ジン28
(いいか、小僧。必ず全ての魔核を浄化してから、老木の封印を解かねばならん。聖女アメリの解放は一番最後になる)
「残滓の魔核を全て浄化すれば、自然に解放されるんじゃないのか?」
(聖女は封印の鍵だから、勝手に解錠はできんのじゃ。残滓の魔核が残ったままで、聖女を解放しようものなら、残滓の魔核が古代京エリュシュガラから解き放たれ、有体の魔物に取り憑く恐れが出る。そうなれば……)
「永遠の魔核を持つ魔物ってわけか?」
(そうじゃ。討伐が難しくなる)
残滓の魔核の位置がわかる浄化の聖女、黄金紋の聖女がいなければ討伐は不可能。
取り憑かれた魔物の魔核だけでなく、残滓の魔核を突かねば……浄化できない。
残滓の魔核を取り逃せば、体を求め魔物から魔物へと取り憑くことになる、永遠に。
「だから、聖女が囚われたのか。残滓の魔核を留め置くために」
老木の……聖木の最後の抵抗であった可能性が高い。魔核で操られてしまった鎮守の大木の、それこそ、聖木の残滓による。
聖女を取り込まねば、幾万の残滓の魔核が放たれていたことだろう。
「で……パーティーの奴らはどうなったわけ?」
(ザッケカランから追放。永遠に戻れないように、魔術展開させた)
「へえ……でもさ、ザッケカランの外ではのうのうと生きてるわけか」
(のうのうとは生きていないじゃろうて。何せ、勇者紋が消えたからの)
「は!? それも魔術で?」
(いや、そんな魔術は存在しない。勇者の証は、神が与え給うた印。神以外に勇者紋を消せることはできない)
「つまり?」
(神のご意思が働いたんじゃな。パーティーの奴らは王都ギルドでも謀った。カッツのせいだと声高に吹聴してな)
「ひっでぇ話」
(ああ、じゃが嘘を吐けば吐くほど、勇者紋が薄くなっていったんじゃ。パーティーの奴らの能力も同様に。神の戒めだな)
引退した元勇者、元冒険者でなく、勇者紋を神の戒めで剥奪された勇者、会得した能力を失った冒険者。
ザッケカランを出たその身は、何も会得していない生身の人間。確かにのうのうとは生きられない。
(ちょっと長話し過ぎたようじゃな。行くぞ、小僧)
「ああ、了解」
ジンは大きく息を吸い込み、朽ちた関門の扉に手をかけた。
(言い忘れとった。この関門にも魔術付加されている。不必要に人や魔物が入り込まぬようにな)
「じゃあ、入れねえじゃん」
ジンは扉から手を離す。
(便利屋〚セブン〛の扉と同じ仕様じゃ。不必要な者なら開かん。必要な者は開く。カッツは開けられる。小僧はどうだろうな?)
開くと確信しているような口ぶりだ。
こん棒の愉しげな声が、ジンを動かす。
再度扉に手をかけた。
ギィー
「……」
(フッ)
関門の観音開きの扉が開く。
ジンは小さく安堵の息をもらして足を踏み入れた。
「……ボロボロだな」
ジンは古代京エリュシュガラを見回す。
「いや、自然の侵食……ポストアポカリプスって言うんだっけ?」
(文明が廃れた後は、だいたい自然に戻るものじゃ。それより、小僧……いや、ジン)
「え?」
こん棒から名を呼ばれ、ジンは戸惑った。
(いつまでも小僧とは呼べんからの。ジン、わからないか?)
「何がだよ?」
(……視えぬようじゃな)
ジンはハッとして、周囲に注意を払う。
自然が都市を飲み込んだ景色に、注意深く目を凝らした。
だが、ただただ荒廃独特の空気を感じるだけ。
「どっかに、残滓の魔物がいるのか?」
(どっかでなく、周囲は残滓の魔物だらけじゃ。物陰からジンを窺っているぞ。まあ実体がないから、魔核が透けて丸見えなのだがな)
「嘘だろ!? 全然視えないって!」
ジンはこん棒を構える。
(さあ、修行開始じゃ。魔核が視えるのは浄化の黄金紋の聖女よの。ジン、お前はもう聖の力を得ているはず)
「そうだった、三玉!」
ジンはこん棒の崑具に収まっている三玉を見る。
新たなこん棒をどう扱うのかのために、ここに誘われたのだ。
崑具に収まった治癒の緑玉、回復の青玉、そして、浄化の黄金玉がキラッと光る。
(同調は得意じゃろ?)
「ああ、やってみる」
ジンはこん棒と同調するのも早かったし、こん棒の声さえ自身で発せられるほど、同調できる。
三玉も同じ感覚を会得すればいいということだ。
ジンは構えを解き、こん棒を軽く握って地に伸ばした。
まるで、修行僧のように佇んで。
深呼吸を繰り返し精神統一する。
統一……三玉との統一を図る。
「治癒、回復……」
紡がれる言霊は、そのままジンに降りかかる。
身体が軽くなるのをジンは感じた。
最初に三玉を得た時呟いたのと同じだ。残りは、浄化。
……違う。
このまま、浄化の言霊を紡いだとて、自身の穢れを浄化するだけ。
ジンは目を瞑った。
三玉を感じられるよう、こん棒を握る手に集中する。
……いや、それでは駄目だ。
同調とは一部を研ぎ澄ませることではない。
ジンは再度深呼吸をして、全身に意識を払う。
……これでもない、違う。
意識することは、相対すること。
自己と他を分ける行為。
無意識。
思考を空に。
ジンは……凪いだ。
ただただそこに在るものと化す。
呼吸が一つ(ジン)から、
二つ(こん棒)、
三つ(治癒)、
四つ(回復)、
……五つ(浄化)と、
流れる。
五つの調べ。
五つの奏で。
誰にも合わせることなく、誰かに合わせるでもなく、誰ともなしに呼吸が整っていく。
一つの呼吸へと。
同じ調べの鼓動へと。
(((((トクン)))))
同調。
『浄化! 我が目は魔核を視る!』
ジンは無意識領域で念じ、目を開いた。
景色が一変していた。




