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23.侍女選抜試験②


 オレリアの侍女を決める選抜試験。

 ドレスに合わせた髪型をセットしている間、エマはとても楽しかった。


 前世の王女のときは、自分で髪型を整えるしかなかった。それは、侍女たちが仕事を放棄していたからだ。

 “エマリス”の侍女は、姉が自分の思い通りにできる侍女を充てがっていた。例え侍女が仕事をしなくても、“エマリス”は全てを自分でこなしていたのだ。それは意地のようなものだった。


 ジャネットの髪をセットし終えたエマは、髪飾りが並べてあるテーブルへ向かう。

 すると、わざとらしくぶつかってくる使用人がいた。オレリアの髪のセットを勝ち取った使用人だ。

 睨むようにエマを見ながら、一番豪華な髪飾りに手を伸ばす。

 清々しいほどの敵意を向けられたエマは、苦笑しながらも自分が欲しかった髪飾りを手に取った。


 エマと敵意剥き出しの使用人がほぼ同時に髪を仕上げ、そのあとすぐに他の四人も「できました」と声を上げる。

 オレリアは手鏡で自分の髪を確認したあと、側近たちとジャネットを見た。


 オレリアの髪型は、緩く巻かれた髪を生かしたハーフアップだ。左右は編み込まれ、後頭部で纏めた部分に豪華な髪飾りが揺れていて、とても華やかだった。

 そしてその側近たちの髪も、みんなハーフアップだった。編み込みや髪飾りの種類で違いを出しているものの、パッと見ただけでは同じように見えてしまう。

 それでも、オレリアの可愛らしさと美しさを兼ねた容貌には、一番似合う髪型だとエマにも分かっていた。


 けれど、エマはジャネットの全ての髪を纏めていた。左右の顔にかかる髪を少しだけ残し、あとはざっくりと編み込んで纏めてある。

 髪飾りはドレスと似た色の紫で、蝶のデザインのシンプルなものを着けていた。



「……オレリア殿下には、少し物寂しすぎるんじゃない?」



 エマの隣にいた使用人が、囁くようにそう言ってくすりと笑う。エマが微笑みを返すと、面白くなさそうに眉を寄せていた。

 オレリアの瞳が、じっとジャネットを見つめてからエマへ向いた。その艶のある唇が開きかけたが、すぐに思い直したかのように閉じてしまう。


(……あれ?気に入ってもらえなかった?)


