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34.仕返しデート①


 エマは咄嗟にフードを被り頭を隠した。

 そして俯きながら橋の隅を歩き、ちらちらとラザフォードの様子を確認する。周囲に集まる女性たちに愛想を振り撒いているが、その真意が分からない。


(何なの?他国からの要人の出迎えとか?……私は関係ないわよね?)


 できるだけ気配を消しながら、エマは顔馴染みの門番のもとへ急ぐ。いつも通りネームプレートを出すと、門番はそれを確認しながら首を傾げた。



「そんなお尋ね者みたいに顔を隠して、どうしたんだ?」


「しーっ!深くツッコまないで通してください!」


「……?通っていいぞ。あ、ラザフォード殿下を見ていかなくていいのか?」


「いいんです、城でいつでも見られますから!」


「それもそう、か……?」



 門番の声が小さくなり、視線がエマの背後へと向かう。

 とても嫌な予感がしたエマは、振り返りたくなかった。けれど、がしっと肩を掴まれれば振り返らないわけにはいかない。



「……」


「やぁ、待っていたよ」 



 目が潰されるかと思うほどの笑顔を向けられ、エマは愛想笑いを貼り付けた。ラザフォードが待っていたのは、信じたくないがエマだったらしい。

 周囲の人々が好奇心に満ちた目で、フードを目深に被るエマを見ようと首を動かしている。



「ひ、人違いではないですか?私はしがないただの侍女です」


「そう?ただの侍女は悪女だなんて噂されないし、王子に向かって遠回しな嫌味を投げつけてこないと思うけど?」


「……」



 どうやら、昨日の嫌味がきちんと伝わってしまっていたらしい。それで待ち伏せされていたということは、何か処罰でもあるのだろうか。

 エマは目を丸くしている門番に、ミリアへの手紙を差し出した。



「……すみません、お手数ですがあとでこちらを投函していただけませんか?それと、オレリア殿下に“ラザフォード殿下といます”と伝言をお願いします」


「あ、ああ……分かった」



 ラザフォードに止められるかと思ったエマだったが、そんなことはなかった。ちらりと視線を送ると、満足そうな笑顔を向けられる。



「無駄な抵抗はしない……君は判断が的確だね」


「……私はどこへ連れていかれますか?嫌味を口にしたら牢ですか?」


「牢?ははっ、僕はそんなに心の狭い男ではないよ。少し、デートに付き合ってもらおうと思ってね」


「はい?」



 妖艶な笑みを浮かべたラザフォードに、周囲から「きゃあ!」と悲鳴が上がる。それと同時にエマへの好奇の視線が増え、より一層フードを引っ張って顔を隠した。



「……もしかして、仕返しですか?」


「違う違う、とにかくついて来てよ」



 手招きをしながら、ラザフォードが「ちょっとごめんね」と人垣を割って歩いて行く。エマは躊躇いつつも、そのあとを数歩離れて追った。

 すぐ近くにあった古びた書店に入ると、ラザフォードがエマを振り返る。



「ちょっと待っててね。あ、逃げないでね?」


「……逃げません」



 ひらひらと手を振りながら、ラザフォードが積み上がった本の奥へと消えていく。エマは周囲を観察してみたが、店長らしき人物は見当たらない。

 すぐに戻って来たラザフォードは、まるで別人のような装いになっていた。

 王都に溶け込めるような服に着替え、髪は束ねて帽子を被っている。いつの間にかかけている眼鏡の奥で、碧眼が楽しそうに細められた。



「どう?」


「どうと言われましても、変装してどこかへ行くのかな?としか……」


「あはは、つまらない返しだね。じゃあ、目立たないよう裏口から出ようか」



 エマは積み上がった本を崩さないよう慎重についていきながら、ラザフォードの目論見を探る。



「この書店は、ラザフォード殿下のものなんですか?」


「ああ、そんな感じかな。ちゃんと店長はいるけど、まだ営業前だから」


「……どうして、私が王都の外から来ると知っていたんですか?」



 裏口の扉を開けたラザフォードが、口元に笑みを浮かべた。いくら変装をしていても、整いすぎた容姿を隠しきれてはいない。



「どうしてだろうね?気になる?」


