表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/89

10.王都へ


 エマが王都へ行くと決めたあと。

 ウェラー家では緊急の会議が行われていた。



「エマ、大変よ。どこかしらほつれた服しかないわ」


「大丈夫よミリア。私が王都で働いていたときの服を少し貸すから」


「っていうか、お前王女だったんだろ?うちの状況に不満はなかったわけ?……って今更か」


「本当に、いい子に育ってくれたよなぁ……娘をお嫁に出す父親って、こんな気持ちなのかなぁ……」



 ずずっと鼻を啜りだす父親のマークに、テキパキと荷物を纏め始める母親のリディ。

 兄のセインはそれをムスッとした顔で頬杖をついて眺めており、姉のミリアは大きな独り言を言いながら慌てている。


 そんな自分の家族を見て、エマは笑みが零れた。



「みんな、私は大丈夫だから。ほら、アンリさまも言ってくれてたでしょ?王都での必要最低限の生活は保障してくれるって」



 側近のアンリは、あのあとレオナールと一緒に王都の城へと戻って行った。

 そのときに手短に話してくれたことがある。


 ・五日後に迎えを用意してくれる。

 ・王都での必要最低限の生活は保障してくれる。

 ・王都へ来たら、レオナールとの接触はしばらく出来ないと思うこと。


 王都で、エマは新しい生活の基盤を早く作らなくてはならない。

 そしてレオナールのそばに立つことができる道を見つけ、ひたすらに突き進むのだ。


 アンリに引っ張られるようにして帰る際に、レオナールは「出来るだけすぐ会いに行く」と言ってくれた。

 その言葉だけで、エマは王都でも頑張ろうと思えた。



「でもやっぱり……私は心配。なんとか髪の色を誤魔化したりできない?」



 ミリアがそう言って、誰か良い案はないかとみんなの顔を見渡している。

 セインは肩を竦めた。



「それが出来るなら、髪色の暗いやつはみーんなしてるだろ。自分は不利だって分かった上で、お前は王都に行くことを選んだんだろ?エマ」


「……うん。大丈夫、私は自分の髪色が嫌いじゃないし、そんな理不尽な差別には負けるつもりないから」



 笑ってそう答えたエマに、セインは少し安心したように表情を和らげた。

 家族みんなが心配してくれていると分かって、エマはなんだかとてもむず痒い気持ちになる。

 リディが突然フフッと笑った。



「それに、エマのことはレオナール殿下が護ってくれるんでしょう?なら心配いらないわよ」


「う……うん」


「あらエマ、照れてるの?すごかったわよ、昨夜の殿下の演説は」



 レオナールの、演説。

 それは、昨夜エマが自分の部屋に逃げ出したあと、あの狭い部屋で唐突に始まったらしい。

 なんでも、エマが前世でいかに素晴らしい王女だったかをレオナールは延々と語っていたらしい。聞いている方がなんだか恥ずかしかった、とミリアにそう言われてしまった。

 護衛騎士レオのエマリス贔屓は、前世ですごかったのだ。



「レオナール殿下は……私のこと、買い被ってるから」


「ふふ、それでも私は、エマが前世でも変わらないってことが知れて嬉しかったわよ?」



 リディが本当に嬉しそうに目を細め、エマは照れ隠しで荷物をゴソゴソと纏めるフリをする。

 エマが王都に出ることにみんなが反対しないのは、レオナールのおかげだということが分かった。

 レオナールがそこまで言うならエマを任せられると、そう思ってくれたのだ。



「エマ……もしも王都で頑張れないと思ったら、いつでも村に戻ってきなさい。父さんたちは、エマの味方だから」



 涙目のマークが、そう言ってエマの頭をポンと優しく叩く。

 本当に今世では家族に恵まれたなと、エマは嬉しくなった。



「……ありがと、父さん。みんなも……あと五日、よろしくお願いします」



 感謝の気持ちを胸に、エマは笑顔で頭を下げた。






 それからの五日は、あっという間に過ぎた。


 持って行く荷物の準備は初日に終え、あとは気楽に過ごそうとエマは思っていたのだが、この村ではうまくいくはずもなく。

 毎日のように村人からレオナールとの関係を聞かれたり、王都に行ったらお土産を送ってほしいと頼まれたり、とにかくずっと誰かに話し掛けられていた。


 村長は「エマはこの村の英雄だ!」と声高に言い、村に銅像を建てると言い出した。エマはさすがに全力で止めた。

 この村でエマは、ラッカム伯爵という威張り散らした貴族に刺されたレオナールを救い、さらにその伯爵を捕らえることに協力した英雄―――という扱いになっていたのだ。


