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43.“隣”に立ちたい


 レオナールの腕に包まれたエマは、ぐっと唇を噛んでいた。



(もう、また……!何なの?レオナール殿下は私を試してるの?抱きしめ返せないって、分かってるくせに……!)



 そもそもエマには、この抱擁の意味が分からなかった。恋愛の意味であると、都合のいい解釈はできない。

 となれば、エマがラザフォードの側近にならないという安堵からか、それとも……。



「……レオナール殿下。放してください」


「……嫌だ」


「殿下。…………えいっ」



 エマが脇腹をツンと突けば、レオナールの体は勢いよく離れていった。その顔は真っ赤で、エマは思わず笑ってしまう。



「あははっ、変わらないんですね。脇の弱点」


「〜今ここでやるか…!?」


「今だからこそ、です。忘れないでください……私は何の後ろ盾もない平民で、あなたは王子です」



 まだ()()、と心の中で付け足しながら、エマは微笑む。レオナールは悔しそうに口を尖らせ、がしがしと頭を掻いた。



「とりあえず……兄の側近にはならないんだな?」


「はい、もちろん」


「そうか、なら……教えてほしい。俺の知らない、あなたの前世を」



 エマは小さく頷きながら、ラザフォードと共に歩んだ前世を話した。

 “ラファド”が病で先立った話になると、レオナールが眉を寄せる。



「そうか……兄もまた、護り抜けなかったことを後悔してるのか…」


「え?」


「あなたを置いていってしまったことを後悔して、今世であなたを望んだんだ。……俺と、同じように」



 目を伏せたレオナールの呟きは、しっかりとエマの耳に届いていた。そしてその言葉は、エマの心に引っかかる。



「同じように……?もしかして、前世で私を護れなかったと、後悔しているんですか?」


「当たり前だろ。俺はあなたの護衛騎士だった……それなのに、不意を突かれて…」


「やめて……!そんな後悔を、私はあなたにして欲しいわけじゃない…!!」



 あの日の惨状をレオナールがそう捉えていたことに、エマは気付いていなかった。

 間違いなくあの瞬間は、“エマリス”は“レオ”に護ってもらえていたのだ。



「あなたがどう思おうと、私の中でレオは最高の護衛騎士だった…!レオに護ってもらえた命を失ったのは、他の誰でもない私自身のせいよ……!」


「……エマ…」


「そう、私は今エマとして生きている。護られるだけの王女はもういない。……私は、あなたのために強くなりたい……レオナール殿下」



 エマの真正面からの訴えに、レオナールは困ったように笑った。



「……あなたは、もう強い。それに、王女のときも俺に大人しく護られるだけじゃありませんでしたよ?俺が他の騎士に難癖をつけられていたときは、間に割って入ってきて…」


「あー聞こえない聞こえない」


「出ましたね、お得意の聞こえないフリ」



 いつの間にか、エマとレオナールは“エマリス”と“レオ”に戻っていた。

 そのことに気付き、二人で顔を見合わせて笑い合う。



「私…早く前世を忘れなきゃって思ってた。いつまでも前世に縛られちゃダメだって、そればっかり。でも、結局は自分から縛られにいってるのよね…」


「そうですよ。頭と体に刻まれたものを、切り離すことなんてできません。……だから受け入れて、未来への糧にする」


「……うん。私はエルマで、エマリスで……エマ。前世の自分を大事にして、私は今世の人生を歩む」



 レオナールは王子だから。自分は平民だから。そうやって無理やり心に蓋をして、遠ざけていた気持ちを、エマは素直に受け入れることにした。



(私は―――レオが、レオナール殿下が好き。できることなら、その隣に立ちたい……同じ気持ちを返してもらえるよう、私は婚約者に、妻になりたい)



