ジン3
『ネバラン』自治領
ザッケカラン国、東の端ネバランは、辺境伯が治める自治領である。
隣国クランツとは魔の森を挟んでおり、領都は強固な城壁に囲われている。
その城壁門で、またもジンは胡散臭げな視線を向けられた。
「勇者紋を見せろ」
完全に疑った口調だ。
ジンは、右手の甲を出して門兵に見せる。ジンの勇者紋は、瞳と同じ紺碧色の『飛龍』である。
ここザッケカランでは、勇者は右手の甲にその証が刻まれて生まれてくる。生まれながらに、勇者であるとわかるのだ。
ザッケカランの勇者紋は『獅子紋』と『飛龍紋』の二種類があり、大半は陽色の『獅子紋』所持者だ。ジンは紋でも勇者として稀な部類に入る。
「……飛龍か。よし、通れ」
「伯はどちらですか?」
「挨拶は不要だ」
「いえ、挨拶でなく、依頼を受けているので」
「は?」
「ですから、依頼です」
「冗談だろ。こっちは優秀な勇者パーティーを希望したはずだ」
門兵が眉間にしわを寄せて、ジンを見下している。
仲間を持たず、武器がこん棒。衣服も勇者に似つかわしくない普段着だ。
落ちぶれた実力のない流れ勇者風情がと思っているのだと、態度で分かる。
流れの鍛練目的の入領だと勘違いしているのだろう。魔の森に点在するダンジョンへ鍛練に訪れるパーティーは多いから。
「依頼説明なしということですね。では、完遂した後、伯の所に行きます」
門兵が一瞬『おい』と引き止めたが、ジンはスタスタと通過した。
通常、依頼元に会い内容と現状確認後、依頼に取りかかる。
しかし、ジンはどこに行っても、同じ対応をされるので、慣れてしまっていた。
ジンは懐から依頼書を取り出す。
***
『依頼内容』→魔物の卵の回収
『場所』→ネバラン自治領、領都、木の上
『難易度』→☆☆
『報酬』→卵一つにつき小銀貨一枚
『支払い』→領主承認印後、ギルド経由
『注意事項』→高い木の上にあるコロドス鳥の巣の除去と回収。卵の個数不明。
『その他』→勇者パーティー希望
***
「じじい、コロドス鳥ってどんな魔物?」
(カラスを大きくした魔物だと思えばいい。知恵がある。問題は、毒の爪を持っておることじゃ)
「知恵か。領都にわざわざ巣を作ったのは……」
(孵化した後の餌が豊富だからじゃ。コロドス鳥の雛鳥は小動物を好む)
「小動物?」
(人の子ども程度のな)
「厄介だな。二重に厄介だ」
ジンは、空を見上げて息を吐く。
視線は、領都の青空とは別の爽やかな緑へと移る。
「どう見ても、あの木だよな」
領都に天高く生える一本の大木。
ザッケカラン国なら、どの町や村にも同じように大木が生えている。鎮守の大木という習わしだ。
「じじい、孵化までどんくらい?」
ジンは依頼書の日付けを確認する。すでに一カ月経っている。それだけ、厄介な依頼なのだ。
(四、五十日……もうすぐだろうな)
「じゃあ、さっさと片付けてしまおう」
ジンは、大木の方角へと進んでいった。
大木に近付くにつれ、人がまばらになっていく。通常なら、大木中心に活気が溢れているはずだ。それが、ザッケカランの町や村の造りなのだから。
「そろそろか」
兵士が増え、赤い規制線が張られている。
この辺りで一般人は消え、兵士しかいなくなった。
その兵士の鋭い視線がジンを追っている。
「お前! 用がないなら、引き返せ」
突如聞こえた声は、規制線の向こうからだ。
「用事があります」
ジンは、規制線まで軽く走る。
渋みのある声の主は、ジンの頭上を見下ろすほどに大柄で老齢の男だ。出で立ちも他の兵士とは違い見るからに重厚な甲冑だった。
「何用だ?」
ジンは懐から依頼書を出して、老齢の男に見せる。
