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35.仕返しデート②


 それからエマは、様々な場所へ連れ回された。

 服屋、雑貨屋、飲食店では平民としての金銭感覚を求められ、博物館などの観光施設では平民の視点での意見を求められた。


 そう。ラザフォードが求めているのは、平民としてのエマの意見だったのだ。



「……おっと、もうこんな時間か。次で最後かな」



 広い公園にそびえ立つ大時計を見上げ、ラザフォードがそう言った。

 エマは近くで遊んでいた子どもに視線を向けながら、ラザフォードと行動を共にして感じたことを口にする。



「……ラザフォード殿下は、王都に平民を呼び込みたいのですか?」



 誤魔化されるか、否定されるかのどちらかだと思っていたエマの耳に、「そうだよ」と肯定の言葉が届く。

 パッと視線を移せば、ラザフォードが肩を竦めた。



「その顔は何?僕が平民のことを考えたら可笑しい?」


「いえ……、正直に答えてもらえるとは思いませんでした」



 ラザフォードは、典型的な貴族の思考を持つ王族だとエマは思っていた。けれど、平民のエマの意見に耳を傾けるその姿勢を見る限り、それが勘違いなのだと気付いた。

 レオナールやオレリアと同じように、身分や容姿に偏った見方はしていない。



「言ったよね?君は利用できそうだって。“貴族としての教養もある平民”だなんて、僕達では感じられないことに気付く要素がたくさんあるだろう?」


「……」


「悔しいけれど、平民の思考はレオナールの方が聡い。でもあいつは僕を嫌っているからね……こうやって他人の力を借りるしかないんだ」



 突然出てきたレオナールの名前に、エマは反応してしまいそうになった。レオナールが平民の思考に詳しいのは、前世で平民だったからだろう。

 髪色で差別されていた前世の記憶があるレオナールだからこそ、その差別の撤廃に動いてくれている。

 けれど、平民の気持ちを慮ってくれるのは、レオナールだけではなかった。その事実がエマにはどうしようもなく嬉しく感じる。



「王都は貴族だけの世界じゃない。王都だけに限らずどこにだって、本来は壁なんて必要ないはずなんだ。……生きている限り、自由に羽ばたける権利が……僕達にはあるはずなんだ」



 ―――生きている限り。その言葉を聞いて、エマの胸はぎゅうっと苦しくなった。

 エマは前世で鳥籠に捕らえられ、羽ばたくはずの羽をむしり取られてしまったのだから。



「私は……ラザフォード殿下のお考えが、とても嬉しいです」


「そう?ま、この考えを誰かに言ったことはないんだけどね」


「どうして私に……平民で、オレリアさまの侍女だからですか?」



 ラザフォードは口元に手を添え、うーんと唸る。それからエマをじっと見て首を傾げた。



「それもあるけど……君には不思議な感じがするんだよね。どこかで会ったような、そんな感じがね」



 その言葉に、エマは思わず眉を寄せてしまった。どこかで聞いたセリフだ。

 けれどそんなまさか、と首を横に振る。



「……下手な口説き文句は、金髪の女性にどうぞ」


「はは、下手って酷いな。僕が金髪の子を追い掛けるのは理由があるんだけどな」


「そもそも、どうしてたくさんの女性に手を出すんですか?ただ遊んでるだけですか?」



 エマがそう訊けば、ラザフォードは「そうだね」と悪びれもなく肯定する。



「息抜きなのもあるし……体を重ねたあとに口が軽くなることって多いから、情報収集をしてるんだ」


「……」


「はは、オレリアみたいな冷ややかな目をするね。でも僕が金髪の女性を選ぶのは……大好きだった人の面影を、追い求めているからだ」



 今まで見たことのない優しい笑顔を、ラザフォードが浮かべていた。その言葉は真実だろうと思いながら、エマは足元へ視線を落とす。


(その気持は……とても、分かる)


 前世の護衛騎士“レオ”のことを、エマはずっと忘れられずにいた。奇跡的にレオナールとして生まれ変わっていた“レオ”に出逢うことができたが、そうでなければ今も、エマは面影を追い求めていただろう。

 そんな苦しく切ない恋を、ラザフォードもしているのだろうかと、エマは少しだけ親近感を覚えた。


 俯いた視界の端で、先ほど遊んでいた子どもが目に映る。女の子が一人で地面に座り込み、近くに咲いている野花を摘んで花冠を作っていた。

 けれどその花冠が崩れてしまい、子どもが口を尖らせる。

 エマはくすりと笑い、その子どもに近付いた。



「……貸して。お姉さんね、花冠を作るのが得意なの」


「えーっ、本当に?」


「うん。任せて」



 子どもから受け取った花を、エマは丁寧に編んでいく。途中で他の野花を足し、色鮮やかな花冠があっという間に出来上がった。それを見て、子どもが顔を輝かせる。



「わぁぁ!お姉ちゃんすごい!ありがとう!」


「ふふ、どういたしまして。でもお花も生きているから、最後まで優しく扱ってあげてね」



 そう笑って言いながら、エマは子どもの頭に花冠を乗せた。満面の笑顔で手を振って去って行く子どもに手を振り返しながら、エマはハッと気付いた。


(ラザフォード殿下と話してたのに私ったら……!)


 慌ててラザフォードを見れば、目を見開いて固まっていた。その表情の理由が分からず、エマはおそるおそる口を開いた。



「あの、ラザフォード殿下……?」


「……」


「どうされました?」


「……マ……」



 ラザフォードの声が聞き取れず、エマは眉をひそめながらも近付いた。すると次の言葉は、しっかりと耳に届いた。



「―――エルマ?」



 その瞬間、エマは同じように目を見開いて固まった。信じられない気持ちで、ラザフォードから目を逸らせなくなってしまう。


 ―――“エルマ”。聞き間違いでなければ、それはエマが花屋の人生を歩んでいたときの名前だった。


(どう、して……?待って、嘘でしょ?そんなことってあるの?まさか……)


 すぐに否定しなければ、大変なことになる。そう判断したエマだったが、それより先に口を開いたのはラザフォードだった。



「エルマだろう……!?僕だよ、ラファドだよ!」


「……っ」



 その名前を、エマは知っている。“ラファド”―――“エルマ”の人生のときの、夫の名前だった。


 花屋の娘“エルマ”として生活し、親の紹介で“ラファド”と出逢い、結婚した。

 そして子どもに恵まれないまま“ラファド”は病にかかり、若くして亡くなった。“エルマ”は未亡人のまま、一人で花屋を切り盛りして寿命を全うしたのだ。


(ラザフォード殿下の前世がラファド……?なにこれ、なんの悪戯?レオナール殿下と二人して、私の前世と関わりのある人物だなんて―――……)


 頭が情報に追いつかず、エマはただ呆然と立っていた。その間にラザフォードがゆっくりと近付いて来ては、エマの両手を握る。



「……エルマ、僕は今日までずっと、君の面影を探していたんだ」



 エマはラザフォードの熱のこもった碧い瞳を見ながら、そういえば“エルマ”は金髪だったな―――と思い出すのだった。



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