 そして、レオナールから感謝の証として、王都で働けるよう手配してもらえたから村を出る、ということにもなっている。



「あーあ、もうすぐエマはいなくなっちゃうのね……」



 王都からの迎えを待つ間、ミリアがポツリとそう呟いた。



「王都に行けるなんてすごいことだけど……やっぱり寂しい。エマ、私たちのこと忘れないでね?」


「忘れるわけないでしょ。大切な家族なんだから」


「エマ〜……」



 ミリアがエマに抱きつき、鼻を啜り始める。

 しんみりとした別れにしたくなかったのだが、エマもつられて涙が滲む。すると、セインがエマの頭をがしがしと撫でた。



「ミリアもエマも、今生の別れじゃないんだから泣くなよ。ほらみろ、父さんが貰い泣きしてんだろ」



 そう言われて見てみれば、マークがしくしくと涙を流し、リディがその涙をハンカチで拭ってあげている。

 普通逆じゃないの?と思いながら、エマは自然と笑っていた。


 ―――コン、コン。


 扉を叩く音が響き、みんなが顔を見合わせた。泣いているマークの代わりに、セインが玄関の扉を開ける。



「……エマ・ウェラー。王都より迎えに来た」



 低い声でそう言ったのは、レオナールの側近の一人、ルーベンだ。

 茶色の短髪に、髪と同じ色の鋭い瞳。鍛えられているのが分かる、がっちりとした大きな体。

 エマはその姿を見た瞬間、よりによってこの人か、と思ってしまった。


 ルーベンはあの夜、エマに対して敵意を剥き出しにしていた。とても人選ミスな気がしてしまう。



「……荷物は、それだけか?」



 じろりと睨むように見られてしまったが、エマは怯まずにその視線を受け止めて頷く。

 高圧的な態度の人間には、前世で嫌と言うほど会っていた。



「これだけです。わざわざ王都から足を運んでいただき、ありがとうございます」


「……いや、レオナール殿下の指示で動いているだけだ。礼は必要ない」



 遠回しに、レオナールの指示でなければ誰がお前なんか迎えに来るものか、と言ってるのだろうか。

 さすがに考えすぎか、とエマは頭を振る。



「例え殿下の指示だとしても、王都からここまでの道のりは決して短いものではありません。あなたさまの時間も、お城の経費も私のために割いていただけたことは、素直にありがたく思います」


「……そうか」



 それだけ言うと、ルーベンはエマの鞄を持ってスタスタと歩き出す。なんとも気難しそうな人だ。


 エマが振り返ると、家族みんなが心配そうな視線を向けてくれていた。

 いろいろと伝えたいことはたくさんある。けれど、今のエマが言えることはまだこれだけだ。



「みんな、ありがとう―――行ってきます!」



 大きく手を振って笑えば、みんなはすぐに笑顔を返してくれた。

 今世の、エマにとって大好きで大切な家族。

 エマができる恩返しは、王都でレオナールの側にいられる地位を獲得して、それを報告すること。それから、貰える給料を仕送りすることだ。


 足の速いルーベンのあとを追いかけ、村の出入り口へ辿り着く。そこへ辿り着くまでの間、村人たちがエマに絶えず声援を送ってくれていた。

 エマは笑顔で別れを告げ、村にあるには恐ろしく不釣り合いな豪華な馬車に乗り込んだ。


 貴賓用の馬車であると、中に入っただけですぐに分かる。ただの村娘にこんなに豪華な馬車を用意してくれたのは、きっとレオナールだろう。

 レオナールの顔を思い出し、思わずくすりと笑ってしまったエマに、すかさずルーベンの鋭い視線が飛んできた。



「……何が可笑しい。この馬車では身の丈に合わないとでも言うのか?」


「身の丈?……そうですね、私のような村娘のために、こんなに豪華な馬車を用意してくださった殿下には……感謝しかございません」



 ありがとうございます、と頭を下げれば、何も言葉は返って来ない。だいぶ嫌われているようだ。

 エマが恐る恐る顔を上げると、なんとも形容しがたい表情のルーベンが目に映る。



「……あの……?」


「……いや………なんでもない。俺は馬で警護をしながらついていく。何かあれば呼んでくれ」



 なんでもない間ではない気がしたが、エマは「分かりました」とだけ返事をした。

 馬車の扉が閉められ、やがてゆっくりと動き出す。エマは静かに息を吐き出した。



「……さて、頑張らないと」



 ポツリと呟いてから、窓の外へ視線を向ける。

 見慣れた景色が流れていく様子を、エマはしっかりと目に焼き付けていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