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24.一歩ずつ


 エマが自分の間違った行動に気付いたのは、オレリアが大きな瞳を丸くしていたからだった。

 根深く染み付いている王女だったときの所作は、ただの平民の使用人が身に付けているには不自然すぎるのだ。


 動揺を表に出さないようにスッと姿勢を正しながら、エマは笑みを浮かべる。心臓はバクバクとうるさく鳴り響いていた。



「あなた……村出身というのは偽りではないわよね?」


「はい、もちろんです」


「そう。……まぁいいわ。エマ、あなたには明日から私の侍女として働いてもらうわ」


「はい、よろしくお願いいたします」



 今度はちゃんとした使用人の礼をとりながら、エマは内心ホッとしていた。

 ひとまず、目標であるオレリアの侍女になることができたのだ。


(それに―――……)


 エマが顔を上げると、侍女たちが揃って睨むような目をしていた。

 侍女の一人がエマに足を掛けたことから、虐めの対象になっていたことは間違いない。それなのに、実際エマではなくリリアーヌを選んだ理由は何なのだろうか。


(……明日からオレリア殿下の侍女として働けば、理由なんていくらでも分かるわね、きっと)


 エマがそう結論づけると同時に、侍女選抜試験は終了となった。

 オレリアと侍女たちが部屋を出て行き、そのあとで残りの使用人たちにジャネットから仕事に戻るよう指示が出る。

 リリアーヌは何か言いたげにエマを見ていたが、結局何も言わずに部屋を出て行った。

 エマもこのまま仕事に戻っていいものかと振り返れば、ジャネットが思い切り眉を寄せている。



「……じ、侍女長?」


「エマさん、あなた……どこで紅茶の知識や完璧な所作を学んだの?」



 探るような視線に、エマは愛想笑いを浮かべる。



「ええと……母が昔、王都で働いていましたので。そこで得た知識を教えてもらいました」



 エマの母であるリディが、王都で働いていたことは嘘ではない。ジャネットは疑わしげにエマを見ていたが、それ以上問い質そうとはしなかった。



「ひとまず、おめでとうとだけ言っておくわ。ただ、明日からはあなたの想像以上に厳しい扱いになると思うわよ」


「……侍女のみなさんは、どうして私を選ばなかったのでしょうか?」



 エマがそう問い掛ければ、ジャネットは苦笑した。



「それはあなたが完璧すぎたからよ、エマさん。自分より優れている相手を貶すには、それなりの理由が必要になるでしょう?地位や髪色なんて、実力の前では無意味になるものよ」


「……そう、ですか……?」



 エマとしては、前世の知識と経験を生かして試験を受けただけだった。

 それが完璧と呼ばれるものだったかどうかは分からないが、一つ分かるのは、そのせいで危うく侍女の座を逃すところだったということだ。


(……うっかり前世の知識や所作を表に出さないように、気をつけないとダメかな)


