ジン41
ザッケカラン国の隣国クランツ。
ジンはカッツと一緒にクランツ王に極秘面会する。
転移の術式陣でギルド二階からクランツ王家の秘密部屋へと移動したのだ。術式を展開させたのはもちろんギルドマスターである。
何を隠そうクランツは魔術に長けた国だ。
ギルドマスターが魔術を会得したのも、このクランツであった。
秘密部屋には、臣下は同席せず、王と次期王の皇太子、巫女姫のみの在席。甲冑装備の近衛がひとりだけいるが、皇太子が封耳の術式を展開をして、会話は聞こえていない状態。
同じようにギルドマスターも依頼の詳細を聞いたのだろう。
巫女姫は、ザッケカランでいうところの聖女になる。主に雨乞い晴れ乞い、豊穣祈願を行う役割を担うそう。
天空の水草グリネを供えて、天に祈りを捧げる役目を担うってこと。要するに儀式の担い手。
それによって、実りの雨が振り、王家の威信が保てるってわけ。
「お初にお目にかかります、ザッケカラン獅子紋金獅子のカッツと申します。彼は」
「まあ! あの(殲滅の)カッツ様が担当くださるのなら、父上、心強いですわね」
ジンの紹介までいかずに、巫女姫が声をあげた。
巫女らしくというべきか、真っ白な衣装にベールをしており、顔をさらしていない出で立ちである。
「流石、ザッケカランのギルドマスターだ。このような素晴らしい御人を選んでくださるとは」
クランツ王も納得の笑みを浮かべる。
ダンジョンを殲滅させたカッツの名は他国でも広がっているのだ。
「人数も最小限に留めてくださったようで何よりです」
皇太子も続いた。
ジンは……内心ため息をつく。クランツの三人はジンをカッツのお供だと思っているのだろう。
カッツが無表情で、再度口を開く。
「私はサブマスターに就任し、こちらの依頼の受付担当です。依頼を受けるのは」
カッツがジンに目配せした。
「飛龍紋神龍のジンと申します」
「うそ、やだ、こんな冴えない者が?」
巫女姫がこぼした。
ジンも表情を変えることなく、顔を隠す巫女姫に頭を下げる。
こういう状況には慣れているから、気にはしない。淡々としていればいいだけ。
「……本当にこの者がか?」
クランツ王が渋い顔でカッツに訊く。
「金獅子では隆起した垂直の壁は登れません。この依頼は必ず飛龍紋の勇者でなければならないのです」
カッツが端的かつ明確に説明した。
「ならば、この者がカッツ殿を『神の庭』に運ぶということなのでしょうか?」
皇太子が食い下がるように言った。
神秘の魔境を、クランツでは『神の庭』と称するようだ。
「いえ、全て彼が依頼を請け負います」
「……」
「……」
「……」
クランツの三人は押し黙る。
ジンは実感する。やっぱり『なり』って必要かもと。
だが、今さらどうしようもない。
納得してもらうしかない。
だから、ジンはそれを口にした。
「ご尊顔の紋様は水草のようですね」
巫女姫をジッと見て、ジンは言ったのだ。
巫女姫の息がヒュッと止まる。
クランツ王が目を見開く。
皇太子がジンをまじまじと見た。
「王家にだけ伝わるのは……百年に一度が起こるとわかるのは、それが姫の血筋に示されるからでしょうか?」
ジンは自身の右目尻から頬へと指を滑らせる。
対面の巫女姫がバッと左頬を手で覆った。
ジンには視えているのだ。それも、古代京エリュシュガラで浄化を極めた成果だろう。
見えぬ世界をジンは視れるようになった。
「……恐れ入った」
クランツ王が頷きながら言った。
「私より、彼の方が適任だとご理解いただけましたか? 私にはいっこうに天空の水草グリネがどんな草なのかわかりません。この面会でご説明いただけると聞いていましたが、彼には必要なかったようですね」
カッツの口調は穏やかである。クランツの三人に言い聞かせるように。
巫女姫は俯いている。
そうすれば、ジンに見られることはないと思ってのことだろう。
「あの、これが俺の飛龍紋です」
ジンは巫女姫の前に右手の甲を向けた。
巫女姫の顔が少し動き、ジンの右手を見たことだろう。
「それから、ザッケカランの聖女は額に三つ葉紋があります。体に示される紋様は誇れる証です」
「ザッケカランで紋様者は普通でも、クランツでは違うわ。見ればわかるわよ!」
巫女姫がベールを上げてジンを睨んだ。
左目尻から雫のような痣が頬まで連なっている。エメラルド色した涙のように。
幾つもの雫形のエメラルドが鎖のように繋がった紋様だ。
「うわっ、すごっ」
ジンの反応に巫女姫の表情が歪む。
「ジン!」
カッツがジンを諌める。
「めっちゃ、すげぇ……かっこいい。うわあ、これが巫女の証か、すごい綺麗だ」
「え?」
ジンの賛美の言葉に、巫女姫がびっくりしている。ジンの表情と言葉遣いからして、上辺だけの言葉でないのはわかるだろう。
「……こんなの呪いの紋様だわ」
巫女姫がジンのそれを否定するようにそっぽを向いて言った。
「クランツ王家に継がれる醜い痣よ!」
巫女姫が強く握り拳を作って、それ以上の吐露を抑えている。
皇太子が巫女姫の背を擦って労った。
「大丈夫、大丈夫だナーシャ。グリネを供え祈りを捧げれば、紋様は消えるのだから」
なるほど、そういうことかとジンはカッツと頷き合った。
「お察しの通り、我が娘ナーシャの頬に現れた紋様こそ、天空の水草グリネを示しております。静寂の日に、あの紋様と同じ水草を探し採取していただきたい」
クランツ王の視線はジンに向けられている。
「もし、採取できなければ、天空の水草グリネの身代わりに……ナーシャを捧げなければいけなくなる。ナーシャがグリネとして供物になるしか、干ばつのクランツを救うことはできない。クランツはそうして干ばつを乗り切ってきた」
「それは……過去に?」
カッツが問うた。声に強ばりがある。
アメリのことが脳裏に浮かんだのだろう。
ひとりの犠牲か大勢の命か。
「ああ」
クランツ王が答えた。
「紋様が全身に広がり、グリネになるようだ。頼む……どうか、どうか、採取してきてくれ」
過去に供物になった姫がいたのだ。そう記された文献が残っているのだろう。
重い空気の中、ジンは口を開く。
「お任せを」
力強い声だった。
第一部 41話/46話




