ジン46
「待っておったぞ、……孤高の勇者よ」
出迎えの言葉にジンは苦笑いした。
〚セブン〛の店主が珍しくカウンターから出ている。
「それで、えっと、あれ(胸あて)に問題が?」
「いや、問題はない。ただ、抜かっておっただけのこと。ジンの採寸を忘れておった。サイズだ、サイズを測らせろ」
「あ、そっか」
ジンは店主に指示されるがままに、両手を水平に上げたり、大きく息を吸ったり吐いたり、とまあ胸あての採寸をした。
「よしよし、これで大丈夫だ」
「じゃあ、お願いします」
ジンは軽く頭を下げ、出ていこうとする。
「待て待て待て」
店主がジンを呼び止めた。
「ジンに依頼したいのだが」
「それは……個人的依頼?」
「ああ、そうだ。〚セブン〛は人を選ぶから、ギルドに依頼書を出せない。不必要不用意な人物に依頼が渡ってはたまらんのでな」
ジンは頷く。
「店舗に入れる者にしか依頼できないってことですね」
「おお、そのとおりだ」
「それで、どんな依頼ですか?」
「店番を頼みたい」
「……はい?」
「なあに、ほぼほぼ客は来ん」
「はあ……でも、お客の要望に、俺の知識では応えられないかと。なんのアイテムを提供したらいいのか、とか。店舗にあるアイテムもわからないし」
「そこは考えておる。出入りの魔術付加条件を変更する」
店主がジンを連れ立って、店舗の外に出た。
「まあ、こんな感じだ」
店主が扉に手をかざすと、文字が浮かび上がる。
〚セブン〛
事情により店主不在。
店番にて条件営業中。
買い取り以下十品目のみ。
売り以下五品目のみ。
「ドアノブに手をかけたら、これが浮かび上がる仕様だ。どうだ? これならできるだろう。売買値表も準備しておるぞ」
どうやら、準備万端のようだ。
「それにな……あの爺が、ジンを少し休ませたいってことらしい」
「じっちゃんが?」
店主が店舗に入りながら言った。
「お前さん、最近面倒な依頼にあれこれと忙しかったんだろ?」
「……まあ、そうかも」
ネバラン自治領
記録水晶の試用
ルララルー吊り橋張り替え
聖女ダンジョンあれこれ
古代京エリュシュガラ修行
天空の水草グリネ採取
……バレンスのちょっかい
ジンは思い浮かべていた。
「休憩だ、休憩」
店主がマントを脱いでジンに渡した。
「うわっ」
あらわになった店主の姿に、ジンは驚愕する。
「エルフ!?」
「ああ、そのとおり」
フードを目深にかぶって小柄だった店主が、高身長の人外的美しさで立っていた。
「絶滅したんじゃ……」
エルフやドワーフ、ホビットといった森の住民、妖精族は姿を消した。
「魔物、魔族に森の棲家を追われ、人間界に身を寄せているのだ。人間に庇護され使徒族になったものや、人間に憑き加護を与えるものもいる。一部は『神秘の魔境』で密かに過ごしているがな」
「え!?」
「なんだ? 神秘の魔鏡が気になるのか?」
「ええ、まあ」
「神秘の魔鏡はタカオカミという龍の最高神の棲家だ。そういえば……むかーし昔、結婚を強いられた姫を天空の水草に変えて天上りさせた……という逸話もあるぞ」
「天上り……」
「代わりに恵みの雨を降らせたともな。それに、彼の地は呼ばれた者しかたどり着けぬ、とも伝わっている」
「……救済の地。誰にとっても」
ジンは呟いた。
百年に一度の試練は、天上の思召し。試練にみせた祝福。
「いいこと言うじゃないか」
店主がクツクツと笑った。
「店番を頼んだ」
店主がカウンターを軽々と乗り越えたかと思うと、その姿は美から醜へ。目がギョロリ、歯がギザギザ、耳が異様に尖った、みすぼらしい一枚布を羽織っただけの小柄な悪戯妖精の姿へと。
「うわっ」
ジンはまたもびっくり仰天である。
「ヒッヒッヒ、美醜こそエルフの本来の姿だ。私はエルフ、悪戯妖精だ」
ジンは店舗の奥へ消えた店主をポカンと見送った。
「結局、俺は悪戯されたってことか?」
あの美醜が悪戯なら、店主の本当の姿は別にあるのかもしれない。
「ま、深く考えても仕方がないか」
ジンもカウンターを乗り越えた。
カウンター裏にはハンモックが吊り下げられていた。ジンのために用意したのだろう。
マントをどうしようか迷ったが、カウンターに放っておいた。
「本当は今日依頼受けられない日なんだけどな。……個人依頼だし、いいか。店番も悪くない」
ジンはハンモックに身を包み、ゆらゆらと漂う。次第に瞼が睡眠へと誘われる。
ジンは久々の深い眠りについたのだった。
第一部 終わり
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第二部、未だ一文字も書いていません。
これから、第一部の修正となります。
別作執筆後、第二部書き始める予定。
作者初の勇者系の作品の執筆です。
流行りをあまり知らないので……
題名を見れば言わずもがなか……
刺さる稀有な読者様、第一部追っていただきありがとうございました。
第二部開始したら、このあとがきは消します。
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