29.パーティーを始めよう③
振り返ったエマの目に映ったのは、クラーラの情報通り三人の男だった。
屈強そうな男が二人と、あまり戦闘向きではなさそうな男が一人。この男が見張り役なのだろう。
「……一般の方ですか?どうされました?パーティー会場は向こうですよ」
微笑みながらエマがそう言えば、一人の男がニヤニヤと笑みを浮かべる。
「そうだな、オレたちのパーティー会場はあっちじゃないんだよなぁ」
「はは!間違いねぇ。お嬢さん、悪いことは言わねぇから大人しくしててくれよ」
男が二人近付いて来た。エマは顔をしかめてしまいそうになるのを堪え、怯えたフリをする。
「ど……どういうことですか……?」
「なぁに、ちょーっとイイコトをするだけさ」
思い切り腕を捕まれ、ぞわりと鳥肌が立った。今すぐその腕を捻り上げたい衝動に駆られながら、エマは軽く抵抗しようと身をよじる。
「や、やめてください!私はオレリア殿下の侍女ですよ!」
「それがどうした?こちとら仕事なんでね。なぁに、あとであの気位だけが高そうな王女サマに泣きつけばいいさ」
「そうそう。ま、そんな元気が残ってればの話だけどなぁ!」
ぎゃはは、と男二人が揃って笑う。残りの一人もニヤニヤと笑っており、エマは心底不快な気分だった。
(どうしてこうも変な男に絡まれるんだろ。早くレオナール殿下に会って気分を浄化したい……)
乱暴に腕を引かれ、エマはずるずると倉庫がある方へ近付いて行く。
倉庫の扉に手を掛けた男が、ぐっとその手に力を入れた。けれど、なかなか扉が開かない。男は次第に苛つき始めた。
「おい、鍵は開いてるはずだよなぁ!?くそ、どうしてこんなに固……っ」
そのとき、ようやく倉庫の扉が開いた。同時にたくさんの木箱がなだれ落ち、男が情けない悲鳴を上げる。
エマの腕を掴んでいた手が緩み、その隙にエマは男の脛に蹴りを入れた。
「いっ……、くそっ待て!追いかけろ!」
逃げ出したエマは、本気で走ったわけではない。なのですぐ別の男に捕まり、その場に押し倒される。
抵抗したエマの頬に、男の拳が軽く入った。
「……っ」
「ちっ、手が出ちまった……!まぁいい、この場で大人しくさせてやる」
男の手がエマのシャツを引っ張り、ボタンがいくつか弾け飛ぶ。露わになった胸元が空気にさらされ、ヒヤリと冷たさを感じた。
(―――この瞬間を、待ってたわ)
エマは大きく息を吸い込み、力の限り大声で叫んだ。
「きゃああああぁぁぁっ!!誰か助けて―――っ!!」
「バッ、バカ野郎!静かにしろ!」
「おい落ち着け、この辺りに衛兵はいないって聞いただろ!早くその女を……」
慌てて追い掛けて来た男の言葉が途切れた。エマに馬乗りになっていた男が、眉を寄せて振り返る。
何が起こったのかエマには分からなかったが、次の瞬間には男の体がぐらりと傾き、エマの脇にゆっくりと倒れていった。
(……すごい。あっという間に……)
エマははだけた胸元を押さえ、隣で気絶している男を見ながら体を起こした。
「……大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます」
目の前に手を差し出され、エマはその手を取る。今回の計画を知っているウェスが、手配すると言ってくれていた騎士だろう―――そう思いながら立ち上がって顔を見た。
「……」
「……あれ?君は……」
エマは思わず固まり、相手の騎士もエマを見て眉をひそめる。その紫の瞳には、とても見覚えがあった。
(どうしてよりによって、この人なの……!?)