 クリアになった思考で、エマはレオナールを見る。好きだなぁという気持ちが際限なく生まれ、それがどんなに幸せなことかと噛み締めた。



「……レオナール殿下、覚悟してください。私は絶対に、あなたを諦めない」


「望むところだ、エマ。俺だって君を諦めるつもりはない」



 悪戯に笑ったレオナールが、「それにしても…」と言って続ける。



「兄がエマと夫婦だったってだけで妬けるな。去り際に言ってた夢って何のことだ?」


「それは、私の口からは勝手に言えません。でも…ラザフォード殿下は、あなたと同じ優しい考えを持っていますよ」


「……並べられても嬉しくはないな」



 途端に拗ねた子どものような顔をするレオナールに、エマは苦笑した。やはり兄弟の仲は拗れてしまっているようだが、同じ考えならば行き着く先は一緒だろう。

 それに―――と、エマはオレリアのことを思い出した。



「あ、もう一つ重要なことがあります。オレリアさまと、侍女二人にも前世のことを話してしまいました」


「オレリアに?なんでまた?」


「それは……ええと、いろいろありまして」



 レオナールへの気持ちがバレたからだとは言えず、エマはもごもごと口を動かす。



「レオナール殿下も前世の記憶がある、というところだけ話してしまっています。勝手にすみません」


「いや……でも、これで動きやすくなるのか?動き辛くなるのか…?」



 レオナールが顎に手を添え首を傾げる。そこはエマにも分からないが、城内に味方が増えたということだけは確かだ。



「城内では、まだ無闇な接触は避けましょう。私が殿下と堂々と話せるのは、殿下の元へ辿り着けたときです」


「寂しいが……仕方ないな」



 伏し目がちなレオナールが、エマの髪をサラリと撫でた。心臓が口から飛び出そうになりながらも、エマは平常心で頷く。



「はい。寂しいですが、頑張りますので」


「……俺も。お互いに頑張ろう」



 笑顔で向かい合い、エマは頭を下げてから先に部屋を出た。

 名残惜しいが、このままずっといたら歯止めが利かなくなってしまうと思った。



(私だって、レオナール殿下の髪を触りたいのに。……とりあえず、またオレリアさまに心配をかけているだろうから早く戻らないと)



 そんなことを考えていたため、最初エマはオレリアの幻覚を見たのかと思った。

 けれど、廊下の先から歩いて来るのは間違いなく本人だ。そして隣にいるのは、何故かルーベンだった。



(……あれ?オレリアさま、またレオナール殿下の部屋に助けを求めたのかな?それでルーベンさまが…?)



 エマの姿に気付いたルーベンが、オレリアに向かって何かを話しかけている。オレリアは顔を輝かせ、小走りでエマの元へ駆け寄って来た。



「エマ!もう、また心配でおかしくなりそうだったわ…!大丈夫なの?」


「はい。ラザフォード殿下とは和解しましたので心配ありません。私はオレリアさまの侍女ですよ」


「そう……。ルーベン、付き合ってくれてありがとう」



 ホッとしたように笑ったオレリアは、ルーベンを振り返る。



「……いえ、見つかって良かったです。では、俺はレオナール殿下を探しに…」


「あ、レオナール殿下ならすぐそこの部屋にいます」



 エマがそう答えれば、「何だと?」と言うようにルーベンが思い切り眉を寄せた。その反応で、レオナールが行き先を告げずに出てきたことが分かってしまう。



「ええと……詳しくは殿下に聞いて下さい。ラザフォード殿下が全面的に悪い、とだけ小声で言っておきます」


「……そうか」



 ルーベンは眉を寄せたまま、オレリアに一礼して去って行った。その後ろ姿を見ながら、エマは心の中で謝罪する。



(すみません、ラザフォード殿下も前世の記憶があって、私と繋がりがあると、これから聞かされることになります…。特にアンリさま、ご迷惑おかけします…)



 何度も繰り返し謝ってから、エマはオレリアを見た。その表情を見て、エマはぎょっと固まってしまう。


 ほんのりと色付く頬と、熱のこもった潤んだ瞳。その熱い眼差しは、一心にルーベンの背中へと向けられていた。



「……オレリアさま」


「……えっ?あっ、ごめんなさい。何か言った?」



 エマはがしっとオレリアの両手を掴む。目の前にいた同じ気持ちを持つ(恋をする)存在に、途端に仲間意識が芽生えてしまった。



「オレリアさま、私と……」


「え?」


「私と、恋の話をしましょう……!」



 長いまつ毛をパチパチと瞬いたオレリアは、次の瞬間にはこれでもかと顔を真っ赤にしていた。



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