ジン38
ジンは報告書をギルドマスターに持っていく。
ジンを育てたじっちゃんに。
二階の一番奥がギルドマスターの部屋だ。
ジンには行き慣れた場所。他の者なら緊張する場だが、ジンには慣れ親しんだ場である。
赤子のときから過ごしていたのだから。
「じっちゃん、居るかー?」
ヒューン
部屋に入った瞬間に飛んでくる。
ジンはパシッと掴んだ。
「あっ、魔石だ」
「フンッ、避ける以外ができるようになったがか」
ギルドマスターがウンウンと頷く。
丸坊主の筋肉隆々男。ランニングシャツに短パン。おまけに草履。
どう見てもギルドマスターらしからぬ格好だ。ジン以上に。
「修行の成果かも?」
ジンは魔石をポンポンと手の上で弾ませる。
ヒュンッ
今度はジンが投げた。
ギルドマスターは手を開く。
だが、掴むことなく避けることなく、魔石をピタッと止めた。
静止の術式陣が掌に展開されている。
「じっちゃん、魔術使うのは反則だろ?」
「お前こそ、この部屋でじっちゃん呼びは禁止だがあ」
ジンは首を竦める。
「マスター、報告書持ってきました」
「おう、読ませてもらうだが」
元勇者にして魔術使い。
それが王都『本部』ギルドマスターである。
魔法使いと魔術使いの違いは、生まれながらに魔力を持っている者が魔法使い。技術を習得することで魔術を使いこなすのが魔術士ーー魔術使いである。
簡単にいえば、先天性か後天性かの違い。
詳しく説明すれば、修行して自身の魔力を魔法化するのが魔法使い。
魔石宝石などを源にして、習得した術式を展開するのが魔術使いである。
魔力が低い魔法使いは術式も習得することが多い。
魔法使いは魔術使いにもなれるが、魔術使いが魔法使いになれることはない。
「そういえば、マスターは別件で動いてたって聞いたけど?」
ジンは報告書をギルドマスターを渡して訊いた。王城緊急召集事案の浮遊ダンジョンーー聖女ダンジョンにかかわらず、サブマスのザナギが指揮していた。
ザナギからは、ギルドマスターは別件で動いていると聞いていた。
「おう、ちょっとなあ……」
報告書をペラペラ捲りながらギルドマスターが濁す。
どうやら、明かせない事案のようだ。
ギルドマスター専任事案ということだろう。となると王城関係……王族からの密旨。他国からの依頼が考えられる。
「お前さん、この報告書に書いていないことがあるだがな?」
「だいたいは書いたはずだけど……」
ジンは首を傾げてみせた。
「儂の目は誤魔化せんがかあ、ほれ、さっさと出せ」
「ちぇっ、わかったよ」
ジンは回収袋をギルドマスターに放る。
今度こそギルドマスターは掴んだ。
そして、中身を確認してニヤリと口角を上げる。
【傀儡ポーター一体。魔石一つ。狩猟者・飛龍紋ジン】
「それでこそ、儂が育てた秘蔵っ子よ。抜かりなく、よおやったがかあ!」
頭をグリグリと撫でられたジンは、鬱陶しいと手を払うが、内心は誇らしかった。
翌日から日常へと戻る。
とはいえ、諸々の雑事は終わっていない。
カッツのパーティーは解散し、カッツとアメリはギルド『本部』で研修を始める。残った者もさして遺恨なく、それぞれがそれぞれの道へと歩き出した。
ジンはまずネバランの魔の森に飛び、ランジに諸々を報告した。隠すことなく、会得した聖の力も含めて。
今回のジンの報告は、秘匿にはしていないが、公表もしていない。
それぞれのパーティーの働きを、わざわざ公にしていないのと同等に、知った者の口に委ねられたわけ。
まあ、つまり、信頼得る者にだけ水面下で伝わっていくことだろう。
で、だ。
「えーっと、口添えを頼まれて……」
ジンは連れ立ってきた者をランジのパーティーの前へと促す。
「こちらの聖女バネッサがランジのパーティーに入りたいって」
「……は?」
ランジがポカーンと口を開け、ジンとバネッサを交互に見やる。
「元はカッツ殿のパーティーに在籍しておりましたバネッサでございます。見ての通り、緑の三つ葉紋治癒の力を持っております。此度、ジン様にお口添えいただきまして、面前叶いましたこと嬉しい限りにございます」
バネッサが自身の額を指差して言った。
「は、はあ……」
こころなしか、ランジの視線は助けを求めるようにジンに向いていた。
あまりに丁寧な言葉に、恐れ多いのだろう。
「ご存知の通り、パーティーは解散致しまして、我が身の置きどころなく……。現在は、聖女ダンジョンで修行して精進する日々にございます。聖女ダンジョンを出る毎に数多なお声がけがありまして、それがもう、煩わしいことこの上なく……。私、蝿者は好こうございませんの」
「はあ……は、え?」
「私のまわりをブンブンと飛び回るのですから、蝿にございましょう」
まさかの声かけ勇者を蝿呼ばわりである。
「知っておりまして? 私の治癒力は擦り傷切り傷を治す程度でございますの。それを公表致しましても、『ご謙遜を。あの殲滅のカッツパーティーメンバーであられてそのようなお戯れの言葉は通じません』などと、信じてくれず。ほとほと対応に苦心しておりました」
「はあ」
「実は私、聖女としての役割りでパーティーに入っておらず、オホホホホ……得意は投げナイフ、ニヤリ」
「え?」
投げナイフに対してでなく、口頭でニヤリと発したからだ。
そして、人差し指で唇の端を押し上げているバネッサに、『え?』であるのだ。
「まあ、はっきり申し上げますと、料理番でございますの」
「……」
ジンもランジも、パーティーも『ん?』と首を傾げる。
前半の理路整然とした発言からの、後半の思考展開が飛んでいるから。
「あら、あそこに頬落ちる肉魂が!」
バネッサがキランと鋭い視線になったかと思うや否や、残像さえ視えぬシューティングナイフを披露する。
ザシュ
まさに一撃で仕留めた。
「ラビラビですわ!」
焼いても煮ても美味しいのがラビラビの肉である。ラビラビは魔物ではない。
とまあ、百聞は一見にしかず。
狩猟が得意ということだ。
喜々として捌き始めるバネッサを見て、ジンもランジのパーティーも納得した。
さして断る理由なく、頬落ちる肉を食べてしまえば、バネッサのパーティー入りはなし崩し的に決まっていた。
結局、ランジのパーティーは全戦士系のままだということだろうか……。