「……」



 エマは沈黙を選んだが、気になるに決まっている。あの小屋はレオナールが用意してくれた場所だからだ。

 エマとレオナールの関係を、第一王子であるラザフォードに勘付かれてはいけない。


 少し緊張しながら沈黙を貫いているエマに、ラザフォードが可笑しそうに笑う。



「そんな怖い顔しなくても。誰がどこに住んでいるかなんて、調べればすぐに分かる。出身も経歴も、なにもかも」


「……」


「だからこそ僕は、不思議でしょうがないんだ。ただの村娘だった君が身につけている、まるで貴族として育ったかのような言動が」



 ラザフォードがエマに向ける視線は、優しいものではなかった。王族としての気迫が、その体から放たれているように思える。

 どこで目を付けられたのかと、後悔してももう遅い。エマはこの場から逃げる言い訳を必死に頭で考えた。



「……私は……」


「ああ、別に答えは求めていないから大丈夫。君がどこの誰であれ、利用できるなら構わないからね」



 ―――利用。はっきりとそう言われ、エマは瞬きを繰り返す。

 ラザフォードはくすりと笑いながら歩き出し、言葉を続けた。



「オレリアの侍女問題。あれを内側から解決できる人間が、いるとは思わなかった」


「……ご存知だったのですか?」


「可愛い妹の周囲の動向は、把握しているに決まっているだろう?」



 それならどうして手を貸さなかったのかと、問いかけたところで仕方ないだろうとエマは思った。

 ラザフォードに最初に抱いていた印象は“女癖が悪い王子”であったが、今は違う。


(笑顔の裏で、二重にも三重にも罠を張り巡らせているタイプだわ。そしてその罠に、私は知らずの内に引っかかっていた―――……)



「私に……このあと何をさせるおつもりですか?」


「うん、察しがいいね。することは最初に言った通りデートだよ。その合間で、君は思ったことを僕に伝えてくれればいい」



 簡単だろう?とラザフォードが笑みを浮かべる。その言葉通りの意味では絶対にないと、エマは腹をくくるのだった。






 ***


 最初に連れられて来たのは、店が立ち並ぶ大通りだった。人混みの中を上手く歩きながら、ラザフォードがいろいろな店で食べ物を買っていく。

 最初に手渡されたエマは、毒見役を兼ねているのかと思い、一口食べてからラザフォードへ戻す。けれど「全部食べて」と突き返されてしまった。



「……これ、全部ですか?」


「そう、全部」



 有無を言わさぬ笑顔を向けられ、エマは数種類の食べ歩き用の料理を全て食べた。最後の一口を見届けたラザフォードが「それじゃあ、」と言って続ける。



「今食べたものが全て同じ値段だとして、一番利益が出る店はどこだと思う?」


「利益……だとしたら、あのお店ですね」


「そうだね。原価が一番安そうだ。じゃあ、()()()()なら、あの店の料理にいくらまでなら出せるかな?」



 どこか値踏みするような視線を向けられ、エマはじっと考える。求められているのは、平民としての意見だ。



「……明確な金額の掲示はできませんが、今の王都でなら平均以上でも買うと思います。平民が浮足立って王都へ来れば、頑張って貯めたお財布の紐は緩むと思いますから」


「今の王都でなら……ね」



 ラザフォードがそう呟き、エマは頷く。今の王都は、平民には敷居が高すぎるのだ。

 厳重な入口のチェックに、高い物価。けれど王都で仕事を見つけられれば給料はとても良い。

 だから王都以外に住む平民は、王都に過度な憧れを抱く。仕事を頑張り貯金をし、憧れの場所へ訪れ、王都の雰囲気を楽しむのだ。

 平民をただの観光客と捉えるならば、多少金額を高く設定しても購入すると、エマは思っている。

 ラザフォードがにこりと笑った。



「なるほど。参考にしよう」


「……あの、殿下。金額のお話なら、私が今、無理やりに全部食べる必要はありましたか?」


「うん?無いね。……昨日の嫌味のお返しだよ」



 サラリとそう答えられ、エマは絶句する。

 ラザフォードは口元に弧を描き、「さあ、次に行こうか」と言って歩き出した。



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