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26.侍女+1


 声を掛けられたのは、例によって仕事を終え城門へ向かっている途中だった。



「ちょっといいかしら」



 エマは振り返りながら、内心「またか」と思っていた。門番に強引に裏庭へ連れて行かれたことを思い出す。

 眉を寄せて立っているのは、オレリアの侍女四人の中で一番身分の低い侍女だ。エマについてくるよう言ってから、あの日の門番と同じように裏庭へと足を進めていく。

 エマは少し遠慮がちに声を掛けた。



「あの……そっちはやめた方がいいと思います」


「どうしてよ?」


「前に門番に連れ込まれたとき、見回りを強化すると言っていたので……」


「連れ込まれ……?」



 侍女はエマをじろじろと見たあと、肩を竦めて再び歩き出した。



「別に、私はあなたを裏庭で締め上げようとか思っていないわよ。とにかく早く来て。他の侍女に見つかる前に」


「……?」



 エマは首を傾げながらも、黙ってついていくことにした。侍女の話の内容が気になったからだ。

 奇しくも前回の門番のときと同じ位置で立ち止まった侍女は、辺りを見渡してからエマに視線を戻す。



「いい?悪いことは言わないから、今すぐ侍女を辞めて使用人に戻りなさい」


「え……嫌です」


「嫌です!?あなた、あんなに虐められてもまだ続けたいの!?」



 信じられない!とばかりに声を荒げられるが、エマはどうして侍女四人が結託して、一人の侍女を虐めているのか知りたかった。



「あの、……まずはお名前教えてくれますか?」



 他四人の侍女の名前を誰も知らなかったことに、エマは気付く。名乗ってくれるはずもなく、オレリアも今日まで侍女たちを名前で呼ぶことはなかった。



「……クラーラよ」


「クラーラさん。どうしてみんなで寄ってたかって、新人の侍女を虐めるんですか?」


「……私だってこんなことしたくないわ。でも逆らえば、私が蹴落とされるのよ。他の三人は伯爵家だけど……私は男爵家だから」



 クラーラは両手で自身の体を抱きしめるようにして震えていた。

 自分が虐められたくないからと他の人間を虐めようとするクラーラに対して、エマは同情しようとは思わない。けれど、思えばクラーラにだけは表立って虐められた記憶はなかった。


(……他の侍女から隠れるようにして、私に辞めるよう警告する意味は何?)



「もしかして……私に対して嫌な計画が持ち上がってたりします?大ケガさせようとか、大衆の面前で恥をかかせようとか……」


「……その通りよ」



 嫌な予感が当たってしまい、エマは項垂れた。どうしてそこまでして、平民の侍女を虐げたいのだろうか。


 クラーラは唇を噛みながら、鋭い瞳をエマに向ける。



「とにかく、早く辞めた方があなたのためよ。このままだと、あなたは心と体に深い傷を負うことになるし、一生周囲から白い目で見られるかもしれないわ」


「……暴漢にでも私を襲わせるつもりですか?」



 エマの推測が当たったのか、クラーラがわかりやすく視線を泳がせる。

 王女付きの侍女が暴漢に他の侍女を襲わせるだなんて、事実が広まればオレリアも無事では済まないだろう。


(オレリア殿下は、レオナール殿下の妹。オレリア殿下の名誉に傷が付けば、それはレオナール殿下の傷にもなる……そんなの、私は許せない)


 エマはぐっと拳を握りしめると、クラーラに向かって頭を下げた。



「クラーラさん。私は侍女を辞めるつもりはないので、その暴漢をなんとかします。力を貸してください」


「な……何を言ってるの?あなたバカなの!?」


「違います。バカなのは、たった一人の侍女を貶めるために、あくどい手を使う人たちですよ」



 目を細めたエマの気迫は、知らずの内にクラーラを怯ませていた。ごくりと喉を鳴らしたクラーラが震える唇を開く。



「……私に、何をしろって言うのよ……?」


「そうですね。まずはどうやって私を貶めようと計画しているのかを……」


「面白い話してるね?オレにも教えてよ〜」



 突然響いた呑気な声に、エマとクラーラは同時に振り返る。

 頭の後ろで手を組み、にこにこと笑顔を浮かべているのは、間違いなくレオナールの側近の一人であるウェスだった。


 あまりに気配がなかったため、エマは本気で驚いて口をパクパクとさせた。



「……ウェ、ウェスさま?どうしてここに?」


「まぁまぁ、そんなことはいいじゃん。それで?オレリア殿下の侍女が、同じ侍女である君を消そうとしてるの?」


「そんな物騒な話じゃありません。大丈夫です、これくらい私一人で対応できないと……」



 普通にウェスと話してしまっていたエマは、クラーラが目を丸くしていることに気付いた。

 ついこの間までただの使用人だった平民の村娘(しかも髪は黒)が、レオナールの側近と普通に話す光景は信じがたいに違いない。



「あのですね、クラーラさん。ウェスさまとは……」


「いいわ、何も言わないで。どこか普通じゃないと思ってたけど、やっぱり普通じゃないのね」


「あはは、侍女の間でも珍妙ちゃん扱いされてるの?」


「……」



 レオナールの側近でなければ、エマはウェスの頭を引っ叩いていたことだろう。言い返したい気持ちをぐっと堪え、話を戻す。



「……とにかく、ウェスさまの手を煩わせることはしません。レオナール殿下の側近が介入すれば、事態はよりややこしくなりますので」


「すでにややこしそうだけどね〜」


「分かっています。でも……」


「頑固だねぇ、君も。君に何かあった方が、オレたちは面倒なんだけど」



 ウェスの言葉には何か重要な意味が含まれていたような気がして、エマは眉をひそめた。けれど、ウェスはそれ以上言うこともなく肩を竦める。



「とりあえず手は出さないようにするけど、話を聞くくらいはいいでしょ?」


「……分かりました。ではクラーラさん、計画の内容を教えてください」



 クラーラは何かと葛藤しているようだったが、ウェスをちらりと見て諦めたようだ。レオナールの側近の耳に入ってしまえば、誤魔化すことはできないだろう。



「これは……数日後に城の中庭で開催予定の、一般開放されるパーティーでの計画よ」



 そう言って、クラーラは侍女たちの計画の全貌を話し始めた。



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