28.パーティーを始めよう②
オレリアがパーティー会場の下見に行っている間、エマたち侍女は部屋の掃除をしていた。
虐めの主犯格である侍女は、オレリアについていてこの場にいない。エマはベッドのシーツを整えながら、他の侍女を盗み見ていた。
(クラーラさん以外は、伯爵家の令嬢。立派な後ろ盾とオレリア殿下の侍女という肩書があるのに……それを捨てるような真似をしてるって、気付かないものなのね)
クラーラと目が合ったが、静かに逸らされる。裏庭で話して以来、表立った会話は一切していなかった。
他の侍女たちは、エマとクラーラが繋がっていることに勘付いてもいないだろう。
パーティーが始まれば、エマたちは給仕として参加することになっている。
オレリアは最初に主催の挨拶をする予定だった。第一王子と第二王子―――つまりレオナールも一緒だ。
今回の計画を知っているウェスは、おそらくレオナールにも詳細を話しているはずである。
「……」
窓を拭きながら、エマは中庭を見下ろして様子を確認する。プラチナブロンドの髪を見つけ、心臓がドクンと跳ねた。
堂々とレオナールの隣に立つためには、まず今日を乗り越えなくてはならない。
エマは唇をきゅっと結び、いつもより力強く窓を磨き終えた。
パーティーの開始の時間が近付くと、城門が一気に騒がしくなった。それと同時に衛兵がバタバタと動き回り、その横をすれ違いながらエマたち侍女は会場へと向かう。
開始時間になるまで、レオナールやオレリアは控え室に移動しているはずだ。エマたちは設置されていたステージの脇に控える。
「……は?食器が足りない?気付いたならさっさと追加分を取ってきてください」
「は、はいぃっ!!」
「あはは、アンリさんに当たられて可哀想」
「……ウェス、黙っておいた方がお前のためだぞ」
「そこ!聞こえてるからな!?」
すぐ近くから、レオナールの側近たちの会話が聞こえてくる。ついそちらを見てしまいそうになり、エマは無心で姿勢を正して立っていた。
(そういえば……レオナール殿下は側近が三人いるけど、第一王子には何人いるのかな。オレリア殿下にはまだ固定の側近はいないし……っていうか、視線を感じるわね)
中庭を動き回る使用人や衛兵からの視線を、エマは至る所から感じていた。オレリアの侍女として、平民で黒髪のエマが選ばれたことが大きな話題となっているせいだろう。
ルシアから聞いた話によると、よほどの実力者か、背後に権力者がいるかのどちらかだろうと意見が分かれているらしい。
どっちなの?とルシアに訊かれ、エマとしてはとても答えづらかった。
前世で培った知識と所作を発揮したのは確かだし、第二王子のレオナールとは前世で苦楽を共にした仲だ。
不正はしていないが完全に否定もできず、結局エマは笑って誤魔化していた。
「……あんまり調子に乗らないでよね」
ボソッと隣でそう呟かれ、エマは視線だけを向ける。侍女の一人が同じように、鋭い視線だけをエマに向けていた。
「乗っていませんよ」
穏やかな声でそう答えれば、小さな舌打ちが聞こえた。結局は、エマがどんな反応をしても侍女たちは気に入らないのだ。
面倒くさいな、と思いながらもエマは微笑みを浮かべたままにしている。オレリアの侍女として、常に周囲から評価をつけられていることを忘れてはならない。
時間になり、城門の厳しいチェックを受けた国民たちが一気になだれ込んで来た。
あっという間に中庭は人で溢れ、みんなが楽しそうに笑いながら城外の雰囲気を楽しんでいる。小さな子どもたちは手作りの木剣で騎士ごっこをしているようだ。
やがて、空気がざわりと揺れる。ステージに三人の麗しい王族が現れた。
輝くプラチナブロンドの髪に、透き通るような碧眼を持った神々しい容姿の三兄妹の登場に、国民たちは感嘆のため息を漏らしている。
(こうして見ると、本当にみんな似てる……。第一王子は初めて見たけど、レオナール殿下が少し髪を伸ばした感じね)
エマの視線の先で、中央に立っていた第一王子のラザフォードが笑顔で口を開いた。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう。ささやかな時間しか提供できないけれど、どうか楽しんでいって欲しいな」
とても眩い笑顔をこれでもかと振りまいたため、女性たちがうっとりとした表情で虜になっている。
次に口を開いたのはオレリアだ。
「私たちはすぐに離れてしまうけれど、最後まで楽しんでくれると嬉しいわ」
艶のある唇が弧を描くと、同じくらいの年頃の少年たちが頬を赤く染めていた。
最後にレオナールが一歩前に出る。エマは一挙一動を見逃すまいと、じっと目に力を入れた。
「どうか、この場に集まっている人はみんな対等な立場だと思って過ごして欲しい。……知らなかった世界が、きっと見えてくるはずだから」
真剣な表情のレオナールは、一体何を思っているのだろう。前世で髪色のせいで虐げられていた“レオ”を思い出し、エマは胸が苦しくなった。
フッと表情を和らげたレオナールの瞳が、エマに向けられたような気がした。
「―――パーティーを、始めよう」
ワッと歓声と拍手に包まれながら、パーティーが始まった。使用人たちが忙しなく給仕として動き回り、エマたち侍女も動き出す。
任されているのは料理の取り分けで、続々と並び始める国民へ少しずつ皿に取って渡していく。
―――けれど。
「あー……君のはいいや」
「そうね、私もちょっと……」
エマの髪を見るなり、あからさまに避けていく国民は多かった。それを見た侍女たちはくすくすと笑っている。
そんなに髪色が明るい方が偉いのかと眉を寄せたくなるが、この理不尽さは髪色が暗い人間にしか分からないだろう。
(あーあ……みんな、元気かな)
家族や村の友人たちの顔を頭に思い浮かべながら、エマは笑顔を絶やさなかった。
ほとんどの人が料理を受け取ると、今度は食べながら談笑を始める。人が途切れたタイミングを狙ったように、侍女の一人がエマに声を掛けてきた。
「ねぇあなた、厨房から追加の料理をもらってきてちょうだい。裏口からね。それくらいならあなたの容姿でも嫌がられないでしょう?」
「……はい、分かりました」
一言余計だな、と思いながらもエマは頭を下げる。その場を離れるときに、クラーラが緊張の滲んだ顔をしていることに気付いた。
侍女たちの計画が、始まっていたからだ。
厨房の裏口へは、裏庭を通って行くしかない。賑わう会場から離れていくエマに気付く人物は、誰もいないように思えた。
すぐに誰かがあとをつけて来る気配はない。
(クラーラさんの話だと、私を襲う人数は三人。二人が私を厨房裏にある倉庫に連れ込み、残りの一人が見張りで外に立つ……)
すっかり見慣れた景色になってしまった裏庭を歩きながら、エマは隠さずにため息を吐いた。
パーティーに紛れ込む暴漢三人は、主犯格の侍女が手配したらしい。ずいぶんと金額を支払ったようだ。
暴漢に襲われた侍女というレッテルをエマに貼り、王都周辺から居場所をなくすことが目的だと聞いたときの、ウェスの言葉を思い出す。
―――『あはは、変なの。そんなにお金と労力をかけて潰す価値が、君にはあるの?』
本当にその通りだと、エマは思わず笑ってしまったほどだった。エマなどに構わず、オレリアの侍女としての立場を上げていく方が、何倍も価値があるのに勿体ないとさえ思った。
(でも―――そんなに私の道を妨げたいのなら、相手をするしかないわよね)
背後で枯れ葉を踏みしめる音が響き、エマはゆっくりと振り返った。




