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39.それぞれの思考


 レオナールは不機嫌だった。

 ラザフォードがエマに接触した日から、ずっと。



「アンリ」


「なんでしょう」


「今日の予定の空きは?」


「ありません」



 キッパリと言い切られ、レオナールは頭を抱えてため息をついた。それを見たアンリも同じようにため息をついている。



「……殿下。たとえ空きがあったとしても、エマさんはオレリア殿下に守られているじゃないですか」


「………」



 そうなのだ。ラザフォードの一件からオレリアの庇護欲に火がつき、エマを守ろうと動いてくれている。

 それはレオナールにとってありがたいのだが、城内でエマに接触できる可能性は今のところゼロに等しい。


 小屋に会いに行くにしても、王都の入口の門番を何回も騙すわけにはいかない。

 前回抜け出すときは、私用だと言っても責任感の強い門番が「護衛としてついていきます!」と譲らずに大変だったのだ。



 エマに会いたい。でも会えない。

 ラザフォードがエマを側近にすると言い出したとルーベンから聞いたレオナールは、どうしてそうなったのか分からなかった。


 エマの隠しきれない気品のせいだろうか、それとも瞬時に最善を導き出せる判断力のせいだろうか、とレオナールはやはり頭を抱えた。



 オレリアがエマを侍女に選んだことで、平民で髪色の暗いエマの評価が上がることは、レオナールにとって嬉しいことだった。

 一部では悪女ではないかと噂されているようだが、すぐに真実ではないと分かるだろう。


 髪色の差別の撤廃は、エマが前世で望んでいたことであり、今世でレオナールが引き継いだものだ。

 まだ前世の記憶を思い出す前から、レオナールは“そうしなければ”と使命感に駆られ動いていた。



(これでエマがいずれ、俺の側近になってくれれば……差別の撤廃もやりやすくなると思った。なのに、よりによって兄に……)



 手元の書類をぐしゃりと握れば、アンリから「殿下ぁ!!」と怒声が飛んでくる。仕方なく手のひらでシワを伸ばすレオナールに、ウェスの明るい声が届いた。



「でも条件的には、ラザフォード殿下の側近の方がいいですよねぇ!」



 ピシ、と空気にヒビが入る。固まるレオナールとアンリの代わりに、声を上げてくれたのはルーベンだった。



「……ウェス!お前はまたそんなことを……!」


「え?なにルーベンさん、珍妙ちゃんを応援してるの?レオナール殿下の側近になって欲しいって思ってるの?」


「……そ、れは……」



 ルーベンが眉を寄せながら勢いを失くし、反応を伺うようにレオナールへ視線を向けた。

 レオナールはその視線を受け、深く息を吐く。



「……分かった。それぞれ意見を言ってみろ。まずルーベン」


「……俺は…正直に言えば女性の側近はお勧めしません。その存在自体が狙われ、レオナール殿下を貶めるための人質にされる可能性があります」


「そうだな。俺を疎ましく思う輩がいれば、お前達よりは狙いやすいだろう。……アンリ、お前は?」



 意見を求められたアンリが、何度か口を開け閉めし、やがて諦めたように肩を落とした。



「俺は……レオナール殿下の味方になってくれるのなら、別に誰の側近だろうが侍女だろうが構わないと思っています」


「なるほど。それでウェスは……エマが俺の側近になるのは反対、というわけだな?」



 レオナールが目を細めると、ウェスはきょとんとした顔をしている。瞬きを繰り返してからへらりと笑った。



「別に反対はしてませんよ〜。ただ、もう三人いるレオナール殿下の側近より、まだ誰もいないラザフォード殿下の側近の方が目指しやすいなと思っただけです」



 そのあとで「第一王子付きの方が立場が上ですしね!」とウェスがにこやかに付け足した。


 目指しやすいとか、立場が上になるとか、そういうことではないとレオナールは思ったが、それは一方的な考えだということに気付かされる。

 レオナールの側近となる近道として、エマは使用人を選び、さらにオレリアの侍女となった。

 同じ理由でラザフォードの側近になることを選んでも、何も不思議なことではない。



「………」


「……ウェス、お前が余計なことを言うから殿下が使い物にならなくなったじゃないか…!」


「あはは、アンリさんてばひどーい」



 アンリとウェスのやり取りも、レオナールの耳には入らない。ルーベンが気難しい顔で視線を向けてきていることも、今のレオナールは気付かなかった。

 ただひたすら、エマのことしか考えていなかったのだ。



(……エマが喜んで兄の側近になる話を受けたら、俺はどうするんだろうか。おめでとうと言えるのか?それとも、俺の側近になってくれと引き止めるのか……?)