一度目は仮面をつけて戦い、二度目は茂みから飛び出たところで遭遇した。もうあまり会いたくないと思っていた油断ならない騎士、シルヴァンだった。
「……シルヴァン!こっちも捕らえたぞ!」
「分かった。……あなたを襲っていたのは、合計三人で間違いありませんか?」
他の騎士が、真っ青な顔の見張り役の男を連れてきた。シルヴァンにそう訊かれ、エマは何度も頷く。
「は、はい。そうです」
「とりあえず、状況の確認を……」
「―――これは、どういうこと?」
凛とした声が響いた。その声を聞いたエマは、作戦が無事に遂行されたことを悟る。
声の方へ視線を向ければ、眉を寄せるオレリアと、侍女四人の姿があった。クラーラ以外の侍女はみんな顔色が悪い。
オレリアの登場に、シルヴァンが驚いて目を丸くする。
「……オレリア殿下?」
「何があったのか教えてちょうだい。その痛々しい格好をしているのは、私の侍女よ」
シルヴァンの視線がエマに戻った。この前会ったときは使用人だったので、混乱しているのだろう。
エマはひとまず、オレリアの問いに答えることを優先した。
「……オレリア殿下……私、突然この男性たちに乱暴されそうになりまして……」
「乱暴?大丈夫なの?」
「はい、なんとか……騎士さまが助けてくださいました」
オレリアは騎士たちに拘束され気絶している男二人から、まだ意識のある見張り役の男へと視線を動かした。
見張り役の男はビクッと肩を震わせる。
「……お、おい!話が違うじゃないか!騎士が現れる上に、王女まで連れて来るなんて聞いてないぞ!!」
男が喚くように話し掛けた相手は、もちろん主犯格の侍女だ。侍女は咄嗟に顔をそむけて知らないフリをしていたが、オレリアはそれを見逃さなかった。
「……どういうこと?あなたが彼女を襲わせたの?」
「……ち、ちがっ……。わ、私だけじゃありません!みんな同罪ですっ!!」
侍女は一度しらを切ろうとしたものの、誤魔化しきれないと思ったのか、他の侍女を巻添えにした。途端に抗議の声が上がる。
「ふ、ふざけんじゃないわよ!指示したのはあんたでしょ!?」
「そうよそうよ!ちょっと顔が広いからって威張っちゃって……!」
「なんですって!?あんたたちだって楽しそうに虐めてたじゃないのよ!」
三人の侍女が互いを罵り合い始め、シルヴァンは目を細めながらも他の騎士に男たちを連れて行くよう頼んでいた。
クラーラはずっと唇を結び、足元を見つめている。
エマの耳に、オレリアの大きなため息が届いた。
「お黙り。みっともない真似はやめてちょうだい。……もういいわ、あなたたちはすぐに侍女を辞めて城から出て行って」
「ど……どうしてですか!?私たちは、この女がオレリア殿下の侍女には相応しくないと思って……!」
侍女の指がエマに向けられると、驚くことにオレリアがその指をはたき落とした。
「相応しくない?何を言っているの?彼女は……エマは、あなたたちよりよほど優秀な侍女だわ」
「なっ……!」
オレリアはとても冷ややかな目を侍女たちへ向ける。エマより年下とは思えない気迫を纏い、再び口を開いた。
「どうして私が、あなたたちの名前を一度も呼ばないか、考えたことはある?……それはあなたたちが誰と入れ替わっても大差ない、平凡な侍女だからよ」
オレリアが言い放った言葉は、侍女たちの心を抉ったようだ。皆がショックを受けたような顔をしており、主犯格の侍女は膝から崩れ落ちていた。
オレリアは拳を握り、唇を震わせながらシルヴァンの方を向く。
「騎士のあなた……彼女たちを拘束して、事情を聞いてちょうだい。そのあと侍女長のジャネットに引き渡して、解雇処分をお願い」
「はい、畏まりました。……こちらの侍女の方は、手当てにお連れしても?」
シルヴァンがエマの腫れた頬をちらりと見た。エマは慌てて首を横に振る。
「私は平気です!まだパーティーの仕事も残っていますし……」
「何を言っているの?そんな姿で国民の前には出せないわ。大人しく手当てを受けてきなさい」
「……はい……」
オレリアに睨むような視線を向けられ、エマは諦めて頷いた。できればシルヴァンとこれ以上一緒にいたくなかったのだが、逃げられないらしい。
「ではオレリア殿下、失礼いたします」
「ええ。私の侍女を……頼んだわ」
オレリアが苦しそうに言った“侍女”が、クラーラたちのことを含んでいたのかは分からない。
エマはシルヴァンの後ろを歩きながら、作戦がうまくいったことを頬の痛みと共に感じていた。




