ジン40
「失礼しまーす」
ジンはカッツの部屋に入る。
カッツが立ち上がってジンを出迎えた。
「サブマス就任おめでとうございます。挨拶に伺いました。よろしくお願いします」
ジンは頭を下げる。
これから、カッツの受付で二階案件を請け負うこともあろうから。
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ」
カッツの出した手に、ジンは一瞬びっくりし後、笑顔で握手する。
「早速だが」
「依頼ですかね?」
「ああ。ギルドマスターから、二階案件依頼を幾つか担当するように指示された」
ジンはカッツに促されてソファに座る。
「それで」
カッツが口火を切る。
「ちょっと待ってください。先にこれをお渡ししておきます」
ジンは冒険鞄から小瓶を三本取り出してテーブルに並べた。
「これは?」
カッツが一本手にして問うた。
「龍湖の水です」
「ルララルーの鎮守の大木に供えたやつか?」
ジンの報告書をカッツも読んでいるからわかるのだ。
「はい。アメリさんに必要となる水です。アメリさんは『人ではありません』から、人に効く薬の効果は期待できません。体の異変にはこの水が効くと思います」
そのために、昨日ジンはミタライ湖まで飛んだのだ。湖の水を汲むために。
「なるほど。何から何までありがとうな、ジン」
「いえ、とんでもないです。それで、依頼は?」
カッツが依頼書をジンに差し出す。
「この依頼を頼みたい」
ジンは依頼書を確認する。
***
『依頼内容』→天空の水草グリネの採取
『場所』→天空
『難易度』→☆☆☆☆☆
『報酬』→大金貨十枚+α
『支払い』→ギルド経由
『注意事項』→専用の回収袋使用
『その他』→説明あり
***
「天空の水草……グリネ?」
ジンは困惑した。
採取依頼を数多く受けたが、知らない品名だ。
「すみません、知識不足です。薬草図鑑、魔草図鑑……植物図鑑を見てもいいですか?」
「いや、図鑑には載っていないだろう。秘匿の水草だそうだ。説明する」
カッツが『その他』を指差して言った。
「あ、はい」
「この依頼は他国からなのだ」
まさに二階案件ということ。
「鎮守の大木の朝露同様に、いや、それ以上に採取する機会に巡り合えないらしい。隣国クランツに『神秘の魔境』という地があるのを知っているか?」
「それは知っています」
天にも登るほど、とんでもなく高く垂直に隆起した地で、頂きは山とは違い平ら。テーブルのように。
「テーブルトップマウンテン……人類未踏の地だったかと」
「ああ、その地は年がら年中、雷鳴響く嵐の地で、深い緑が生い茂っている。神の庭か、魔の楽園か……などと伝えられているとのこと」
近場の地上からはその様子が見えず、遠く離れた高台からしか、全貌が確認できないほどらしい。
「百年に一度だけ、嵐が止み静寂の日が来るという」
「百年に一度!?」
「だから、その静寂の日の詳細を伝えられる者はいない。クランツの王家だけが文献を残して伝えている」
「もしかして」
わかってはいるが口にする。
「その百年に一度が来るんですね」と。
「ああ。その静寂の日にだけ『神秘の魔境』に行くことができる。そこに、天空の水草グリネはあるのだそうだ。もちろん、そこへは空から向かうことになる。垂直壁を登るのは至難の業だから」
「飛龍紋の勇者のみ、ということですか……」
カッツが頷く。
「クランツ王家に伝えられたグリネは、日照りや枯れ地に効力があるのだそうだ。つまり、雨を降らせ豊穣の地にする」
秘匿な理由がわかる。
公にすれば、その日にこぞって『神秘の魔境』に足を踏み入れようとする輩が出てこよう。死をも恐れずに垂直壁を登って。
あまつさえ、それを手に入れようものなら、血で血を洗う争奪戦が繰り広げられることだろう。
「クランツはここ数年日照り続きで、土地が干乾びている。その状況も百年に一度くる苦境の周期だというのだ」
クランツは百年に一度『神秘の魔境』で天空の水草グリネを採取し、苦境を跳ね返してきたそうだ。
神が与え給うた静寂の日、
魔の安息日、
などと王家には伝わっているとのこと。
「あの、こう言ってはなんですが、俺でなくとも……というか、俺以外に適任がいると思いますけど」
「依頼内容だけ考えれば、ジン以外でもいいかもしれない。だが、これは口外できない依頼。パーティー仲間は少なく、一生涯口を閉じられる者らに限る」
口外の可能性を低くするには、パーティーメンバーが少なければ少ないほどいい。そのメンバーの口も固くなければいけない。それも一生涯だ。
「三人だ」
「え?」
カッツが三本指をたてる。
「ギルドマスターと私と、ジンだけ。この依頼を知っているのは」
「そっか、じっちゃんが決めたんだ」
ギルドマスターが動いていた案件ということだ。
百年に一度の依頼。口外できないからこそ、ギルドマスターがクランツに直に赴いて、王家から詳細を聞いてきたのだろう。
「ああ、あの報告書を読んで決心したのだと。私も昨夜この依頼の担当を言い渡され、誰が適任かと問われてジンしか頭に思い浮かばなかったぞ」
「……身に余る光栄です?」
「ハハッ、謙遜するなよ。請け負ってくれるな?」
「はい」
ジンの次の依頼は決まったのだった。
第一部 40話/46話
もう少しお付き合いください。




