わずペタペタと自分の顔を触れば、化粧を施してくれたリリアーヌに「ちょっと!」と怒られた。

 エマの隣では、ルシアが手元を震わせながらオレリアの髪をセットしている。複雑な編み込みが綺麗に出来上がっていた。


 前世で見慣れたプラチナブロンドの髪となったエマは、オレリアと並ぶと姉妹のようだ。



「私とは面識のない設定みたいだから、お互い初めまして感を出しましょうね、エマ」


「はい……胃が痛くなってきました」


「どうして?王女の頃はパーティーなんて手慣れたものだったでしょう?」



 オレリアの言葉に、エマは大きく頷くことはできなかった。確かに前世で住んでいた城では頻繁にパーティーは開催されていたし、他にも招待を受けて参加したことはたくさんあった。

 それでも、そのどれもが姉たちの引き立て役であり、“エマリス”が主役となることは一度もなかったのだ。


 楽しくもなんともないパーティーから、“エマリス”はよく“レオ”と抜け出して庭の片隅で談笑していた。



(今夜はレオナール殿下が主役の、生誕祝いのパーティー。その隣で婚約者候補として並ぶんだから、好奇の視線は絶対に逃れられないわよね…)



 鏡に映る自分をじっと見つめながら、エマはレオナールの隣に立つ姿を想像してみた。想像の中で腕を組んで寄り添ってみたところで、扉が叩かれる。


 中に入って来たのはルーベンだった。オレリアが分かりやすくそわそわと肩を揺らし、エマはくすりと笑ってしまう。



「……オレリア殿下、失礼します。これから人目につかないよう移動を開始します」


「え、ええ。エマを頼んだわ、ルーベン」



 髪にくるくると指を巻きつけるオレリアの後ろで、リリアーヌとルシアが微笑ましそうに口角を上げている。二人にもオレリアの気持ちは筒抜けのようだ。

 ルーベンの鋭い瞳がエマを捉え、「行くぞ」と言って歩き出す。


 エマはオレリアたちに手を振って扉を出た。次の瞬間には目の前が見えなくなる。



「!?」


「……落ち着け。人目につかない方法がこれしかなくて、我慢してくれ」



 ルーベンの声が頭上から振ってきたかと思えば、何やら大きな布を巻きつけられ、さらには担ぎ上げられた。

 人目につかないどころか、逆に注目されそうだ。

 けれど文句は言えず、エマは黙って今日の役割を頭で反芻することにした。



 謎の婚約者候補は、レオナールが辺境の地で出会った設定になっている。

 没落貴族で身寄りがなく、一人暮らしをしていた。ケガを負ったレオナールの手当てをしたことから接点を持ち、手紙のやり取りを続けていた。

 ―――そして今回、レオナールから婚約者候補の話を持ちかけたと、そういう設定だ。


 没落貴族なら、髪をプラチナブロンドにする必要はなかったのではとエマは思ったが、そこはレオナールとして譲れない部分らしい。

 髪色の差別の考えが根深い貴族を黙らせるには、王族に近い髪色の方が有利だと。


 エマが扮する謎の婚約者候補の名前は、前世から借りて“エマリス”となった。

 そして今日は運悪く喉を痛めて声が出ない、という都合の良い条件も追加されている。



「……着いたから降ろすぞ」



 どこかの部屋の扉が開いた音が響き、エマの体がゆっくりと降ろされる。布を取ってもらい、辺りをきょろきょろと観察した。



「ここはどこですか?」


「……控室のようなものだ。すぐ近くに大広間がある。もう少しすればレオナール殿下が迎えに来るから待っていてくれ」


「はい。分かりました」



 すぐにルーベンはいなくなるものとエマは思っていたが、扉付近に腕を組んで立ったままだ。もしや、護衛を兼ねているのだろうか。

 沈黙を居心地悪く感じてしまい、エマは口を開く。



「……あの、ルーベンさまは数人に囲まれたらどう対処しますか?」


「……は?」



 片眉をつり上げたルーベンは、しばらくの沈黙のあと何かに気付いたように頷いた。



「……ああ、心配ない。このあとのパーティーで君が襲われるような状況にはならないだろう」


「いえ、そうではなく…。今日に限らず、そういった状況に陥ったときの対処法が知りたいんです」



