ジン4
こん棒が地に向かって伸びていく。地に着くと同時に、縮んでいきジンは大木の根元に着地した。
途中の枝や葉で、ジンの全身は遊び終わった腕白小僧のようだ。
「囲め!」
そんな腕白なジンを、例の男の命令で十数人の兵士が取り囲む。
「……巣の除去終わりました。伯はどちらに?」
「その巣をこっちに渡せ、確認する」
男が回収袋を指差す。
高圧的な口調にジンの眉間にしわが寄った。
「伯はどちらに?」
ジンも負けていない。男と対峙した。
「貴様、命令が聞こえぬのか!?」
「俺はあんたの配下じゃない。命令に従う義務はないな」
「痛い目にあいたいのか?」
「その台詞、どっかのゴロツキのようだな」
「貴様!!」
男がジンの胸ぐらを掴む。
ジンはすぐにこん棒に念じる。
『捕獲、巻き付け!』
男が一瞬にしてこん棒に捕獲され、ジンを離した。
ジンは着崩れた胸元をパンパンと払って直した。ついでに葉も落とす。
だが、場は好転しない。ジンを取り囲んでいた兵士達が、剣を抜いた。
「隊長を解放しろ!」
ジンの喉に剣があてられる。
「伯はどちらに?」
「貴様、死にたいのか!?」
「勇者を捨て駒にしたのは、そっちだろ? ひと昔前の依頼の出し方だよな。勇者は誰一人来なかったんじゃねえの?」
兵士が『ウグッ』と喉を詰まらせた。
「貴様、わざと魔物を逃がしたのか?」
こん棒に捕獲された隊長がジンを睨み付けながら言った。
「依頼にあったっけ?」
「魔物だぞ! 討伐するべきだ。貴様、勇者の誇りはないのか!!」
「その誇りが欲しかったのはそっちだろ?」
ジンは自身の喉にあてられている剣を見る。
「巣と卵回収の依頼。魔物はあんたらの手柄になる予定だったんだろ? 木の上の空中戦のようなもんだ。勇者達が討伐しても、魔物は落下する。そうなりゃ、あんたらが回収しちまう。討伐の横取りだ。兵士の誇りってやつか? 魔物を討伐できない兵士が、辺境を守ってる……なんて、笑い話になるのが嫌だったか?」
「貴様!」
剣がジンの喉から離れた。助かったのでなく、剣が振り上げられたからだ。
しかし、ジンは気にせず続けた。
「何十年か前、勇者達を使い捨てしてた時代があったって聞いてる。そんときの依頼に似てるってギルドマスターが渋面作ってた。確かにあんた、知ってそうだよな」
ジンは老齢の隊長を見る。そんな時代も生きてきたであろう。いや、その時代で依頼の出し方が止まっているようだ。
「剣をしまえ。俺は、ザッケカラン王都ギルド『本部』から直に頼まれた勇者だ」
「『本部』だと?」
剣を振り上げた兵士が、信じられないと言わんばかりに呟いた。
「ああ、問題のある依頼だと判断されて、『本部』に依頼書が上がってきた」
剣を持つ兵士が、捕獲された隊長に視線を動かす。指示を仰いでいるのだろう。
「『本部』から派遣された勇者が、仲間のいないこん棒勇者だっていうのか!? 笑わせるな、戯れ言だろう!」
「その一人っきりの勇者が、コロドス鳥を追い払い、巣と卵の回収をしたんだけどな」
隊長がギリギリと歯噛みしながら睨む。
「あえて、魔物討伐を依頼しない。巣の除去なんて依頼出して、魔物の討伐をしても依頼にないから対価を支払わない。通常、魔物一体で小銀貨五枚が相場。コロドス鳥の親鳥二羽の討伐費小銀貨十枚は支払わないってか。そんで、卵だって……回収確認時に一個しかないって駄々をこねるんだろ?」
隊長を見ながら、ジンは『戻れ』と念じた。
隊長を捕獲していたこん棒が、ジンの手に戻る。
隊長が、すぐに剣を引き抜きジンに向かってくる。いや、回収袋に狙いを定めている。
「この回収袋は『特注』だぜ。狩猟者が特定される物だ。横取りされないように、今はこの改良された回収袋が主流になっている。あんたさ、依頼もそうだけど、ずいぶん古くて……王都の現状に疎いよな」
「私を愚弄してただですむと思うなよぉぉ!!」
殺気だった剣が何本もジンに向かってくるが、瞬時にジンは『飛躍』して上空で、大樹の枝に座る。
眼下では上空に向け何やら喚いているが、ジンはネバランの町を眺めた。
「伯はどこだろ?」
ジンはぐるりと周囲を見回した。
大樹と同様な高さの塔が二つ。一つは城壁門の関所塔、もう一つは魔の森に面した主城塔。
「まあ、辺境伯なら……あっちだろうな」
辺境を守備する責任者なら、魔の森に対峙する主城の方にいるのが妥当だろう。ジンは、主城の塔に目を凝らした。
通常なら、魔の森を警戒し監視する見張りが、大樹の方にも配置されている。
「もう、回収されたのは確認されてるな」
ジンは、塔からの視線を確認していく。見張り以外の視線を。
「……発見」
塔の最上階に近い窓辺から、金髪の男が大樹をずっと見つめている。いや、ジンを見ているのだろう。
ジンは念じる。
『飛躍、我が目にする塔の頂へ!』
(了解じゃ)
こん棒がジンを先端に乗せたまま、主城塔へと伸びていった。