「依頼を受けた勇者です。サクッと完遂しますので失礼します」
ジンは規制線をピョンと乗り越える。
「おい待て、こら!」
ジンは男に首根っこを掴まれた。
「嘘をつくな。子どもの来るとこじゃねえ」
ジンは今日三度目のため息をついた。
もうめんどくさいなと、ジンは首根っこを掴まれた状態でこん棒を引き抜く。
『変幻、男の足に巻き付け!』
こん棒がうねうねと伸びていき、男の右足に巻き付く。
「な、なんだ!?」
『解除!』
こん棒が元に戻る勢いで、男は足元をとられスッ転んだ。
「そこで高みの見物でも……いや、低みの見物でもしててくれ。兵士が来れる場所じゃないからさ」
ジンはニヤリと笑った。
こん棒を地に伸ばし立てる。
『飛躍、我が目にする大木の高みへ!』
バビューンと伸びたこん棒の先で、ジンは器用に立っている。
そのジンの気配をいち早く察し、卵を暖めていた親鳥が巣を飛び立ちジンに向かってきた。
『解除!』
こん棒がジンの手に戻る。
「出でよ、飛龍!」
紋が発光し、飛龍が現れる。
『変幻、しなれ!』
ジンは飛龍に乗り、こん棒を鞭のようにしならせた。
ジンに襲いかかるコロドス鳥の足をしなるこん棒で絡め取る。
それから、頭上でグルグルと回した。
「じじい、魔核はいくつある?」
(まだ一つの青二才だ)
魔物の核は、魔物のランクを表す。核が多いほど永く生きてきた魔物になる。
魔核が多いほど討伐に時間がかかる。魔物は全ての魔核を討たねば力を失わないから。全身に深傷を負わせても、魔核が健在なら魔物は倒れない。
「じじい、このまま遠方に飛ばすぞ」
(あの依頼書のせいか?)
「ああ、厄介だぜ。もう一羽の親鳥が来るまでに、やっちまおう。いくぞ、じじい」
ジンは高速でこん棒をしならせ振り回す。
コロドス鳥は目が回ってすでに気を失っている。
『解除!』
こん棒から放たれたコロドス鳥は、魔の森方向、遥か彼方へと消えていった。
ジンはこん棒を腰ベルトに一旦戻した。
「飛龍、巣の周りを旋回」
飛龍がジンを巣まで近付ける。
ジンの飛龍は翼を持たない。翼竜でなく、蛇のように長い胴体に手足と二本の角に髭、青い鱗の神龍と呼ばれる神獣である。
見慣れぬ者は、龍だと思わない。翼竜が一般的だからだ。故に、魔物と間違えられることもある。
ジンの飛龍は、巣の周りをとぐろを巻くように飛んでいる。翼竜にはできない飛翔だ。
「卵は四つか」
ジンは、腰鞄から魔物専用の回収袋を取り出し、卵と巣を丁寧に回収する。
回収袋は、収納物を小さく収めるマジックアイテムである。巾着のような形で、間口に物を近付けると小さく回収される便利品だ。
ジンは巣と卵を袋に収め、ベルトに引っかけた。
それから、飛龍の角をソッと一撫でした。
「飛龍、ありがとな」
ジンのその声で飛龍は、天へと昇り始める。
ジンは大木に飛び移り、昇龍を見送った。
(小僧、さっさと念じろ。足場が細い枝じゃ。落ちるぞ)
「ああ、これだから依頼してきたんだろ」
大木を登りながら、コロドス鳥と戦い、巣と卵を回収するなど兵士にできる仕事じゃない。登るだけで両手足は使えないからだ。さらに巣や卵を回収するには、足場が弱すぎる。
だからといって、鎮守の大木を伐るわけにもいかない。
「卑怯な依頼だよな。回収だけって」
ジンは依頼書を思い出しながら呟いた。うつむくと、眼下で兵士達がこちらの状況を見つめている。
「行くか」
(お待ちかねじゃろうて)
「ああ、一悶着してくるか」
ジンはこん棒を引き抜いた。
『下降、地まで伸びよ!』
(了解じゃ。ついでに縮んでしまうぞ)
「任せた、じじい」