 エマは自信があっただけに少し落ち込んだ。オレリアは誰の髪型を評価することもなく、ただ「全員問題ないわ」とだけ言った。



「ジャネット、次へ移ってちょうだい。給仕の試験よね?」


「はい、オレリア殿下。隣の部屋で準備を終えております。……では皆さん、移動しましょう」



 ジャネットに促され、ぞろぞろと隣の部屋に向かう。部屋の中央に丸テーブルが置かれており、侍女が椅子を引くとオレリアがゆっくりと腰掛けた。

 少し離れた横長のテーブルの上には、ティーセットが用意されていた。



「では、今度は順に紅茶を淹れてオレリア殿下へお出ししてもらうわ。まずはオレリア殿下の髪を整えていた、あなたから挑戦してちょうだい」


「はい!」



 元気に返事をした使用人が、慣れた手つきで紅茶を淹れ始める。王女付きの侍女に志願するだけあって、実力はきちんとあるようだ。

 問題なくオレリアの前に紅茶を出し、それを侍女が一度口にしてからオレリアへ渡す。



「……問題ないわ。次の人どうぞ」



 紅茶を一口飲んだオレリアが先を促し、ジャネットがエマに視線を向けた。



「……次はあなたよ」


「はい、分かりました」



 エマは移動してから、ゆっくりと紅茶を淹れる。カップがぶつかって音を立てないよう気をつけながら、小さなトレーに乗せてオレリアの元へと運んだ。


 あともう少しで辿り着くというところで、事件は起きた。

 オレリアのそばに立っていた毒見役の侍女が、足を伸ばしてエマを引っ掛けたのだ。



「!」



 このまま倒れれば、紅茶がオレリアに掛かってしまうかもしれない。それだけは避けなければと、エマは強めの一歩で床を踏みしめて体を支えた。

 だぁん!と床を踏んだ足音が響き、オレリアが目を見開いている。

 エマはにこりと微笑みながら静かに姿勢を戻し、再びオレリアに近付いてから紅茶を差し出した。



「……失礼致しました。こちら、モルテシア産の紅茶です」


「あら……茶葉だけで産地が分かるの?」


「抽出時間まで頭に入っております。どうぞお召し上がりください」



 エマに足を掛けた侍女が、苦々しそうな顔で最初に紅茶を口に運んだ。すると、すぐに目を丸くする。

 そのあと悔しそうにオレリアに紅茶を差し出し、優雅な仕草で口元に運んだオレリアは、同じように目を丸くして口元を押さえた。



「まぁ、美味しい……!」


「よろしければ次は、同じモルテシア産の蜂蜜を入れてみてください」



 エマの紅茶の知識は、前世のときに手に入れたものだ。侍女が淹れる紅茶が不味すぎて、“レオ”と一緒に何度も練習していた。

 そしてこの試験に選ばれた茶葉は、王族に献上される高級茶葉で、エマが好きだったものだ。見た目も香りも変わらず、こうしてまた淹れることができて嬉しかった。



「いいわ、次」



 その後、残りの使用人たちが順に紅茶を淹れ終えると、そのまま次の試験に移る流れとなった。

 けれど、ジャネットが次の所作の試験の話をする途中で、オレリアが手を挙げて遮った。



「もういいわ、ジャネット。あなたたちも、もう決まったわよね?誰を新しい侍女として迎えるか」



 オレリアの問いに、侍女たちは互いに顔を見合わせている。その顔に動揺が走っているのがエマには分かった。


(……なんだろう?この違和感……)


 侍女の中から、一人の女性が声を上げる。



「オレリア殿下、いつも通り意見に相違がないか話し合ってから、合格の方をお呼びしてもよろしいですか?」


「ええ、構わないわ」



 侍女たちは顔を突き合わせ、ヒソヒソと何かを話し始める。今までもこうやって虐めの対象を決めていたのかと思えば、見ていて楽しい光景ではなかった。

 それでも、この中で一番虐げやすいのは平民で髪色の暗いエマだ。エマは自分が選ばれるだろうと思い、他の使用人の様子を伺ってみる。

 エマを押しのけていた使用人は、唇を噛み締めて床を見つめていた。他の使用人たちもどこか暗い顔をしている。


(あれ?どうしてみんな、自分が選ばれないって思ってそうな顔してるの?)


 新しい侍女が虐めやすいかどうかの基準で選ばれていると、他の使用人たちも知っているのだろうか。けれどそれならば、あからさまにエマに対抗しようとはしないはずだ。


 エマが疑問に思っていると、侍女たちが話し終えたようで横一列に並ぶ。



「新しい侍女が決定致しました。―――リリアーヌ、あなたよ」



 しん、と沈黙に包まれる。リリアーヌと名前を呼ばれたのは、エマに対抗していた使用人だった。

 その表情は呆然としており、自分の名前が呼ばれたことに対して「……え?」と声を上げる。

 エマも内心混乱していた。リリアーヌは茶髪で身分も高いのに、エマより虐めやすいと判断されたようだ。



「リリアーヌ。選ばれたのだから堂々としなさい。これから私たちと共にオレリア殿下を支え……」


「待ちなさい」



 侍女の言葉を遮ったのは、他でもないオレリアだった。碧眼を細め、睨むように侍女たちを見ている。



「あなたたちの目はどうなっているの?誰が見ても、侍女として選ばれるべき人物は別にいるでしょう」


「オレリア殿下、それは……」


「お黙り。今選ばれたあなたも、それが分かっているから狼狽えているのでしょう?」



 オレリアに問い掛けられ、リリアーヌは小さく頷きながらエマへ視線を向けた。

 その場の全員の視線が、誘導されるようにエマに集中する。そして、オレリアの射抜くような視線がエマを捉えた。



「エマ・ウェラー。あなたを私の新しい侍女として迎えるわ」



 この場の展開に置いてけぼりを食らっていたエマは、オレリアの言葉を頭の中で繰り返す。

 そこでようやく、エマは自分が選ばれたのだと気付いた。



「……ありがとうございます、オレリア殿下。誠心誠意、お仕えさせていただきます」



 あまりの嬉しさに、エマの体が勝手に動く。

 エマは完璧な淑女の礼(カーテシー)をとりながら、穏やかな微笑みを浮かべていた。



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