 第二王子のレオナールには、今すぐにでもエマを側近として迎えることができる権力がある。

 けれど、エマはそれを望んでいない。自分の足でレオナールの元へ来ようと頑張ってくれている。


 だからレオナールは、エマを信じて待っている。ただ待っているだけは嫌なので、髪色の差別の撤廃や、平民が実力を示せる場を作ることに力を入れようと思っていた。

 だが、その間にもエマは誰かに必要とされている。別の誰かから伸ばされた手をエマが掴むはずはないと、信じて疑ってはいなかった。


 ―――たった今、この瞬間までは。



「ほらみろ、久しぶりのどんより殿下だ。お前が責任持ってどうにかしろ、ウェス」


「どんより殿下かぁ〜ルーベンさんの方が適役じゃないですか?」


「……お前達、前から思っていたがレオナール殿下の扱いが酷くはないか?」



 側近たちの会話は、レオナールの耳を素通りしていく。このどんよりとした気持ちを晴らすには―――と、レオナールは席を立った。



「よし、訓練場に行くぞ」



 腰に剣を携え始めたレオナールに、側近三人分の「え?」という声がようやく届いた。





***



 側近を連れ訓練場へやって来たレオナールに、騎士たちはざわめいた。

 騎士たちがレオナールの姿を見たのは、“珍妙事件”以来である。


 レオナールは、訓練場で剣を振るったことは一度もない。剣を握っただけで、手に震えが走って使い物にならなくなるからだった。

 前世で護衛騎士だったレオナールが剣を振るえなくなったのは、前世のトラウマのようなものだ。



(……モルド村でエマを助けるとき、一度だけ剣を振るえた。彼女が頑張っているのに……俺だけ過去の恐怖に立ち向かわないなんて、格好悪すぎる)



 レオナールが今まで飾り物のように扱っていた長剣を抜くと、騎士たちから「おお!」と声が上がる。

 視線を動かし、ウェスに向かってニヤリと笑った。



「―――やるぞ、ウェス」



 名指しされたウェスは、瞬きを繰り返してからパアッと顔を輝かせた。剣を抜き、意気揚々と訓練場の真ん中へと駆けていく。

 くすりと笑いながら、その背中を追いかけようとしたレオナールの腕を掴んだのはアンリだった。



「レオナール殿下!」


「どうした、俺は今やる気に満ち溢れている。止めるな」


「そのやる気を書類仕事にも回して欲しいですけどね!……って、そうではなくて!」



 アンリがビシッと指差す先に、騎士たちの練習用の木剣があった。その意図に気付いたレオナールは、ちらりと自分の剣を眺める。



「……ようやくお前を振るえそうだったのにな」


「その機会はまた今度にしてください。あなたは王子です。安全第一に考えてください」



 真剣なアンリの瞳に、レオナールは肩を竦めてから剣を鞘に戻した。木剣を二本取ってウェスに投げると、文句の声が飛ぶ。



「ええ〜!木剣ですかぁ!?もー、アンリさんてば水を差すんですから〜!」


「ウェス、お前は殿下に傷を付けるつもりか!?そんなバカなことをするのは、どこぞのバカな伯爵だけでいい!」



 アンリが声を荒げて言った“バカな伯爵”とは、レオナールを短剣で刺し、モルド村で捕らえたラッカム伯爵のことだろう。

 あの日の傷跡は残ってしまったが、レオナールはエマと今世で再会するための代償だったと思って気にしていなかった。けれど側近のアンリにとっては、忘れがたい出来事なのかもしれない。


 思えば、あのときもきちんと剣を握れていれば、伯爵をすぐ捕らえられたはずなのだ。

 レオナールは木剣を握りしめ、前世の自分を思い出す。


 ―――“エマリス”を護り抜くと誓った、“レオ”だった自分を。



「……ウェス」


「なんですか?やっぱり止めた、はナシですよ?」


「……全力で、頼む」



 レオナールの言葉に、ウェスがまた嬉しそうに笑った。



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