 苦笑しながらそう言えば、ルーベンの顔には明らかに「何を言ってるんだ?」と書かれていた。

 けれど、真面目と定評のあるルーベンは、決してエマの質問を軽くあしらったりはしなかった。



「……そうだな、俺の場合は弱いヤツから倒す。初動が重要だな。そこで意表を突ければ、二人目三人目と倒しやすくなる」


「どうやって強さを判断するんですか?体の重心の置き方や、武器の持ち方からですか?」


「……ああ、その通りだ。あとは表情、視線の動き……というか君は、レオナール殿下に前世で教わったんじゃないのか?」



 不思議そうに問い掛けられ、エマは「あー…」と視線を斜め上に移す。



「一対一の戦い方はお腹いっぱいになるほど教わりましたけど、複数人相手はありません」



 前世で叩き込まれた戦術のおかげで、エマは相手が一人なら負けない自信がある。けれど、ここ最近は複数の男に囲まれることが多いのだ。

 今後に役立てればと思い質問してみたのだが、ルーベンは顔をしかめていた。



「……普通に働いているだけでは、複数人に囲まれる状況にはならないがな。君は普通には当てはまらないらしい」


「残念ながら、そうみたいです…」



 眉を下げて笑ったタイミングで、扉がノックされる。ルーベンが素早く扉を開けると、息を切らしたレオナールが入って来た。

 その姿を見た瞬間、エマは息を飲む。


 綺麗なプラチナブロンドの髪は、額が出るよう後ろに流してセットされていた。形の良い眉と碧眼がよく見え、エマの目には何割増しも輝いて見えた。

 身に纏っている服も最高級のものだとよく分かる。胸元に光る宝石は、エマの瞳に合わせた色味だった。


 思わず格好良いと口から零れ落ちそうになったが、それより先にレオナールが口を開いた。



「エマリスさま……!?」



 顔を輝かせたレオナールが、エマの前に跪く。エマの片手を取り、手の甲に躊躇いなく口付けた。

 途端にエマは全身の体温が急上昇する。



「レオナール殿下、私はエマです…」


「ああ…ごめん、あまりにエマリスさまに見えて……少し感極まった」



 至近距離でじっと顔を覗き込まれ、エマは耐えきれずに視線を逸らす。扉付近のルーベンと目が合ったかと思えば、何も見ていないとばかりに瞼を閉じられてしまった。

 暴れる心臓を押さえつけ、エマはレオナールへと視線を戻す。



「ど、どうでしょう。婚約者候補として見栄えしますか?」


「勿論だ。最初から心配していなかったよ。……パーティー中に見惚れたらごめん」


「そのときは脇腹をつついてあげます」


「それはやめてくれ」



 楽しそうにレオナールが笑い、エマのウィッグをさらりと撫でた。レオナールは今世でやたらと触れてくるから心臓に悪い。



「パーティーが始まれば、常に俺と連れ立って行動してもらうことになる」


「はい」


「アンリと練った設定上、問題は起こらないと思うが……念の為、君に護衛騎士をつけることにした」


「分かりました。……あ、ルーベンさまですか?」



 エマがずっと扉付近に控えているルーベンを見てそう訊けば、首を横に振られてしまった。ではウェスだろうか……と思ったところで、扉がノックされる。



「ああ、ちょうど来たかな。俺が信頼できると思った人物を選んでおいた」



 レオナールが少し嬉しそうにそう言った。扉から二人の人物が入って来る。

 先頭に疲れ切った顔のアンリと、その後ろにいたのは騎士―――シルヴァンだった。



「…………」



 絶句しているエマから少し離れたところで、シルヴァンが立ち止まる。一度紫の瞳をエマに向けてから、綺麗な礼をした。



「……初めまして、エマリスさま。本日護衛を務めさせていただきます、シルヴァンと申します」


「…………」


「シルヴァン、先に言った通り彼女は声が出せないから、意思の疎通が取り辛いと思うけどよろしく頼むよ」


「はい、レオナール殿下」



 エマの心の内を知らず、レオナールはシルヴァンに向かって爽やかな笑顔を浮かべていた。



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