27.パーティーを始めよう①
今日のシェバルツェ城は、いつもより忙しく人々が行き交っている。
午後に中庭で行われるティーパーティーの準備があるからだ。
これは毎年同じ時期に行われる恒例行事で、普段は城に入れない一般の人物―――つまり国民が、城の中庭までなら入ることができるようになる。
中庭にはいくつもテーブルが設置され、その上には城の料理人が腕をふるった軽食が並ぶ予定だ。
安全面を考慮し、料理の取り分けは城の使用人が行う。警備も多く配置し、城門では徹底的に持ち物検査を実施する。
このパーティーの表向きの名目は、国民と城で働く者たちとの交流だ。
「レオナール。今日は無事に開催できそうかい?」
中庭のセッティングを見守っていたレオナールは、名前を呼ばれ振り返った。
プラチナブロンドの肩まで伸びる髪を掻き上げながら、颯爽と向かってくる人物は―――レオナールの兄であり、第一王子のラザフォードだ。
「問題ありません」
「おや、我が弟は素っ気ないなぁ」
くすくすと笑ってはいるが、レオナールと同じその碧眼は冷えたままだ。
ラザフォードは、兄に対するレオナールの態度など気にしていない。その証拠に、ラザフォードはすぐに近くで準備をしていた女性の使用人に笑顔で手を振り始めた。
「見てごらんレオナール、顔を真っ赤にしちゃって。可愛いなぁ」
「……お願いですから、またパーティーで問題を起こさないでくださいよ」
「失礼だな。僕がいつ問題を起こした?」
「昨年のことをお忘れですか?あなたの毒牙に掛かった女性たちが、刃物を持って押し掛けて来たでしょう」
「ああ……あったっけ、そんなこと」
笑顔でそう言い放つラザフォードは、本気で何も気にしていないのだろう。城門では大きな騒ぎとなったのだが、けが人が出なかったことが幸いだった。
そして、今回も同じような事件が起きないとは言い難い。
第一王子のラザフォードは、女癖が悪い。
城内でもところ構わず使用人などに手を出し、結果的に手をつけられた女性は城を出て行く。
皆がラザフォードに心酔してしまうのだが、本人は遊び感覚のため冷たく突き放し、女性の方が心が折れてしまうのだ。
(呪いの言葉を口にして、泣きながら城を去る女性を、何度見たことか……)
このパーティーを最初に考案したのはラザフォードで、その真の目的は国民の中で好みの女性を探すことだった。
今度は別の使用人に手を振るラザフォードを、レオナールは呆れた目で見ていた。
すると、コツコツとヒールを鳴らす音が近付いて来る。
「ラザフォードお兄さま、レオナールお兄さま。問題はありませんか?」
第一王女のオレリアはそう問い掛けながら、中庭の状況を大きな瞳で見渡している。
後ろに控えている侍女は一人だ。その侍女がエマではないことに、レオナールは少し安心する。
(兄の好みは金髪の女性だ。エマが毒牙に掛かることはないとは思うが……今世でもあれだけ美しいんだから、万が一ということもある)
レオナールがそう憂いている間に、ラザフォードがオレリアに向かって口を開く。
「問題ないらしいよ。ほら、アンリが眉をつり上げながら指示を飛ばしてる。面白いね」
「お兄さま……そういう態度を取るからアンリに嫌われるのでは?」
「あはは、僕だってあいつは好きじゃないよ。女性受けする顔の男はみーんな嫌いだ」
オレリアに呆れたような視線を向けられ、ラザフォードはくすりと笑う。
「そういえばオレリア。毛色の違う子猫を飼い始めたらしいね?」
その言葉に、レオナールはピクリと反応した。毛色の違う子猫……間違いなくエマのことを言っているのだ。
そして、反応を示したのはレオナールだけではない。オレリアはもちろん、その背後に立つ侍女も眉を寄せていた。
「……私の侍女を、子猫扱いしないでください。お兄さまには関係ないでしょう?」
「おや、妹も冷たいなぁ。これでもお前の評判を心配しているんだけど」
「嘘ばっかり。お兄さまの頭のほとんどを占めているのは女性のことでしょう」
冷ややかにそう言うオレリアに、ラザフォードは「それは間違いないね」と笑っている。
こうして兄妹揃って立っていると、傍目からは仲が良さそうに見えるだろうが、実際はそうではない。特にレオナールは、ラザフォードとオレリアに挟まれると居心地が悪くて仕方がなかった。
「……くれぐれも、俺の側近たちの迷惑になるような出来事は起こさないでくださいね」
レオナールは微笑みを浮かべながら、視界の端にオレリアの侍女を捉える。強張った表情をした侍女を、今すぐ捕らえたくなった。
新しくオレリアの侍女となったエマが、早速嫌がらせを受けていることをレオナールは知っていた。オレリアの侍女に関する問題は、前から侍女長のジャネットに相談されていたのだ。
下手にオレリアに話せば、侍女を庇う可能性もあり、証拠を掴みにくくなってしまう。
水面下でどうにか状況を改善しようとしていたが、今回はその矛先がエマへと向いてしまった。
(……ウェスの話だと、このパーティーの途中で事件が起きるはずだ。それまでは一度も気が抜けない)
レオナールの側近を目指すと、優しく微笑んで言ってくれたエマ。思わず強く抱きしめながら、レオナールの心は震えていた。
そして自分を護ろうとしてくれるエマを、レオナールは今の立場で護ろうと決めていた。
(残念ながら、表立って堂々と護ることはできない。エマもそれは望んでいないと分かってる。……だからこそ、俺が持つものは存分に利用させてもらおう)
「では、失礼します」
ラザフォードとオレリアをその場に残し、レオナールは側近たちの元へ足を進めた。
テーブルやイスの配置を指示していたアンリは、レオナールが近付くと疲れた顔を向ける。
「……殿下、ご挨拶はもういいんですか?」
「ああ、そんなことよりこっちの方が重要だ。ルーベン、ウェス。衛兵の配置は?」
生け垣の近くに立っていた二人は、口を揃えて「問題ありません」と答えた。
このパーティーの主催はレオナールたち三兄妹となっているが、実際にほとんどの仕事を請け負っているのはレオナールだった。
そして、必然的に負担が一番大きくなるのはアンリである。
「アンリ、今日が無事に終わったら一日休みをやろう。ゆっくり休んでくれ」
「いえ、結構です。休みがあっても心配事がありすぎて休めないので」
「あははっ、アンリさん仕事人間なんだから〜。デートでもしてくればいいのに」
けらけらと笑うウェスの額に、スコンと何かが当たった。アンリが手に持っていたはずのペンがウェスの足元に落ちている。
「いっ……たぁ〜!ちょっとアンリさん!刺さったらどうしてくれるんですか!」
「安心しろ、ペン先は引っ込めてある」
「そういう問題ですかぁ!?レオナール殿下、もうアンリさんには年中無休で働いてもらいましょう!」
騒ぎ出すウェスとアンリを、ルーベンが呆れたように腕を組んで見ていた。そんな側近たちに対して、レオナールは笑みを零す。
前世で護衛騎士だったとき、レオナールの周囲に気を許せる仲間はいなかった。けれど今世では、優秀で心を許せる側近たちに恵まれた。
そして―――何よりも大切な人が、この場所を目指してくれている。
(俺は今世でも、あなたに出逢えて本当に良かった……エマ)
エマの歩む道のために、レオナールができることを。
星空の下で抱きしめた温もりを思い出し、レオナールはまた口元を緩ませるのだった。




