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ジン  作者: 桃巴
5/12

ジン5

 ジンが着地したのは、塔の最上階の三角屋根だ。


「失敗した」


 三角屋根は急勾配だ。ジンの足元は不安定である。こん棒を杖にして、何とか踏ん張っている。


「降りてこられるか?」


 渋い声が聞こえてきて、声の方を見ると風になびく金髪の毛先がわずかにジンの目に入った。


「伯ですか?」

「ああ、そうだ」

「今、そっちに行きます」


 ジンは、三角屋根を滑り台のように腰を下ろして進んだ。

 屋根の際まで行くと、バルコニーから上を心配そうに見る金髪の男と視線が合った。


「こんなところからすみません。依頼が完遂したので、ご確認と承認印をお願いします」


 ジンはバルコニーに着地して、辺境伯に一礼した。

 視線は、包帯が巻かれた左足と右腕にいく。


「しくじって、大樹から落ちたのだ」


 辺境伯はばつが悪そうに呟いた。


「……それで、依頼を?」

「あ? ああ、手が使えぬから部下のゲオルグに依頼を出すよう指示したのだが、なかなか勇者が来ずにどうしたものかと思案していたのだ」


 ジンは目の前の辺境伯が卑劣な依頼をしていないことに、少しだけホッとした。

 それなら、多くは口出しせずにすむ。面倒事を背負う義理はない。


 ジンは依頼書と回収袋をテーブルに置いた。


「回収袋を確認して、依頼書に領主承認印をお願いします」


 ジンは回収袋を辺境伯に差し出す。

 回収袋の表面には、回収物等が表記される仕様だ。


【コロドス鳥の巣、卵四つ。狩猟者・飛龍紋ジン】


「最近の回収袋は、狩猟者まで表記されるのか?」


 辺境伯も、古い時代に取り残されたままのようだ。

 辺境の防衛とはそういうものなのだろう。向いている先は、国内情勢でなく国境なのだから。疎くなるのは当然かもしれない。


「それで、なぜコロドス鳥を逃がした?」


 辺境伯から少しだけ圧がかかる。

 ジンはため息をついて依頼書を指差した。


「依頼を確認してください。まさか、伯までその依頼書が問題だと思わないならば、大事(おおごと)です」


 辺境伯が回収袋をテーブルに置いて、その横の依頼書を手に取る。

 ザッと確認すると、眉間にしわを寄せピクンと片眉が上がった。


「ゲオルグめ」


 あの老齢な武人隊長はゲオルグというらしい。


「そういうことです。勇者の使い捨て時代は終わっています。私は『本部』から来ました。意味はわかりますよね?」


 卑劣な依頼は王都まで上がってしまった。

 地方ギルドでは依頼を受ける勇者パーティーはいなかったのだろう。

 いや、ギルド長の逆鱗に触れたのだ。

 勇者の使い捨て時代を生き抜いた勇者が、ギルド長になっているのだから。


 問題のある依頼は、王都のギルド『本部』に回る。

 地方ギルドが別の地方ギルドへ、次から次へと回し渡り行き着いた先が、王都のギルド『本部』。

 つまるところ、自治領である『ネバラン』が卑劣な依頼をしたという情報が水面下で回るわけ。

 基本、地方ギルドで手に負えない依頼は『本部』へ直に飛ばすが、あえて地方から地方へと経由されたのだ。


「王城報告事案になっています」

「ああ、すまぬ。寝込んでいたからと、依頼書の確認を怠った私の監督不行き届きだ。申し開きはしない。ありのまま報告してくれ」


 辺境伯が不慣れな左手で依頼書に承認印を押し、ジンに差し出した。

 ジンは確認して、依頼書と回収袋をしまった。


 バッターンッ


「伯!」


 ゲオルグの登場である。

 ジンは話し終え、領主承認印をもらった後でよかったと思った。


「そこが小僧がっ!」


 ゲオルグが拳を振り上げて近づくが、辺境伯が立ち塞がった。


「無礼者めが!」


 辺境伯の一喝怒気が、塔を震わせた。

 ジンはヒエッと身震いする。

 まだ十六歳のジンには、全身が毛羽立つような一喝だった。ゲオルグの圧とは雲泥の差である。


 ゲオルグが、ビクンと体を反らせ動きを止める。


「慎め、ゲオルグ!」


 ゲオルグが拳を降ろし、憮然としながら片膝をついた。


「失礼しました、伯。ですが、そこが小僧はあろうことか魔物を討伐もせず逃がし、依頼確認も拒んだ上に、我らを嘲りましてございまする」

「依頼通りだろうに」


 ゲオルグに伯が即座に返した。

 ゲオルグがバッと顔を上げ伯を見つめる。



『依頼内容』→魔物の卵の回収

『場所』→ネバラン自治領、領都、木の上

『難易度』→☆☆

『報酬』→卵一つにつき小銀貨一枚

『支払い』→領主承認印後、ギルド経由

『注意事項』→高い木の上にあるコロドス鳥の巣の除去と回収。卵の個数不明。

『その他』→勇者パーティー希望



 辺境伯が先ほど確認した依頼書をツラツラと口にした。


「どこにも魔物の討伐と記していない依頼書だったぞ。私が寝込んでいたのを利用し、ずいぶんと傲慢な依頼を出したものだな」

「そ、それは! このネバラン辺境隊が、魔物を討伐するためでございまする。我らの矜持を保つための」


「その矜持、地に落ちた」


 辺境伯がゲオルグの言葉を遮った。


「はい?」

「お前のその古臭いちっぽけな矜持のせいで、ネバラン領は、勇者を蔑ろにする卑劣な依頼を出したとの情報が水面下で出回った。すでに、王城に報告がいっているだろうな」


「なっ!? そ、そのようなことには」

「なっているって」


 ジンはゲオルグに向かってキッパリ言い切った。

 ゲオルグがギリリと歯ぎしりする。


「『本部』から、王都での研修命令が来ると思います。古い時代の依頼方法で止まっている地方領は、ここだけじゃないですから」


 ゲオルグが強く拳を握りしめている。


「そうか、わかった」

「じゃあ、私は王都に戻ります」


「ああ、手間取らせてすまなかった」

「いえ。では」


 ジンは来たときと一緒で、バルコニーから出ていくことにした。


『じじい、帰るぞ』

(行きと一緒で中継するか?)


『いや、一気に帰る』

(了解じゃ)


『飛躍! アジト東門へ帰還』


 こん棒は先端にジンを乗せてバービューンと伸びていく。

 と同時に、それを追うように縮んでいった。


「飛龍紋ジンだったか……」


 バルコニーから一瞬にして去った様子を、辺境伯以下ゲオルグらも眺めていた。






 

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