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38.家族の時間


 王都で一番賑わう大衆食堂。

 そこでエマはジョッキをテーブルにダァン!と打ち付けた。



「〜もう、私が何をしたっていうのよ……!!」



 そのままあらん限りの悪態をつけば、同じテーブルに座る二人……兄のセインと姉のミリアが顔を見合わせていた。


 今日は前に手紙で話してくれていた、二人が王都へやって来る日だった。エマは事前に休みをもらい、こうして昼間に待ち合わせをしていた。

 ジョッキをぐびぐびとあおるエマを、ミリアが心配そうに見ている。



「ねぇ、エマ……その中身って水よね?お酒じゃないわよね?」


「こりゃあ雰囲気に酔ってるな」



 セインが周囲に視線を送りながら、的確な感想を口にした。昼間から酒を飲んで騒いでいる人が多く、エマが大声を上げても皆気付いていない。

 エマは「うう〜…」と唸りながら、改めてセインとミリアを見た。



「……ごめんね二人とも、せっかくの王都なのに愚痴から始まっちゃって……」


「それはいいのよ。私たちは、エマの近状を聞くために村を代表して来たんだから」



 ミリアの優しい言葉が、エマの心にじわじわと染み込んだ。

 成人しているセインが酒を頼み、一口飲むとべえっと舌を出す。



「なんだコレ、王都の酒ってこんなに不味いのかよ」


「ああ……このお店は特に、大衆用に安価なお酒を大量に仕入れてるって殿下が……」


「殿下?レオナール殿下と会えてるの?」



 ミリアが顔を輝かせてそう訊いてきたので、エマは首を横に振る。



「……ラザフォード殿下に聞いたの」


「「ラザフォード殿下??」」



 セインとミリアの声が重なり、同じ色の瞳がパチパチと瞬きを繰り返す。突然出てきた第一王子の名前に混乱するのも無理はない。

 エマは「実は……」と声を潜めながら、王都に来てからのことを全て話した。


 話を聞き終えた二人は、口をポカンと開けながらエマを見ていた。

 食堂にはより人が増え、楽しそうな賑わいを見せている。その様子を横目で捉えながら、エマは先程までの勢いを失い、遠慮がちに口を開いた。



「あの……どう思う?」


「……どう思うって……そんなことがあるのか?二つ前の前世の夫に、一つ前の前世の護衛騎士……その二人が兄弟だなんて」



 セインが額に手を当てながら、大きなため息を吐く。ミリアは心配そうに眉を寄せていた。



「エマ、それでお二人はそれぞれ真実を知ってるの?」


「話す機会もないし、まだ知らない。だってこんな……ややこしすぎるでしょ?」


「それはそうだけど、お二人ともエマを側近に欲しがってるんでしょ?この先にエマを奪い合って、大変なことになったりしない?」


「……そんなことには、させたくない」



 レオナールは前世で、家族を切望していた。今世でも兄妹間でなにか訳アリのようだが、エマの存在が二人の仲を切り裂くなんてことは望んでいなかった。



(本当に……ウェスさまの言う通り。私の存在は、大好きなレオナール殿下の周りを引っ掻き回しているだけ……)