 思わず顎に手を添えて考え込んでしまったエマを見て、ジャネットがくすりと笑う。



「不思議ね。あなたなら、オレリア殿下の侍女たちと対等に渡り合える気がしてきたわ」


「あ、侍女長。虐めの証拠はしっかり掴んできますね」


「勇ましいわね。……でも、無理だけはしないでちょうだい」



 優しい眼差しを向けられ、エマは笑顔で頷いた。




 オレリアの侍女として選ばれたエマは、その後仕事に戻るとルシアから盛大な祝福を受けた。

 ルシアは涙目になりながら、「あたしのこと忘れないでね」と言ってきたので、エマは毎週一緒に食事をする約束をした。


 いつもより良い気分で仕事を終え、いつもより良い気分で王都を出た。小屋に戻り、そのままベッドの上に仰向けに倒れ込む。

 天井を見つめながら、エマは笑みが零れた。



「……一歩あなたに近付けたよ、レオ」



 瞼を閉じ、レオナールの姿を思い出しているうちに、エマは眠りに落ちていった。






 ***


 コンコン、と扉を叩く音が聞こえ、エマは勢いよく体を起こした。窓の外は真っ暗だ。



「………?」



 気のせいかと思ったが、また扉を叩く音が響く。ブランケットを羽織り、アンリが来たのかと思いながらゆっくりと扉を開けた。

 そこに立っていた人物は、アンリではなかった。エマの願望が生んだ幻でなければ―――レオナールだ。



「エマ、こんな夜更けにごめん。少しいいかな」


「…………幻?」


「幻?……ははっ、違うよ」



 レオナールが可笑しそうに笑い、エマの胸がきゅっと締め付けられる。そのまま抱きついてしまいたくなる衝動を抑えるのが大変だった。



「ど……どうされました?」


「アンリから聞いた。使用人として城で働いていたことも、仮面をつけて騎士と戦ったことも……オレリアの、侍女に決まったことも」



 そう言いながら、レオナールは黒い外套のフードを外す。綺麗なプラチナブロンドの髪が揺れ、月明かりに照らされ輝いた。



「……情報が早いですね。アンリさまは平気ですか?私の存在がずいぶんとアンリさまを振り回してしまっているみたいですが……」


「アンリは俺に振り回され慣れているからな。問題ない」


「それは問題ないんですか……?」



 アンリには悪いが振り回される様子がエマには簡単に想像できてしまい、くすりと笑った。レオナールも口角を上げている。



「……オレリアは、我儘で口調がきついところがあるけど……悪い子じゃないんだ。エマになら、任せられるかな」


「すっかり兄の顔ですね」



 そう言いながら、エマはふと以前レオナールが言っていたことを思い出していた。


 ―――『いいな、兄弟愛。俺には無縁なものだ』


 レオナールの口振りからして、妹であるオレリアを嫌っているわけではなさそうだ。となれば仲が悪いのはレオナールの兄、つまり第一王子なのだろうか。

 思わずじっと見つめていたエマの鼻先を、レオナールがぐにっと摘む。



「無言で見つめるのはやめてほしいかな。星の輝く夜空の雰囲気が相まって、変な気を起こしそうになる」


「……レオナール殿下。そうやって愛人を増やそうとしてるんですか?」



 エマはレオナールをじとっと睨みながら、鼻先を摘んでいる手を払い除けた。レオナールは途端に眉を寄せる。



「愛人?……待ってくださいエマリ……エマ。俺には愛人を増やす趣味はないし、そもそも婚約者もいない」


「友人が言っていました。殿下の愛人を狙っている使用人はたくさんいるらしいですよ」



 つんとそっぽを向いたエマに、レオナールが焦ったように「愛人なんていらない」「そんな話初めて聞いた」と言ってくる。

 綺麗な夜空を見上げながら、エマはフッと笑った。


 平民の村娘であるエマには、王子であるレオナールの恋愛事に口を出す資格はない。

 前世から抱き続けるエマの想いが、今世でも叶わないことは分かっている。今は婚約者がいなくても、必ずいつかは現れてしまうということも。


(そのときに私は……笑ってレオナール殿下を祝福しなきゃいけないんだから)


 それがどんなに辛くても、エマはレオナールのそばにいる道を目指すと決めた。

 伝えることができなかった前世の恋を、今世でもレオナールのそばで抱き続ける覚悟を決めたのだ。



「―――レオナール殿下」



 エマが今世の名前を呼べば、まだ少しだけ寂しそうにレオナールは反応を見せる。

 エマが前世に囚われているように、レオナールも前世に囚われているのかもしれない。

 けれど、今世だから築ける関係もある。エマはそれを、改めてレオナールに直接伝えたかった。



「王族である不自由さを、私は知っています。そして、常に味方でいてくれる人がいる心強さも。……だから今度は私が、何があってもあなたの味方でありたいんです」


「……エマ」


「私はあなたの味方を―――側近を、目指します」



 また想いを伝えられないとしても、大好きな人のそばに。それがレオナールに出逢えたエマの、今世の目標である。

 ようやく本人に伝えられたことで、エマは満足して微笑んだ。



「まだまだ先は長いですが、頑張るので……っ」



 言葉が途切れたのは、エマの体がレオナールに強く抱きしめられたからだ。

 万一にでも誰かに見られたら大変なことになる。その腕から逃れようと身を捩っても、レオナールはさらに力を込めてきた。



「……で、殿下っ……」


「今だけは、許して欲しい。……前世で俺は、震えるあなたの体をどんなに抱きしめたいと思っても……それは叶わなかったから」


「……っ」



 耳元で乞われるように囁かれ、エマは抵抗する気がなくなってしまった。けれど、自分の腕をその背中に回すことはできない。


(……ずるい。ずるいよ……)


 エマはじわりと滲む視界で、空から優しく見守ってくれている月を見上げていた。



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