 もどかしい現実に、エマは肩を落としながらボソリと呟く。



「どうしたら……私の価値を証明できると思う?」



 唐突な質問に、ミリアが「価値?」と首を傾げた。



「価値を証明しなきゃいけないの?」


「うん、ちょっと……ある人に言われて」


「価値ったってなぁ…みんなが同じ価値観なわけじゃねぇし。相手が何を求めてるかによるんじゃね?」



 セインは豪快に肉にかぶりつく。その言葉に、エマはよりわけが分からなくなってしまった。

 ウェスが求めている価値は難題だ。―――けれど、エマはこのまま大人しく立ち去るなんてことはできない。



「……話を聞いてくれてありがと、二人とも。やるだけのことはやるわ」


「うん、頑張ってエマ!エマなら大丈夫よ!」


「上手くいかなくても、お前の居場所はちゃんとあるからな〜」



 ニヤリと意地悪く笑ったセインに、エマとミリアが揃って「上手くいくから!」と言い返す。それから三人で顔を見合わせて笑った。


 再度水を喉に流し込みながら、エマはふと疑問に思ったことを口にする。



「……そういえば今更だけど…二人とも、どうやってここまで来たの?」



 王都までの移動手段もそうだが、門でのチェックもそうだ。観光目的の場合は書類の記入と身分の掲示が必要となり、城で働くエマでさえ何回も止められたのだ。

 平民で髪色の暗い二人は、どうやって門をくぐったのだろう。


 エマの疑問にサラリと答えたのはミリアだ。



「馬車で来たのよ。アンリさまが書面も用意してくれて、すんなり門を通れたわ」


「……アンリさま!?」



 突然のアンリの名前に、エマは目を丸くする。ミリアがふふっと笑った。



「びっくりした?ほら、アンリさま経由でエマに手紙を渡してもらってたでしょ?いつもアンリさまにも手紙を書いてたのよ。お礼も兼ねてね」


「お前は下心もあるだろ?アンリさまの顔が素敵〜って言ってたじゃんか」


「いいじゃない、ちょっとくらい浮かれたって…。それでね、エマに会いに行きたいって相談したら、いろいろ準備してくれたのよ」



 エマが知らないところで、アンリが二人の王都行きを手配してくれていたらしい。エマの中でアンリへの感謝の気持ちがぐっと上昇した。



「アンリさま…そんなこと、私に一言も言ってくれなかったのに」


「恩着せがましくしないところが好印象ね。きっとモテるんだろうな〜」



 ミリアがうっとりと目を細め、セインが面白くなさそうに鼻を鳴らす。



「はっ、やめとけやめとけ。平民が貴族に夢見たって相手にされるわけないだろ。……つーかエマ、ラザフォード殿下とはそのあとどうなったんだ?」


「ああ…会ってないわ。オレリアさまが庇ってくれてるから」



 あの日、エマが戻ったあとのオレリアの心配様はすごかった。何もされていないかと質問攻めにされ、正直にラザフォードの側近に勧誘された(正しく言えば命令のようなものだが)と伝えれば、それはそれは怒っていた。


 エマにはなるべく部屋の中だけの仕事を与えてくれ、どこかに行くときは必ずオレリアがついてきてくれた。

 一度ラザフォードが接触してこようとしたときは、すぐにエマを近くの部屋に押し込み、その間にどうやったのか追い返していた。



 それでも、このまま逃げ続けるわけにもいかない。何も真相を知らないオレリアに庇い続けてもらうのも、エマは申し訳なく思っていた。



「はあ〜……なんだか、エマがエマじゃないみたい。ついこの間までは村で一緒に遊んでたのに、今じゃ王都……しかもお城で働いてて、王女殿下の侍女だなんて」



 ミリアが頬杖をつき、ため息と共にそう吐き出した。



「でも……前世の記憶があるって時点で特別かぁ。頑張ってねエマ、村の期待の星」


「それは余計にプレッシャーに感じるんだけど……」


「お前が殿下の側近になったら、村長が絶対に銅像建てるぞ」



 ケラケラとセインが笑い、エマは「やめてよ」と言いながらも同じように笑った。

 大好きな家族と話す時間は、やはり幸せで楽しかった。心を締め付けていた窮屈な糸が、優しく解けていく。



「今日は一泊していくんでしょ?」


「うん。これもアンリさまが手配してくれて……どうしてアンリさま、ここまでしてくれるんだろ?」


「アンリさまはそういう性分なんだよね、きっと」



 エマはくすりと笑いながら、レオナールの側近たちの姿を思い出す。

 今世のレオナールの味方で、それぞれ優秀な力を持っている。エマが側近を目指すならば、どの分野を伸ばせばいいのだろうか。



「花屋…王女……アレンジ…踊り……。宴会枠……?」


「おい、なんかブツブツ変なこと言ってるぞ」


「あはは、全然へこたれてなくて安心するわね、セイン」



 この先の行動を考えつつ、エマは久しぶりの家族との時間を目一杯楽しんだ。



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